物語【三竦み編】
月見酔い U
飛影の肩越しに見えた月明かり。
それに殆どの意識を奪われていた筈なのに、身体を包む温もりに痛い程心臓が鳴った。
急に見えた月明かりにも当てられていると思って、目線を下げた。
同時に飛影の香りを静かに吸い込む。
―やっぱり…違う匂いがする…
それでも、前と変わらない飛影の香りをその中に確かめて、…嬉しくなる。
違う香りを感じても狼狽えなくて済むのは、直接感じられる飛影の温もりのお陰。
思わず、顔を飛影の首元に擦り寄せた。
頬に感じる直接の飛影の肌に、また心臓が高く鳴った―…
―何か…おかしいな、オレ―…
落ち着こうと息を吸い込もうとしたその時に、後頭部を包み込む様に飛影の掌が触れた。
トントンと飛影の指先が動く。
「酒、用意しているんだろう?」
簡単なその言葉の意味を直ぐに理解出来ない程、オレは直接感じる飛影の感覚に麻痺していて。
「…おい。」
「…今っ、用意しますっ。」
怪訝そうな飛影の声に我に返ると、慌てて飛影の腕の中から抜け出した。
本棚から酒や肴を出していると、後ろで小さく笑っている飛影の気配がした。
笑っているのは、酒の隠し処かオレの反応か。
余り深く追わない方が良さそうだ…
「ごめんね、肴は乾き物しか用意出来なくて。」
「いや、いい。」
「あ…、電気今点けます。」
「いや、それもいい。外が充分明るいからな。」
酒をテーブルに置きながら、部屋の明かりを点けていなかった事に気付く。
けれど、飛影は外の月明かりで充分だと言ってくれた。
―正直、少しホッとした。
完全に明るい処で飛影の顔を見る自信が無かったからだ。
目の前に杯を置き、それに酒を注いで飛影の目の前に移動する。
同じ様に己の杯にも酒を注ぐ。
本当は、飛影に杯を持たせて酌をしたかったのだけれど…
そんな自信は無かった。
肘から下、指先に掛けて、上手く力が入っていない感覚。
―緊張…してるんだ…
認めたく無いけれど、事実で。
煩い程鳴る心臓も、抑え方が見付けられないでいた。
「…乾杯。お疲れ様でした…」
「…あぁ。」
互いに合わせた杯がコツンと小さい音を立てた。
それによる小さな波が、杯の中に起きる。
オレの杯は飛影のそれに比べて、揺れが大きい様に思う。
バレていなければいい…
腕の小さな震えを―…
「…躯の下でパトロールする事になったんですって?」
「あぁ、大統領の命令だ。気に入らんがな…」
“次は優勝してやる”と言う飛影の言葉に“そうだね”と答える。
口が回る事が救いだ。
心底そう思う。
他愛も無い会話を続けていても。
腕の小さな震えは治まらず。
心臓は煩い程鳴り続けて。
―飛影の顔を見れない―…
恐らく顔は不自然な表情を作り出しているだろう。
夜中にしては明るくても、全てを明らかにしない月明かりに感謝したい。
それ程、今のオレはおかしい…
飛影の方を見れないから、飛影の杯が空になるタイミングを計る事が出来ず。
腕も心臓も言う事を聞かないから、酌をする自信も無く。
先程から飛影に手酌をさせてしまっている。
凄く不本意な事であるけれど…
今己の状況がこんな様では仕方が無い、と己を納得させる。
あぁ、酒に酔ってしまえれば良いのに…
どんなに呑み進めても、元来酒に強い身体は酔えそうに無い。
それ処か、ますます飛影に対する神経が過敏になってゆく気がする。
こんな事なら、酎から“鬼殺し”でも頂戴しておけば良かった…
そう思って、八つ当たりに北海道の名酒“国士無双”のラベルを睨む。
…とにかく酔ってしまえ。
陳腐な結論しか出せずに、瓶に手を掛けた。
と同時に、飛影の小さな溜め息が聞こえた。
「…お前、どうした?」
「…何…が…?」
「こっちを向け。」
「…な…んで…?」
ダメだ、バレた…
飛影からしたら、分かり易い程オレの態度はおかしいんだろう。
一度も飛影に目を向けていないのだから。
…けれど、もう少しだけ時間が欲しかった。
落ち着いて普段通りの自分を取り戻す為の。
“こっちを向け”と言われて“何で?”と返す事自体、不自然だ。
日本酒の瓶に手を掛けラベルに視線を合わせたまま動けない。
ラベルに書かれた酒造やアルコール度数に何度も目を通す。
―ダメだ、本当にオレ…おかし…
「おい。」
飛影の声が先程よりも近くで聞こえて。
飛影の手がオレの肩を掴んだ。
今のオレには余りの事で、身体が大きく跳ねた。
それはそれは…不自然に。
―本当に…オレはどうしたって言うんだ―…
只々どうしようも無くて。
小さな震えが止まらない腕に力を込めて、唯一の逃げ場である日本酒の瓶を強く握り締めた…
(Vへ続く…)
★あとがき★
蔵馬、迷走中ですね(笑)
そんな蔵馬だけで1話使っちゃいました。。。
お許し下さい、、、
お読み下さって有難うございました^^
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