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物語【三竦み編】
逢瀬[後編]

衝動的に癌陀羅を飛び出した蔵馬は、衝動的な感情を消し去る事も無いまま、百足の近くまで辿り着いた。
近くと言っても、5キロは離れている。
気配は完全に消していた。

―逢えなくてもいい、飛影の…側に行きたい―…

その感情のまま…


しかし極僅か、妖気を放出した。
きっと彼なら気付いてくれる…
その何の根拠も無い自信と、願いに忠実に―…



飛影は邪眼で魔界を駆け抜ける蔵馬の姿を確認した後、蔵馬の目指す目的地が気になったものの、それは追わずに邪眼を閉じていた。

魔界統一トーナメントまで後僅か…
鍛錬を重ねるべく気を集中した時に、ふと、感じた。
香った、と言ってもいい程の僅かな…
至極僅かな、蔵馬の妖気―…

飛影は、気の所為だと片付ける事にした。
先程まで目に映してしまったから…だと。
もしくは、胸元に在る蔵馬の妖気が僅かに染み付いた、布切れの所為だ、と―…

頭では、そう思っているのに…
身体が動いて、飛影は百足を後にした―…


誘われる様に木々の間を駆け抜け、飛影が辿り着いた其処に…

生温い風に紅い髪を自由に遊ばせながら、蔵馬は立って居た。


「…来てくれると…思っていました。」


蔵馬は飛影に背を向けたまま、そう声を掛けた。

後ろに感じる飛影の妖気に、蔵馬は身体が震えるのを堪えるのに必死だった。
震えは勝手に起こると言うのに、身体は全くと言っていい程動きそうに無かった。

そして瞬時に蔵馬は思う。
飛影の目を見たら…
あの強い光の紅い瞳を見たら、きっとオレは…崩れてしまう―…

漠然とした恐怖が、蔵馬を襲った。


「…馬鹿は相変わらず治っていない様だな。」

「…お陰様…で…」


“無茶しやがって”と飛影は続けた。
僅かにしか出されなかった蔵馬の妖気。
百足に居た誰にも、恐らく気付かれていない程の。


―あぁ、こんなにも違うものか―…

邪眼を通して数回視た蔵馬の姿と、直接目に映る蔵馬の違いに、飛影は内心驚く。
何が違うかと問われれば、答える言葉は持ち合わせていないだろうが。


小さい震えを完全には止められずに佇む蔵馬に、飛影は歩みを進めた。
完全に距離を縮めて蔵馬の背後に立った時に、蔵馬は慌てた様に言葉を発した。


「…オレっ…今貴方を見たら…きっと…っ」

“何かが崩れてしまう”
…と―…

小さな悲鳴の様だった。

崩れてしまう何か、を蔵馬は解らない様で、けれど…解っていた。


飛影は何も言わず、蔵馬の肩を掴んで振り向かせた。
そしてそのまま腕の中に蔵馬を仕舞い込んだ―…


「…っ」


一瞬の事。
けれど、蔵馬にはスローモーションの様にも感じた。

パズルのピースが合わさる様に。
元々一つで在ったかの様に。
風さえも空気でさえも間に存在する事を許さぬ様に。

互いを…

強く、強く―…


「…逢いに…来たんだろう…?」


飛影の声が風と共に蔵馬の髪を掠めた。


―逢いたかった―…

逢いに来たのだ、オレは―…

蔵馬は息を詰まらせる。

逢いたかった。
逢えなくても少しでも近くに…なんて立て前で。

只々、逢いたかった―…


「…飛影っ」


飛影の腕の中で、蔵馬は叫ぶ様に飛影の名を呼んだ。
禁じていた…事。

既に蔵馬の目には涙が浮かんでいて、その涙は少し飛影の衣服に奪われていた。


「…久し振りだな…」


普段挨拶等述べない飛影が、全くタイミングをずらして言うそれには、本来の意味合いとは違うニュアンスが含まれていて。


「…飛影…」


それに答える様に、もう一度、蔵馬は愛しい名を呼んだ。

蔵馬の脳内を表す様に、蔵馬の指先は痺れ、震えていた。
力の入らない蔵馬の代わりに、飛影は蔵馬を抱き締める腕に力を込めた。


時の流れる速さは、誰にだっていつの時代だって変わる事は無い。
けれど、抱き締め合う二人が感じる時の流れは、必ずしも一定では無かった。
どれ程そうしていたのか、互い分からぬ程…

相変わらず生温い風と雷鳴が支配するその空間に。
明らかに違う空気が在った―…


ふと飛影の腕が緩んだのを見計らって、蔵馬が飛影の胸に埋めていた顔を上げた。
蔵馬の目に映る、飛影の顔、瞳…

蔵馬は指先の痺れが増したのを感じた。
その痺れが、脳内まで浸食し掛けてるのを知って、それを食い止めるべく蔵馬は口を開いた。


「…飛影、少し変わりましたね…」


全く予想していなかった蔵馬の台詞に、飛影は少し目を見開いた。


「匂いが…貴方の匂いの他に違う匂いが染み付いてる。」

「それならお前もそうだ、癌陀羅か、その国王か…」

「…貴方だって…それ…躯の…?それに、傷も増えてる…」


痺れを誤魔化す為に口にした話題が、結局は自分の嫉妬を露にしてしまって、内心蔵馬は焦った。

その蔵馬の未だ涙の乾かない目元を、飛影は優しく撫でた。


「お前と居た時と変わらないものもあるぞ。」

「…?」


飛影の次の言葉を待つ蔵馬に、笑いながら飛影は己の肩を指した。
其処には、歯形。


「カ…いや、何をしても消えなかった。どういう仕掛けだ…?」


危うく“カプセルで治療しても”と言い掛けて、飛影は誤魔化した。
死に掛けた、と知れば、目の前の狐から何を言われるか何をされるか分からない。
それよりも、哀しめるのは避けたかった。


「仕掛けって…!オレ何も仕掛けてないですよ…」


“妖気足りてないんじゃないですか”、“分けてあげましょうか?”と、らしい発言をする蔵馬を飛影は一睨みする。
飛影の表情を見てクスクス笑いを零す蔵馬を見て。

―笑った―…

心から安堵する飛影が居た。

邪眼で垣間視た、六人衆に向けた笑顔とは違う、柔らかい笑み…
これが見たかったのだ、と思うのと同時に飛影はもう一度蔵馬を腕の中に仕舞い込んだ―…


「もう直ぐトーナメントだ、解ってるな?蔵馬…」

「…解っています。」


必ず生き残れ、という事。
飛影にとっては若干棚に上げる行為だが、生憎飛影は其処まで気にする繊細な感情は持ち合わせていない。


「今日この場で抱かない意味も解れよ…?」

「わっ…解ってますけど、どちらにしろ此処じゃ厭です…」


だんだんと小さくなる蔵馬の声を聞いて、飛影は小さく笑った。



月明かりが眩しかったあの夜から一年。
その一年を埋めるには短過ぎる時間。

口付けを交わす事も無いまま、二人は互いの仮初めの地へ戻る。


木々の間を百足を目指して駆ける飛影が思い出すのは、別れ際の蔵馬の台詞だった。


「オレも貴方と居た時と変わってないものがあります。…此処…です。」

そう言う蔵馬が指したのは、蔵馬の胸元だった。


「貴方への気持ちは何も変わっていません…」


―言ってくれる―…

「…奇遇だな、俺もだ。」


飛影はそれだけ返した。
蔵馬の綺麗過ぎる笑みに、当てられたのかも知れなかった。

抱かない、と言いながら、蔵馬に腕を伸ばしそうになった事は、飛影の胸にだけ収められた。
邪眼で視た、飛影の名を呼ぶ蔵馬に思わず手を伸ばした…あの、感覚に似ていた―…


癌陀羅に着いた蔵馬は、誰にも会いたく無いという思いで与えられている自室に素早く移動した。

僅かに残る飛影の香りを分散させたく無かった。

蔵馬を抱き締める、飛影の痛い程の強さが嬉しかった。
間近で見た紅の強い瞳に己が映った事が、何処か信じられない程だった。

取り戻したのであろう氷泪石に括られた忌呪帯法の切れ端も―…


「…飛影…」


今日何度目だろう…と蔵馬は思う。
飛影の名を呼ぶ事は―…

あれ程禁じていた事。

眠るまでに後何回呼ぶのだろう…
苦笑いでは無く、飛影に見せた綺麗な笑みを零す。

崩れたのは。
飛影への想いを必死に守り、溢れ出さぬ様塞き止めていた、何か…だった―…



(END)



★あとがき★
逢瀬、終了致しました^^
一年振りの再開です♪
どんなにか嬉しかった事でしょう!
二人の感情が皆様に少しでも伝わればいいのですが…(汗)
若干飛影が落ち着いてるのは、邪眼のお陰か、天の邪鬼か…
どっちもか☆
まだ気を抜けない時期の、本当に短い逢瀬でした!
お読み下さった皆様、有難うございました^^

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