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REQUEST
stay


貴方に抱かれて、魔界も人間界も移動した事は何度有るだろう。
けれど、逆は今までに無い事だ。

力の無い…
意識の無い…
貴方をこうして抱き締めて移動するなんて。

いつも熱い体温の身体は、恐ろしい程冷えていて。
いつも鋭い光の宿った紅い瞳は、閉じたままで。

ねぇ、飛影…?
今、貴方には何が見えていますか―…?



〜stay〜



“悪いが引き取ってくれ”
簡潔な説明の後に告げられた、躯の台詞だった。

人間界のオレの部屋に来た百足の使い魔から、百足迄の呼び出しを受けた。
その使い魔からの説明は何も無く、使い魔は役目を果たしたと言わんばかりに直ぐに姿を消した。

何の予想も出来なかった。
飛影からの使い魔ではなかったから、躯の暇潰しにでも呼ばれたのだと、一人で苦笑いをした程、だ。
会社の休みに合わせて、使い魔訪問から二日後に百足に着いたオレを、躯は奥の部屋に案内した。
飛影の妖気が感じられなかったから、任務中だと一人で納得して。
やはり躯のお相手かと小さく笑って。
あぁ、それでも戻って来た飛影が、“勝手に呼び付けるな”と躯に食って掛かるのを想像したりもして。
久し振りに飛影に会える事を、内心凄く喜んで…

そんな自分を、酷く嘲笑いたくなった―…


扉を開けられた向こうに見えたのは、ベッドに横たわる飛影。
今、任務中ではなかったのか…?

そのベッド脇に立ったままの、時雨。
時雨が横に居るのに、気配にも気付かず眠っているの…?

躯がベッドに近付いて、オレもその背後に立って。
ねぇ、貴方のプライドからしたら、躯に寝顔なんて見せたくもないでしょう…?

久し振りに逢うんだよ?
オレの妖気、分からない…?

―何故、こんなに近くに居るのに、貴方の妖気が少しも感じられないんだ―…?


「…こ……れは…?」


この現状を尋ねたオレの声は、絞り出した様な掠れたものにしかならなかった―…


躯からの説明は、酷く簡単なものだった。

任務中に、魔界に落ちて来た人間を追って幻糸蜘蛛の巣穴に入り、幻糸蜘蛛の出す毒ガスにやられたのだ、と。
飛影を追った他の者は、殆どが死んだ、と。
二ヶ月も眠ったままで邪魔だから、悪いが引き取ってくれ、と…


―幻糸(げんし)蜘蛛
又の名を、幻死蜘蛛…
殆どの者はその蜘蛛が出す毒ガスに殺られるが、妖力が豊富な者も幻を見せられながら死んでゆく。
その者が持つ苦い過去の幻を、まるでその場に居る様に見せ続け、その幻で妖気を絡め取り封印して、その者を喰らう…
幻糸蜘蛛の特徴である。


二ヶ月間、オレに連絡をして来なかった事も、簡単過ぎる説明も。
オレは、躯に怒りを抱く事は無かった。

飛影なら直ぐに目覚めるだろうと思っていた事も。
目覚めるのなら、オレに余計な報告をしたら飛影が気に入らないだろうと飛影の気持ちを汲み取っていた事も。
二ヶ月経って、オレの側に居た方がいいと判断してくれた事も。

躯の表情が語っていたから。

その後は、何を話したのか殆ど覚えていない。
時雨が人間界との境迄見送ってくれたのを、ぼんやりと思い出せる位だった。



オレのベッドの中で、微塵も動く事無く、飛影が眠っている。
辛うじてしている呼吸が、酷く小さかった。


「飛影、そろそろ起きないと、躯に怒られるよ…?」


話し掛けても、いつもの短い返事が返ってくる事は無い。
それどころか、小さな呼吸が自分の声に遮られてしまった。


「ほら、起きないと。飛影…?」


オレは、幻糸蜘蛛の幻から目を覚ました者を、知らない―…
こんなに…
こんなに長く、生きて来たのに。


それ程危険な幻糸蜘蛛は、毒ガスとは別に、常に悪臭を放っている。
それ故、鼻のいいオレは勿論、普通の妖怪でも幻糸蜘蛛に近付かない様に注意出来る。


「…何で巣穴なんかに入っちゃうかなぁ…」


知らない訳は無いよね、飛影だって。
魔界に落ちて来た人間の事も、そんなに気にしてた…?
魔界の瘴気にやられて死んだらその人間の寿命だって、何処か冷たい事言ってなかった…?


「飛影…っ」


呼んだ名の愛しい人は、答えてはくれなかった。
また自分の声で、飛影の小さな呼吸が聞こえなくなるだけだった。

彼の発する唯一の音を遮った己の声が酷く不要なモノに思えて、もう話し掛けるのを止めた―…



――――――――――
―――――――――――――――
―――――――


飛影を人間界に連れて来てから、三週間。
何も、変化は無い。

仕事はしている。
極力、自宅勤務に切り替えられる様、裏で手は回した。
それでも一日一回は社に顔を出している。
その間飛影の脈が乱れれば、直ぐに使い魔が知らせる様にしておいた。

それでも、苦しかった。
飛影から、目を離す事が…

けれど、普通に過ごさなければ。
飛影に掛かりっ切りでは、飛影に呆れられるに違いない。


―飛影は、起きるのだから―…



「只今。」


今日も、飛影は眠ったまま。
寝返りすらしないから、布団も乱れる事は無い。

けれど、少し前髪が乱れていた。

―あぁ、今日は風が強いから…


開け放しておいた窓から、強い風が彼の髪を掠ったのだろう。
何気無く手を伸ばして飛影の前髪を流した。

ふと当たる、額。
やはり普段のそれとは比べ物にならない程、冷たくて。
触れた指先が、震えた。


「ねぇ、飛影…?」


行って来ます、只今、お休み…それだけは声にしていたと思う。
名を呼んで話し掛けるのは、飛影を連れて来た日以来だ。

彼の呼吸が聞こえなくなるのが嫌だった。
泣いてしまいそうで、嫌だった。
泣いてしまったら、彼が起きないと認めてしまいそうで。
無駄に回転のいい頭が、彼の死が訪れる日を計算してしまいそうで。
本当に、嫌だったから―…


「貴方は今、雪の中ですか…?」


幻糸蜘蛛が見せるのは、辛い過去の記憶。
人の傷を抉るのだ、なんて厄介なのだろう。


「…だから、こんなに身体が冷えてるの…?」


抱き締める様に、飛影の身体に触れた。
体重を掛けない様に、慎重に。

少し、痩せてしまったね。


「悔しいなぁ。今貴方の中に、オレは居ないもんね…」


ねぇ、飛影。
信じてるよ、必ず起きるって。

三ヶ月も掛けてゆっくりと、その幻から這い出る準備をしているんでしょう?
此処に、貴方を喰らう蜘蛛は居ないから、もういいよ。

もう…いいよ―…?


「…っ」


だから、話し掛けるのは止めたんだ。
話し掛けたら、ぐるぐると頭が動き始めて。
余計な事を考えて。
…泣いてしまうから。

泣いてしまったら。
誰がオレの涙を拭うの…?

その役目の筈の貴方は、眠ったまま、なのに…

眠った…ま…ま……


思わず落としたキスは、綺麗なものにはならなかった。
飛影の顔のあちこちにオレの涙がついて。
目を開ければ必ず見えた筈の強い紅の瞳は閉じられたまま…
それどころか、自分の涙で歪んで見えた飛影の顔は。
まるで、このまま飛影が消えるのだと、思わせた。


オレは頑固な狐でね。
貴方にお墨付きを貰った意地もある。

…けれどもう、崩れてしまいそうだった。


「知ら…ないの…?こういう話はね…、キスで目覚めるものなんですよ…」


飛影、今貴方は何処に居るの…?
何が見えていますか…?


「…目覚めて…くれないの…?」


―目覚めてくれないのなら。

妖狐の力をナメないでね…?
次元だって越えられるんだから。

貴方の居る処に、簡単に追い掛けてしまえるよ…?


「…飛……影………っ」


小さく叫んだ貴方の名は、強い風に攫われて。
虚しく、宙に舞った―…


「ごめ…んね、顔も服も、濡らしてしまったね…」


もう何も、考えたくはなかった。
ふらふらと、洗面台に向ってタオルを取って。
ふと映し出された鏡の中のオレは、顔の至る箇所に髪が張り付いていて酷いものだった。

…張り付いた髪の毛を直してくれる、優しい指先は…何処―…?


ドアを開けた。
この力の入らない手で、ドアノブを回せたのが不思議だった。

開けたドアに向って、風が吹き抜けた。
顔に張り付いていた髪が、風によって解放された。


飛影を人間界に連れて来て、三週間。
その間一度も聞く事が出来なかった、彼岸花の風鈴が小さく鳴った―…

それを認識するよりも、ベッドの上に胡座をかいて座る姿が信じられなくて、身体が震えた。
力が抜けて、座り込む。
いつの間にか、タオルを持っていられる程の力も、オレには残っていなかった。


オレの目の前迄歩いて来た人は。
懐かしいと思わせる、シニカルな笑みで。
もう聞けないんじゃないかと思った、低い声で。
わざわざオレに目線を合わせて。
紅の光を見せてくれた―…


「…顔がしょっぱいんだが。」


顔が…しょっぱい…?
あぁ、オレが涙を零してしまったから。
タオル…は…?

そう思うのに、身体は動くのを拒否していた。

目を逸らしたくなかったんだ。
折角見えた、紅い瞳から―…


「…悪かったな。」


そう耳元で聞こえた優しい声と。
オレを包み込んだ、熱い腕と。
オレの頭を支える、馴染みのある肩が。

全てが。
望んでいたものだった。

何処か遠くから聞こえる様な、しゃくり上げる泣き声に混じって。
耳元で、小さな笑い声が聞こえた。

もう。
どうでも、良かった―…



「…ほら。」


向こうに座るぞ、とベッドに向おうとした飛影の服の袖を掴んだ。


「何だ、腰でも抜かしたか?」


笑って言う飛影の言葉に、オレは何度も首を横に振った。

少しでも、離れたくなかったんだ。
暖かい飛影に触れていられるなら、床だろうと外だろうと、何処でも良かった。

飛影はまた笑って、オレの半身を抱え上げて半ば引き摺る様にベッドへと移動してくれた。
少しずつ、現実を噛み締める。


「飛…影…、幻は…?」

「あぁ、アレには参った。」


苦しかっただろう。
飛影の生の意味を揺るがす、雪の中の故郷は…
三ヶ月もその中に居た飛影を思うと、とても胸が痛い。


「お前がとにかく血みどろでな。」

「…え?」

「お前だ、お前。」


アレには参った、と溜め息混じりの飛影の声が続いている。

オレが、居た…?
眠り続けた貴方の中に、オレが居たの…?


「…ふ…っ………う…っ」


もう、泣き声が子供の様でも構わない。
もう今は、どうでもいいんだ。

飛影が目覚めてくれて。
暖かい体温と、低い声と。
紅い瞳…

愛しいものを、何度も噛み締める。

今度は少し困った様に笑って、飛影は抱き締める腕に力を込めてくれた。
オレは負けない様に、飛影の首に腕を回した。

絶対離してやるものかと。
幻なんかに渡してなるものかと。
心底、思って泣いた―…



――――――――――
―――――――――――――――
―――――――



「…ったく、面倒掛けやがって。噂によると、二週間前に起きたそうじゃねぇか。あぁ?」

「誰の情報か知らんが、俺は昨日起きた。」


百足の一室。
躯と飛影の会話だ。

オレは飛影と共に百足を訪れて、今は黙って二人の会話を聞いている。

“後二週間位、寝たままでも構わんだろう”
飛影の台詞を思い出して、笑いそうになるのを堪えた。


「チッ…幻に喰われ掛けても、生意気な態度は変わらねぇ。」

「フン。」

「ちゃんと報告したらどうだ、お前の失態を。」

「…必要無いな。」


これはもう、笑ってもいいのだろうか。
よくまぁこんな感じで、百足の平穏があるものだ。
時雨も、呆れた様に二人を見守っている。

そろそろ帰ろう…
ここに長居は無用と思えたのは、飛影と躯の攻防戦は埒が明きそうにないからと、飛影の仕事には余計な関わりを持たない様に気を付けているから。
それから、もう一つ。
飛影が目覚めてからの二週間の時間が有ったからだ。

それが無ければ、オレはきっと飛影から簡単には離れられない。
情けないけれど、躯とのやり取りを黙って聞いているのも難しかっただろう。
躯には悪いけれど、この二週間はオレにとって必要不可欠だった。
これから飛影と離れて、まともに生活してゆくには。


「あぁ、妖狐。」

「何です…?」


飛影とのやり取りの時とは打って変わって、明るい声で躯に呼び止められた。


「思い出した。希淋からきちんとした報告を受けていたんだった。聞きたくないか?普段クールなそいつが人間をわざわざ助けた理由。」

「躯っ…貴様!」


あぁ、そう言えば聞いていなかった。
飛影が目覚めた事だけで、胸が一杯だったから。

オレに“もう帰れ”とか、躯に“余計な事を”とか、慌てふためく飛影に首を傾げながら、オレはもう少しだけ百足に留まる事に決めたのだった。



“母親とガキの親子が落ちて来たんだそうだ。
そっちで神事でもやる様な家系だったんだろう。
母親もガキも、僅かな霊力に守られて瘴気にはやられずぴんぴんしていたらしい。
だがな、ガキが幻糸蜘蛛の巣穴の前に咲いている花に興味を持って、そのまま巣穴にも入っちまった。
慌てた母親がそのガキを何て呼んだと思う…?
「しゅういち」だとよ…”




「…お前、そのニヤケた面を直せ。」


不機嫌な飛影の声に引き戻されたが、飛影の仕掛ける剣先を避けながら笑う、躯の笑い声まで鮮明に思い出してしまっていた。


「送ってくれなくても良かったのに。」

「有り難く思え。」


本当は、あのまま百足には居づらかったんだろう。
また笑いそうになったが、その事には触れないであげようか。

嬉しくない訳が無い。
其処にもオレが居たなんて。


男の子を捕まえて、巣穴の前に立つ希淋に向って男の子を放ったのと同時に、幻糸蜘蛛に毒ガスを吐かれたそうだ。


「はいはい、オレの事が大好きなんですね♪」

「お前…っ」

「いいじゃないですか。」

「何が。」

「大好きって言ってくれたって。」

「言うか!」

「いいでしょ。」

「しつこ…」

「…オレ、寿命縮んだんですから。」


飛影が息を呑んだのが気配で分かった。

でも本当だから。

寿命が縮む、なんて可愛いものじゃ無く。
全てが終わる、心地がしたのだ。


「…悪かった。」

「じゃなくて、大好きでしょ?」

「言わん!」

「じゃあ、好きじゃないんだ…」

「お前性格変わってないか?!」

「少し図太くならないとやっていけない事が分かったので。」

「…」

「飛影〜、大好きは?」

「しつこい!」

「酷いなぁ、大好きな癖に。」

「〜〜〜っ」



―ねぇ、飛影…?

オレを黙らせる為に繋いでくれた手に、本当は涙が出そうだったんだよ…?
ちゃんと暖かくて、力がこもっていたから。

オレを睨み付ける瞳には、紅い光が宿っていて。
その中にオレが映っている事が、胸が苦しくなる程嬉しくて。

貴方が此処に居る事が。
貴方の中にオレが居る事が。

やっぱり、奇跡だと…
心底、そう思わされたから―…



別れ際に聞いた“もう泣くな”という優しい声と、抱き締めてくれた熱い腕には。
オレをもう一度だけ泣かせる効果が隠されていた。

また歪んで見えた貴方が。
それでももう、消えてしまうとは思わなかった。

歪んでいても、痛い程、見えたから。
強い、紅の光が―…



(END)



*12345*REQUEST
空地様より 「切ないけどで最後は甘い系飛蔵」
受付 2011.4.26  掲載 2011.5.8.....☆

★あとがき★
な・が・いっ(((`◇´;))))
お読み下さった方々、お疲れ様でしたぁ。。。
空地様、リクエスト有難うございました
前半戦は飛影が死んだ位の感情で書いてまして、管理人途中泣きそうでした(笑)
↑ 揺るぎない阿呆だから♪
え〜と、如何でしたでしょうか…?
幻ネタ、ちょっと有りがちかなぁと不安に思いつつ、考え始めたら止まんなくなってしまったので、突っ走ってみました
それはそれは、強引に(笑)
“stay”は、『居る』って言う存在の様な意味と『支え(精神的な)』と言う意味も有る様なので、決めました☆
えっと、結構蔵馬の感情を大事に書きましたので、管理人も感情移入をしながら臨みました。
それ故、泣きそうになったのですが(’ω’;)
要はお互い大事過ぎてどうしよもないって感じですかね(長いのに簡単なマトメ!)
ウチは結構漢字が多いんですが、蔵馬の感情表現に邪魔になりそうな漢字はわざと省いてみたりしました。(若干ですけど)
少しでも伝わったら嬉しいなぁ〜*
そして今気付いた。
甘みは何処…???(あせあせ)
そしてあたしは誰…??(アホ管理人)
えぇっと何はともあれ…(誤魔化した!)
リクエスト下さった空地様、お読み下さった皆様、有難うございました^^
(飛蔵の愛を伝える為だけに生まれた幻糸蜘蛛、グッジョブ)

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