REQUEST
a childish day
魔界の、鬼薊(おにあざみ)の谷。
息上がる身体を休める為、岩陰に腰を下ろした。
人間界に帰るには走り続けても四時間、と言った処か…
随分、遠い処に出てしまった。
けれど、頭を冷やすのには調度良い―…
溜息を吐いて、目を閉じた。
〜a childish day〜
些細な…事だったと思う。
様々な事が重なっただけで。
オレを気に入らない職場の先輩が、オレを“女の様な顔”と揶揄した、とか。
桑原君から電話で、雪菜ちゃんに盛大に祝って貰った誕生日話を聞かされて、羨ましいと思ってしまった、とか。
久し振りに顔を見せた飛影から、いつも以上に躯の匂いが強く香った、とか。
オレの機嫌が悪い理由が分からなくて、珍しく飛影が突っ掛かって来た、とか…
「…そりゃ、分かる訳無いよなぁ…」
考えたくも無いのに頭は勝手に物事の整理を始めて、そうする事で浮かび上がって来る、大人気無く女々しい自分。
そんな事も部屋を出る時に既に分かっていて、ますます苛立って。
部屋を出て移動したところで、直ぐに飛影に追い付かれる事を恐れて魔界に移動したのだ。
最大限に妖力を高めて、妖狐の力を使って次元を移動して…一瞬で此処に。
妖狐に戻れる様になっても、何年かはこの力が使えなかった。
理由は簡単、まだ妖力が足りなかったからだ。
使えるようになっても、最大限まで妖力を引き上げないと不可能な為、今まで使わなかった。
時間が掛かるとも、境界を通っていた訳だが…
結局、久し振りの所為か思ってもみない処に辿り着いた訳で。
この身体では二度は移動出来ないし、帰りは自ずと四時間程駆け抜ける事になる。
己の甘さも合わさって、盛大な溜息が自然と漏れるのだった。
そのお陰か、早くも頭が冷えて来て。
妖力を大半以上使った事も、冷静になる手伝いをして。
少し休んで回復しないとS級妖怪にでも出くわしたら切り抜けられないな、とか。
飛影に何て謝ろうか、とか。
頭がフル回転し始めた。
四時間程駆け抜けなければならない億劫さも、本格的に身に染みて。
眉間に皺を寄せ、目を開いた先に…
「…クゥ…」
狐の親子が居た。
親狐はオレの足に頭を摺り寄せ、子狐はその親に寄り添っている。
「あれ、いつの間に?気配消して居たのによく分かったね…」
手を伸ばして撫でると、柔らかい毛質が手の平に広がった。
気持ちが自然と柔らかくなっていくのを感じる。
そして浮かんだのは。
オレが狐の頭を撫でた様に、優しくオレの髪を梳かす飛影の指先。
自然と、微笑ってしまった。
「…ほら、もうお行き?」
「クゥ…」
狐の親子は小さく鳴いて背を向けると、川の岩々を軽く跳んで行く。
その後ろ姿を見詰めて居た。
「…オレも帰らなきゃなぁ。」
四時間も掛かるし。
声にしたらますます実感しそうで止めた。
その時だった。
一匹の妖怪が見えたのは。
オレに向かって…では無く、川の向こう岸に着いたばかりの狐の親子に向かって。
喰うつもりなのだと見て取れて。
オレは咄嗟にその妖怪を止めた。
…と言うか、仕留めてしまった。
それはそれは、派手に…。
「ほら、本当にもうお行き?気を付けるんだよ。」
狐にそう声を掛けて、オレは走り出した。
場所を変える為。
咄嗟とは言え、相手の血を盛大に撒き散らしてしまった。
臭いを嗅ぎ付けて、恐らく他の連中も寄って来る…。
案の定、幾つかの気配が既に近付いて来ていた。
その中には、S級クラスのものも有る。
「…チッ」
舌打ちを零して、安全な方角へ走る。
走りながら己が零した舌打ちを、そう言えば得意な人が…なんてまた飛影を思い出して。
無傷で帰らないとタダで済まないな…と苦笑った。
―もう、追い付かれたか。
ちらりと後ろに視線を移す。
他の気配は無くなったが、その代わり一匹のS級妖怪が背後に迫っている。
図体がデカイ癖して、足は速い。
思ったよりも早く追い付かれた。
尤も、オレがこれ以上のスピードが出せない所為かも知れないが。
―仕方無い。
「もう逃げるのを止めたのか?」
追い付いたデカイ図体から、太い声がした。
「…何とでも。」
確かに、魔界に移動しようと決めた時点で、何匹かとやり合うつもりで居た。
ストレス発散…要は八つ当たりだ。
けれど。
移動に妖力の殆どを使用した所為と。
狐の親子に毒気を抜かれた所為と。
思ったよりも至極早く飛影を思い浮かべてしまった所為で…
そんな気は疾うに消え失せていたのだ。
―さて…と。どうしようか。
余り落ち着けない状況では有るが、普段通り、相手の力を見極める事にする。
…と、目の前に先程の狐が居たのだ。
この子達にもいつの間に追い付かれたのか…
「ギャン!ギャン!!」
鳴き声を荒げて、相手を威嚇している。
「あ、こら!早く逃げなさ…」
「何だこいつ等は。邪魔だな…。」
そう言う大男によって、狐達に大鎌が振り下ろされた。
「…っ」
右肩に痛みが走った。
華を使っては間に合わないと思った。
狐を庇ってしゃがみ込んだ右肩に、鎌が食い込んだ。
…でも、思った通りだ。
大男は狐相手に其処まで力を入れていない。
大丈夫、筋肉までは届いていない。
―さて…本当にどうしようか。
オレは肩を押さえて振り返った。
大男が見下ろしている視線とぶつかる。
「…驚いたな、ほとほと甘い奴なのか。」
馬鹿にした様な声がした。
オレが元妖狐だと知らないで言っているのだろう。
…まぁ、今妖狐に成る力は残っていないけれど。
“ほとほと甘い奴”
よく飛影に言われる台詞だ。
こんな時にも飛影を思い出すんだから、オレも心底―…
そして同じ台詞でも、言われる相手でこんなに違うものかと感心までしてしまう。
「狐諸共、逝け。」
―オレも狐なんだけどね。
「ギャン!ギャン!ギャン!!」
―あぁ、もう、吠えてないで逃げなさい。
「…ほとほと甘い上に、馬鹿な奴だな。」
―…?!
気付けば、狐諸共斬られていた…
のでは無く。
移動させられて、大男と距離が取れていた。
…暖かい、腕によって。
「…四時間、経った…?」
「…は?」
“頭でもおかしくなったか?”と言わんばかりの表情で見詰められた。
先程人間界で八つ当たってしまった、飛影に―…
「いや、だからね…?四時間掛かる距離でしょう…?」
妖狐のオレと違って、次元を越えられる訳は無いのだ。
だとしたら、境界からひたすら走るしか方法は無い。
別れてから一時間程しか経っていない筈なのに…
「お前…俺をナメるなよ…」
「いや、でも…」
オレの見積もりは間違ってない筈。
一時間程度で、この距離を…?
「ギャン!!」
威嚇する狐達の鳴き声を余所に、大男は鎌を持ち上げた。
地にめり込んだ所為で付いた土を振り落としている。
飛影のスピードに全く対応出来なかった証拠だ。
「おい、どちらが相手だ。二人同時でも構わないが。」
少し距離が取れていても、野太い声がハッキリと聞こえた。
「俺が殺る。」
「待って、オレが…」
「手に余してただろうが。」
「策はちゃんと考えてまし…」
「いいからその吠えてる奴等を押さえてろ…」
「あっ…」
言うが早いか、飛影は既に大男の懐に入っていて。
次の瞬間には、意識を失くした大男が倒れていた。
涼しい顔で、飛影がこちらに向っている。
―相変わらず、お強い様で…
何だか少し悔しくて。
それ程重要では無い事を口にしてしまう。
「珍しいね、貴方が刀を使わないなんて。」
「阿呆が。血の臭いで面倒な奴等が増えるだけだろうが。」
「…」
「何だ、何か言いたそうだな。」
「…いいえ。」
結局、墓穴を掘った形になってしまった。
―どうせ視ていたんだろうな、オレの失態。
何の言い訳も出来ずに、周囲に他の気配が無いのを確認して腰を下ろした。
「…で?どんな策だ。」
側に腰を下ろした飛影に、尋ねられる。
オレを追っている際に、怪我をしてしまったのだろう。
親狐の怪我を見付けて治療してやっていた手を止めて、飛影を見た。
飛影の周りを子狐が駆け回っていて、気が向いた様に子狐に飛影が手を伸ばす。
飛影の指が子狐の喉元を撫でていて、子狐は嬉しそうに目を閉じていた。
―珍しい光景…
随分、優しいんだな…
「…おい?」
「…クゥ…」
「あ、…っと、鬼薊ですよ。“鬼薊の谷”と呼ばれる程、そこら中に生えてますから。協力して貰おうかと…」
「ほう…?」
「何か…疑ってます…?」
「いや。」
ホントなんだけどなぁ…
口にはせず、心の中で呟いた。
どうやら余り信用されていないらしい。
まぁ、ここまで失態を繰り返していたら仕方無いが…
それよりも…気になる。
飛影がとてつもなく、子狐に優しい。
狐達も警戒心等皆無で、子狐はいつの間にやら飛影の膝の上に乗っているし、そんな子狐を親狐は心配等せずに放って置いている。
何だか羨ましくて、目線を逸らした。
そう思ってる事が、飛影に容易くバレてしまいそうで―…
――――――――――
――――――――――――――
――――――
「お前、何してたんだ?」
「あぁ、鬼薊達にあの子達を守る様に、少しお願いを…ね。」
オレ達は、並んで人間界を目指し走っていた。
このスピードも、オレに飛影が合わせているのだと思うと、少し悔しく思ったが。
「…本当に、お前はほとほと…」
「甘い奴…?」
つい、笑みが零れてしまう。
オレが自分の肩の手当てよりも先に、親狐の足を看てやった事も含まれているのだろうが。
余りにも予想通り、言われ慣れてしまった台詞で。
けれど、飛影が想ってくれていると…伝わって―…
「貴方もあの狐達、可愛がっていたでしょう?」
「…そうだったか?」
飛影を見ると、心外だと言う表情。
「…無意識…ですか?」
「何がだ。」
「…いえ。」
本当に天然タラシなのだろうか。
あんなに優しい表情をして、優しい力加減で。
―オレに対しても…無意識…?
「お前に対しては、“わざと”だ。」
「……何…が?」
「いいや。」
飛影が笑いを堪えているのが見なくても分かって。
何かもう…色々アレだ…
先回りされていて、情けない。
けれど―…
きちんと謝っておかなければ。
今回ばかりは、オレが撒いた種だ。
「ごめんね、飛影。色々心配掛けて…突っ掛かったりして…」
「…あぁ。余り無茶をするな。」
「オレが部屋を出てから、直ぐに追い掛けてくれたの?」
「俺はガキじゃなく、大人だからな。」
…何か、いつか言ってしまった事を根に持たれている気がする。
けれど、飛影の言葉は優しさを嫌と言う程含んでいて。
全くイヤミを感じさせない。
それもこれも合わせて、本当…今回ばかりはオレの方が子供で。
「…ごめんね…」
心から素直に言葉が出た。
自分で言うのも何だが、素直に詫びる事なんて稀で。
魔界に着いた時点から、そして今も、自分の非を認めていると言うのに。
―何故…?どうしてこんな事に―?
「…っ」
空中で、飛影の腕の中に突然捕われた。
腰を引き寄せられ身体を密着させられ、首元に手を差し込まれる。
突然、降って来た、口付けの嵐―
「…はっ…」
余りにも苦しくて息を吐けば、隙間から入り込まれた熱い舌。
何の対応も出来なくて、逃げる事すら許されない。
次の枝に渡る事は敵わず。
落下してゆく―…
そのまま降下を始めても、飛影の口付けは終わらない。
落下してゆくごとに、激しさを増していると思う程。
余りにも強く抱き締められて、身体が小さく跳ねる事も敵わない。
舌の裏を舐め上げられて、軽く歯まで立てられて。
身体が、顔が、熱い。
息が、出来ない。
それは地に足が着いても、暫く続けられた。
地に着いた衝撃を、微塵も感じる事が出来ずに…
「…っ……は……っ」
漸く解放された時には、完全に息が上がっていた。
肩で呼吸を繰り返す。
閉じた目を開けて睨み付けようとしても、溜まった涙によって、目を閉じていた時と幾分も変わらない視界の悪さだった。
「さて、帰るか。」
「…っ」
「なぁ、蔵馬。」
答えられずに、飛影を只見詰めた。
呼吸を整えるのに、オレは必死で。
満足そうな飛影の表情だけが、ぼやけて見えた。
そして、この人は言ったのだ。
今日ばかりは、飛影の方が大人であったと認めたばかりなのに。
「…四時間掛かるとしても、息を乱したりするなよ…?蔵馬―」
(END)
*9999*REQUEST
りー様より 「飛影と喧嘩しちゃって部屋を飛び出した蔵馬が、他の妖怪にやられてピンチになっちゃって、飛影が助ける。最後は仲直り。」
受付 2011.2.2 掲載 2011.4.21.....☆
★あとがき★
りー様、この度はキリ番ふみふみ&リク、有難うございました^^
あ〜、超〜遅くなってしまって、大変申し訳無いです(土下座)
無駄に長〜くなっちゃって…しかも二人の絡みが短っっっ!
甘いのを目指してみたんですが…見事玉砕…Σ
あ、でも、これで飛影の足が速くなったって言う証拠の話に。。。?
“鬼薊の谷”なんて〜モノは、原作には在りません。
管理人のデタラメ(笑)
鬼薊は、名前で決めたけど、名前とは違ってかわゆいサボテンみたいな花でした♪(wikiった)
蔵馬の飛影へのガキ発言は“in a fit of passion”をどうぞ☆(CMか;笑)
“a childish day”は“ある大人気無い一日”…でしょうか(´ω`)
今後の制作の糧にもなりますので、りー様、苦情をお待ちしております
りー様、お読み下さった皆様、有難うございました^^/
【2011.4.30追記】
本日、リクを下さったりー様の素敵サイト『紅い薔薇の花』にこの作品を掲載して頂きました☆
りー様、有難うございます^^
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