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REQUEST
in a fit of passion


「…よし、行こう。」


蔵馬は独り呟いた。
何処か己の背中を自ら押す様な言い方だった。

一時間後、蔵馬は長い髪を風に自由にさせて、只前を見て魔界を駆け抜けていた。



〜in a fit of passion〜



明日から有給も合わせて四日間の休暇。
妖狐との兼ね合いが難しい時期の割に、調子は良い。
使い魔の調べによると、百足は人間界と魔界の境界近くに留まっている。
無い時間の中無理をして何度も人間界へ訪れてくれた飛影…

全ての状況を多少の言い訳に、自分が動く理由へと変えて。
飛影に只会いたいと言う気持ちはひた隠しにしている振りをして。

蔵馬は飛影が居る百足へと急ぐ―…


―本当に調子が良い―…

別段調子が悪いと思い悩む程では無かったが、やはり妖狐との兼ね合いが手に余る…
頻繁に妖狐に戻る様になってから、未だ二年弱。
仕方が無い事と思っていたが…

久し振りに感じる、身体が軽いという感覚。
何よりもう少しで愛しい者の顔が見れるという高揚感に、蔵馬は小さく微笑んだ―…




もしかしたら、任務中で百足には居ないかも知れない、とは懸念していた。
その場合は大体の場所を聞き出して、後は妖気を追えばいい、と蔵馬は考えていた。



「飛影様は躯様のお相手をしていまして、三日間程鍛錬場に居られます。」



―まさか。
蔵馬にとっては想定外の案内役の言葉だった。

今更…


「…何故…?」


蔵馬の声が静かに響いた。


「躯様の…いつものお戯れか…と…」


凛とした態度で受け答えしていた筈の案内役の声が、小さくなった。
理由は…
蔵馬の妖気ががらりと変わった以外には無かった。


―お戯れ…ね―…


ゆっくりと、けれどしっかりと。
蔵馬の足音が廊下に響く。

蔵馬の後ろからは、蔵馬を制止しようとする声が続いていた。


手合わせ等、よく有る事だ。
血を流す事も傷を増やす事も、当たり前の世界だ。

決して。
自分が平和惚けした感覚は無い。

そんな想いが、蔵馬の頭の中で繰り返されていた。


暫く歩いて、飛影と躯の妖気が立ち籠める部屋の入口へ蔵馬が辿り着いた。
蔵馬がドアへ手を伸ばした時、距離を取りながらも付いて来ていた案内役が、距離はそのままに蔵馬に声を掛けた。


「蔵馬殿!此処は立ち入る事が赦されてはおりませ…」


切羽詰まった案内役の声と共に、蔵馬の手によって重い音を響かせ扉が開けられた―…



蔵馬の目に映ったものは。
息を荒げて瓦礫に身を沈める飛影と、それを涼しい顔で見下ろす躯だった―…

出血量が多い…
恐らく意識も希薄…

一瞬で蔵馬は飛影の状態を確認した。

―予想通り…
幾ら飛影が百足の筆頭戦士に成ったとは言え、躯とは雲泥の差。
飛影が生きている事が、躯が手を抜いた証拠。
まぁ、大統領から預かった部下を殺す様な馬鹿な真似はしない、か…。


―だが。

蔵馬は視線を躯へと向けた。


「…妖狐蔵馬か。慣れない妖気を感じるとは思っていたが。」


“珍しいな。何か用か…?”

何とも楽し気な躯の声が続いた。


「…久し振りですね。」


笑顔を作り出して、蔵馬は答えた。
本当は、別の人物に言う筈の台詞だった。


「…随分と、暇を持て余している様で。」

「あぁ。最近の魔界は平和になったもんだな。まぁ、昔に比べればの話だが…」


気怠そうに言葉を発し、手合わせはもう終いだと言う様に壁に身を預けようとした躯が動きを止めた。
蔵馬の妖気の高まりを感じたに他ならなかった。


「…貴女とは一度やり合いたいと思っていた。」


笑顔を崩さない蔵馬が、静かにそう言った。
言いながらも、蔵馬の妖気はどんどん放出されていく。


「…く…らま…?」


意識を取り戻した飛影が、蔵馬の名を呼んだ。
殆ど失くし掛けていた意識の片隅で、蔵馬の妖気を感じ得て無理に意識を戻した、と言った方が正しいかも知れない。

目の前の光景が信じられないと言う様に、飛影の紅い目は見開かれた。
此処に居る訳が無いと思い直し掛けた、その感じた妖気の持ち主が明らかに躯を煽っている、光景―…

覚醒したばかりで発せられた飛影の掠れた声は、躯にも蔵馬にも届かなかった。



「…死ぬぞ?其処で寝てる奴と違って、お前に手加減する理由は無いからな。」


躯がシニカルに言ってのけた。
珍しい相手の挑発に乗り、また自ら相手を煽る様に。
だがその表情とは裏腹に、静かに妖気を整え始めていた。

その意味を理解して、蔵馬は一気に妖気を高めた。


「少しは楽しんで頂けると思いますよ?…其処のガキより長く生きているからな!」


蔵馬の声が途中で変わった。
銀色の姿の蔵馬を、華弁が囲む。

普段扱う華弁より、幾分動きが荒い。
主の感情のままに―…


蔵馬は目線を躯に合わせたまま、少し腰を低くした。
それに合わせ、躯も片足を一歩引く。

だが直後に躯は臨戦態勢を解いた。
その事を、蔵馬は気に留めなかった。
相手が闘う気が無くとも、手を抜く気でいても、直ぐに本気にさせる自信が蔵馬にはあった。

蔵馬は、足下に力を込める。
飛影程スピードは無くとも、華と共に間合いに入るべく踏み出そうとして…


蔵馬の動きが止まった。

否。
止められた。


「…なっ!!」


いつの間にか蔵馬の背後には、不機嫌そうな飛影が立っていて。
思い切り蔵馬の毛量豊かな尾を掴んでいて。


「帰るぞ。」


飛影はそう一言告げた。

その後の展開は一瞬。

臨戦態勢のまま飛影に目線を移した蔵馬に、飛影は邪眼を用いて呪縛を施して。
妖気を一気に放出させて呪縛を解く事に集中しようとした蔵馬を、飛影は掻っ攫い、一瞬で外へ移動したのだった…



「…あの野郎、未だ動けるじゃねぇか。」


躯の声は誰にも聞かれる事は無かった。




「…お前は何を考えてるんだ。」


飛影の台詞は、蔵馬に向って明から様な溜め息と共に届けられた。


「お前も何故邪魔した!」


間髪入れずに、蔵馬の声が響く。

飛影はもう一度、大きく溜め息を吐いた。
そして少しの間を置いて、静かに口を開く。


「…さっさと戻れ。」


蔵馬は銀色の姿のまま。
声だけは戻っていたが、口調は普段のそれと比べ物にならない程荒い。

言われた意味を理解して、蔵馬は飛影と同じ様に溜め息を吐いた。
落ち着きを取り戻す為の方法として。



「何故邪魔したんです…?」


少し癖のある紅い髪を掻き上げながら、蔵馬は再度飛影に問う。
理由を知りたい、と言うよりは、邪魔をした事への批判だった。


「わざわざ魔界にまで来ておいて、相手にする奴が違うだろうが。」


大きく傷を負った左肩の様子を見ながら、飛影はさらりと言った。
その様子に、言葉に、毒気を抜かれた様に蔵馬の纏う気が緩んだ。


「…確かに。」


納得の意を言葉にしつつも、蔵馬は瓦礫に埋もれ掛けていた飛影を思い出す。

…相手にしたくても、誰かさんがあの様子じゃ…ね…


そんな事を思う蔵馬を余所に、飛影は手当てをしろとでも言いた気に傷付いた腕を差し出した。
蔵馬が小さく吐いた溜め息をその返事として、二人は無言で大木の上に移動したのだった。



“そう言えば”
飛影の腕に手当てを施す蔵馬に、飛影は声を掛けた。


「ガキだとか何とか聞こえたが。」


飛影の腕に触れている、蔵馬の指先がぴくりと揺れた。
と思えば、何事も無かった様に普段よりも調子の良い妖気を使っての治療を施す。


「あ〜、覚えてな…」

「別に妖狐になったからと言って、別人格になる訳でも無いだろうが。」


誤魔化そうとした蔵馬に、飛影は鋭い指摘をして蔵馬を黙らせた。
…が、只黙らせただけで、それ以上飛影は何も言わなかった。


“ガキ”

本当ならば、飛影が一番言われたく無いだろう台詞。
それでもこれ以上蔵馬に食って掛からなかったのは。

例えば、飛影の為に我を忘れる程逆上した蔵馬とか。
例えば、その怒りを躯程の妖怪にもぶつけてしまう位理性を失った蔵馬とか。

そんな光景を目の当たりに出来た事が関係しているのだろう。


蔵馬はと言えば。
冷静ではなかったな…なんて省みる位で、己のした事も感情も理屈が通っているのだから何とも思っていなかった。
躯と一度やり合いたかったと言うのも本音。

強い存在とやり合いたいと言う妖怪の性―…
…それ以外に、嫉妬…なんてモノが混ざってるかどうかは置いておいて…



「…ったく…。躯にいいネタを提供してやった事、後悔するんだな。」


腕の関節や指の曲げ伸ばし等をして己の身体を確かめながら、飛影は忠告の様に言った。


「…どういう事…?」


蔵馬は全く分からないと言った表情をした。

確かに感情に任せて手合わせを吹っ掛けた。
と言っても手合わせ程度に終わるつもりは毛頭無かったが、それが何のネタになると言うのか。
蔵馬の怒りの感情が何処から湧き出ていたのかも、躯は知る筈も無いのに…

そう考え込む蔵馬に、飛影は小さい声で呟いたのだった。


「…知らぬが仏だな…」




銀色の姿をした蔵馬の背後に飛影が近付いた時。
蔵馬を囲み守っていた華達が、一瞬にして飛影を避けた。

―まるで、自分達の主への道を空けるかの様に…

飛影が華達に阻まれる事無く蔵馬の直ぐ後ろに立った時には。
華達は一瞬にして、飛影をも囲んだのだった。

―蔵馬と共に、飛影を守る様に―…

華達にとって、主が二人居る様な…
そんな、光景―…


意識を全て躯に集中していた蔵馬。
全てを切り刻む様、妖気を通された華々。

そんな中、突然近付いて来た飛影を傷付ける事無く、守る様子さえ見せた華達。
その光景を見て、躯が何も気付かない訳も無く…



「…全く、見せ付けてくれる。」


百足の一室で、女の声が楽し気に響いた―…



(END)



*8888*REQUEST
ゆきまむ様より 「愛の暴走(蔵馬の)」
受付 2011.1.24  掲載 2011.3.18.....☆

★あとがき★
ぬわぁぁぁぁ、おっ、遅くなりました…(土下座)
ゆきまむ様、お待たせした上に無駄に長くて、しかもラヴが無い…
こんなオチをしちゃう管理人を許して下さい。。。汗
でもね…まさかの妖狐様初登場☆(だからって許されるかΣ`_´)
でもでも、頭の中でシーンを思い浮かべながら書けて、楽しかったです♪
(まさかの管理人独りだけ楽しんだパターン。。。)
こんなんですけど、こんなんですけどっっっ
ゆきまむ様にお捧げします
in a fit of passion…(激情に駆られて)でした!
ゆきまむ様、リクエスト有難うございました^^

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