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捧げもの
看病したがり(遊さんへ誕生日記念/SSL斎沖)


斎藤くんが熱を出したと聞いたから、僕は嬉しくて仕方なかった。
熱を出したのがただの友人ならば心配もするだろうけれど、相手はあの斎藤一。
いつも僕に「薄着はやめろ」だの「夜更かしは止めろ」だの「好き嫌いは止めろ」だの、母親よろしく何だかんだと口うるさい彼が、だ。
あの冷静面が熱に浮かされ、今頃布団の中だと思うと、わくわくするような、そんな妙な心地すらするんだ。

「(ざまあないよ)」

あの斎藤くんが。そう思うだけで、僕の頬はゆるむ。

「♪」

当然のように学校はサボって、僕は彼の部屋の前に来ていた。手提げの中には、温めるだけで食べれるおかゆと、サラダと。それから風邪薬と体温計と…冷えピタと、タオルと、ネギ。まあ、こんなところ?

体調を崩したのだって、どうせ風紀委員の仕事が忙しくてここのところ寝ていないだとか、そういう理由なんだろう。
常には彼が僕を怒る側、だけれども、今なら逆の立場に立てる。
不摂生はそっちではないかとせせら笑ってやろう。

そう思いながら、僕は斎藤くんの部屋のドアを開いた。
遠慮なんてするつもりもないから、ずかずかと踏み入り、膨らんだ布団と、そこから少しはみ出ている彼の髪を認める。

「…、総司?」
「おっしゃる通り、沖田総司です。熱出して寝込んでる君のこと、笑いに来たんだけど――」

流石に気配を読むのが上手い彼を、ひょいっと覗き込む。

うるんだ瞳。いつもより血の気の多い、汗ばんだ肌。弱っているのだとわかるような、寝ぼけたような瞳の中に、今は僕が映ってる。乱れた髪が布団に広がって、汗で首筋をつたっているのが、なんだかとっても色っぽい。熱いのか寝巻を少し着崩しているのも新鮮だ。なんだか。なんだかとっても。

「………」
「…何を赤くなっている」
「なってない。絶対なってない。ぜんぜんなってない」

僕はふいと頬を反らし、これ以上の追随を許さないために、持ってきた手提げをかかげた。

「これ、近藤さんが渡せって言ったから持ってきた」
「……、待て。あんた、今は学校なはずだろう」
「近藤さんが、いいって。君のことが心配だから持ってってやれってさ」
「…………」

恋人でもないくせに、恋人面して看病に来る――そう思われるのが嫌だから、僕はとっさに嘘をつく。
近藤さんは斎藤くんが風邪をひいてるなんて知らないかもしれないし、持ってきたこの差し入れは、僕が自分で用意したものだ。
でもこう言わないと、真面目な彼は、自分のことは気にせず授業に戻れと言ってくるかもしれない。だからサラリと嘘をつく。

「…本当か」
「本当だよ。僕がわざわざ学校サボってまで君の顔見に来る訳ないじゃん、…恋人でもないのに」
「………」
「本当だよ?」
「………はあ」
「本当だっていうのに。なにそのため息」
「戻れ」

斎藤くんは、すげなくそう言う。
そのすげなさが、今までにないほど冷たく聞こえて、僕は息をとめた。
それでもその動揺を悟られまいと、すぐに笑みを浮かべたけれど。

「な、んで?」
「こんなもの、寝ていれば治る。あんたは出席日数が足りてないだろう」
「へーえ。僕があれだけ嫌がっても無理矢理ベットに縫い付けて離さなかったくせに。自分がそうなったときは僕に出ていけっていうの?」
「あんたは身体が弱いから風邪でも長引くだろう。俺はそうじゃない。寝ていれば必ず治る」
「君、むかつく。熱が出てるからちょっと弱ってるかと思ったのに――なよなよしい君をみて笑ってやろう、って、」
「………」
「…それだけだよ、…それでも、そんなに僕に借りを作るのが嫌なんだ?」

何だ、せっかく君が風邪をひいたから、僕にだって付け入る隙があるんだって、――ちょっと嬉しかったのに。
ちょっとでも僕が“必要だ”って思ってもらえる、いい機会だったのに。
こんなときでも斎藤くんは斎藤くんなんだ。

つまんないなあ。
…ああ、くそ。こんなくだらないことで泣きそうな自分が苛立たしい。

「…、沖田」
「自分はしたり顔で僕の弱ってる顔いっぱい見てるくせに。やっぱり君なんて嫌い。大嫌い。もう二度と、」

もう二度と君のお見舞いなんて来てあげないから、そう言う言葉だけはなんとか、呑みこんだ。
「来てあげる」なんて言って、何様だ、って思われるのが怖かったのだ。

「(そうだよ。恋人でもないくせに。…迷惑なんだってことくらい気づけよ、僕の馬鹿…)」

もう何も言葉にならない僕に、彼が与えてくれたのは本日二度目のため息だ。それが僕には痛い。
呆れられたのかな。
…斎藤くんが何を考えているのかなんて、僕にはわからない。

「沖田?」
「っ、…う」

そっと触れる体温に驚く。触れられているのは、頬だ。いつの間やら身体を起こした彼が、僕の頬に触れている。その体温に驚いて、僕は思わず彼を見つめた。

「…沖田」

その声がびっくりするほど優しい。

「……?」
「わかった、悪かった。言い過ぎた。別にあんたが邪魔でそう言ったんじゃない。だから泣きそうな顔をしないでくれ」
「―――」
「風邪よりも、あんたのその表情に弱る。俺はあんたに病気をうつしたくないだけで、」
「…なんで?」
「なんでって――」

意味がわからない。
斎藤くんは、少し困った顔だ。熱のせいかふらつく身体を、僕は思わず支える。熱い。
…見た目よりも、症状は重いのかもしれない。

「あんたに風邪がうつって、それが長引いたら困るだろう」
「なんで?」
「………なんでと言われても」

心配だろう、と、低い声。たぶん風邪でのどがやられているんだろう。

「心配だからって、なんで?」

なんで。
僕は、君が僕を心配してくれたら死ぬほど嬉しいのに、君はそれが嫌なの?
思わず睨みつける僕を、困った顔で彼は受け流した。

「あまり困らせるな。弱るだろう、俺が」
「君なんて、弱っちゃえばいい。僕はその方が嬉しいもの」
「――まあ、あんたはそうだろうな」

僕の髪を、くるくると絡みとりながら、はじめくんはそう言う。どうにも僕がここを動くつもりがないと悟ったのか、――諦めたように肩を落とした。

「わかった、今日は熱をはかって大人しく寝ている。無理はしないから、だからあんたは、あまり俺に近づくな」
「…なんで?」
「だからそう怒るな。…ああ…そうだな、朝から何も口にしていないから、何か作って欲しい」
「!」

僕は背筋を伸ばす。それくらいなら僕にでもできる。

「…わかった!何が食べたい?」
「―――。調理時に怪我をするリスクが少なく味付けのレパートリーが少ないもの…」
「?何それ、おかゆとか…?わかった。身体にいいの作るから」

嬉しい。斎藤くんが許してくれた。これで少しは役に立てる。
思わずはしゃぐ僕を、斎藤くんは苦笑に近い笑顔で見ていて――そこで僕は、はっと気がついた。
嬉しさを露骨に表現してしまっている自分に。
嬉しくてうきうきする心を悟られるのは癪だ、せめてそっけない声を出さないと。

「……。で?」
「あとは、そうだな。庭の植物に水と――汗をかいてタオルを使ったから、それの洗濯を頼む。あとは先日作った風紀委員のプリントを土方さんに届けてくれるだけでいい。リビングの机の上に置いてある」
「わかった」

仏頂面でそう言って、持ってきた冷えピタと体温計を渡し、あんまり傍にいて欲しくなさそうな彼の傍を離れる。
――離れるのは寂しいけど、これ以上居座って怒らせるのもよくない。



ぱたん、と寝室を出て――ぺちりと頬を叩く。
美味しいごはん、作らなきゃ。
にやにやしてる場合じゃない。

「………。…うあー」

ああ、でも、駄目だニヤける。嬉しい。仕方ないじゃないか。嬉しいものは嬉しいんだから。

ちょっとだけど、頼ってくれた。
斎藤くんが、僕にだ。

「…へへ…」

それがたまらなく嬉しい。
ちょっと弱ってる斎藤くん、可愛かったし――あ、駄目だ。今とてもみっともない顔してる自信がある。
僕は彼の、ほんとの恋人って訳じゃないけど。
でも、ちょっと、恋人っぽいことさせてもらっても、いいよね?風邪ひいてるんだし、仕方ないし。いいよね?






僕はにやにやとしまりのない顔を、もう一度叩いて、台所に向かった。




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