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REQUEST
window chime


「秀一、入るわよ。」


ノックと共に聞こえた女性の優し気な声。
その声に反応して、ノックを受けたドアのある部屋の中では、声を掛けてきた女性にバレぬ様静かに、けれど確かに慌てた空気が漂っていた。


「母さん、ちょっと待って!…飛影、すみません!一度外に…」


前半の台詞はドアの前の女性に向けられたもの、後半は蔵馬に覆い被さって居た黒い影に向けられたものだった。
後半は勿論小声で。

覆い被さる飛影に気を取られて普段ならば気付ける筈の気配に気付けなかった蔵馬と、気配に気付いたものの部屋には入って来ないだろうと楽観的に考えた飛影の所為で、この状況を生み出していた。


「…チッ」


外へ…と追い出される形で促された飛影は、身軽に窓の外へ飛び出ると、部屋の中に聞こえない様小さく溜息を吐きながら、側の桜の木に降り立った。
今の時季らしく、青々とした葉を誇らし気に風に揺らすそれ。
窓から覗いて見ても、死角になっている枝を選ぶ。


久し振りの訪問。
恋人の肌の感触を確かめるべく、手を伸ばすのは当然の流れ…
それを邪魔する者は何人たりとも許す気は無い…が、それが愛しい恋人の大切な母親ともなれば話は別になる。
己がこの部屋に“邪魔している”事実も手伝って、五分かそこらで終わるだろう蔵馬と母親とのやり取りを、大人しく待つ事にした飛影であった。


「母さん、ごめん…何…?」

“英文を書き写している途中で、手が離せなかったから…”と尤もらしい言い訳を添える蔵馬の声が飛影の耳に届く。

実際、ほんの数秒しか母親を待たせておらず、その間に色々とやってのけた二人だった。


蔵馬は、母親にバレない様に苦笑いを浮かべた。
きっといつもより少しばかり不機嫌さを増した表情で木の上に居るだろう、飛影を思って…。

その通りではあったが、尤もらしい蔵馬の言い訳に、飛影は小さな笑いを零していた。


「…お母さんのお友達がね…」

「へぇ…」


所々聞こえる会話をBGM代わりにし、枝に器用に横になっていた飛影に、会話がハッキリ聞こえて来る様になった。
窓際で会話しているのだろう、と飛影は理解して特に気にも止めなかったのだが。


「…この風鈴、こんなに綺麗な音色なのね。母さん、初めて聞いたわ…。」


そう嬉しそうに母親は言った。
“掃除の為部屋に入った時に、風が吹いてもカタカタとしか鳴らなかったのよ…?”と続けて。


「…そう?それよりさ…」


飛影は、蔵馬が急に話題を変えた事に引っ掛かりを覚えた。
それから母親が言った、“風鈴が今まで鳴らなかった”という事も。


―一年前…丁度今頃の様に暑い季節だったな…

飛影は思い出していた。
ある日、いつもの様に蔵馬の部屋を訪れると、いつも聞こえる事がなかった音色が飛影の耳を通った。

“何だ、これは?”と挨拶もそこそこに尋ねると、蔵馬は“風鈴と言うんですよ。綺麗な音色でしょう…?”と微笑んだ。
合わせて風鈴の由来だとか購入した日だとかを言っていた様な気がするが。

その日から、蔵馬の部屋に訪れる飛影を出迎える音色となっていた。
それは一日も欠かす事が無かった。
今日だって然りだ。
飛影が窓辺に降り立った際、必ず小さな風が起こるのだから―…


―風鈴が今まで鳴らなかった…?風が吹いても…?




「…どういう事だ…?」


蔵馬と母親とのやり取りが終わり、ドアが閉まる音を確認した飛影が、部屋に戻って開口一番に問う。


―やっぱり聞こえていたか―…

気にしないでくれれば…と思ったんだけど…、と蔵馬は内心で呟いた。


「…何の事です…?あ、追い出しちゃってすみません…」

「風鈴、だったな。何故母親が一年もの間、音を聞いた事が無い…?」


蔵馬の謝罪には一切触れず、飛影は聞きたい事を蔵馬に逃げられない様ハッキリと言葉にした。

誤魔化せるものなら誤魔化したい、という蔵馬の気持ちも、飛影には伝わってしまっているのかも知れない…


―あぁもう…、出来ればバレたく無かったのに―…


これ以上誤魔化そうとしても、飛影の機嫌を損ねてしまうだけだと解っている蔵馬は、覚悟を決めて口を開いた。


「…恥ずか…しいので、聞き流して下さいね…?」

「……」


“それは事と次第による”と言いた気に黙る飛影。
そんな愛しい存在の態度を見て、“またからかわれる材料を造ってしまった…”と内心項垂れる蔵馬であった。


「…貴方の…音なんです、飛影…」

「…?」

解らない、という表情の飛影を見て、更に蔵馬は続けた。


「この風鈴を買ったのはね、涼やかな見た目と綺麗な音色に惹かれたから…なんです。」


漆黒の陶器に真紅の彼岸花が描かれている鐘。
色合いが夏らしくない分、逆に涼やかな感じを受けたのだと蔵馬は付け足した。


「買って来たその日に、そのカーテンレールに括り付けました。その三日後だったかな、貴方が来てくれたのは…。貴方が怪訝そうな顔をして尋ねるから、風鈴について少し話しましたね…。」


チラリと飛影を見やると、早く結論を話せと言いた気な表情で、蔵馬は困った様に僅かに笑みを零す。
飛影はそんな蔵馬を、腕を組んで壁に寄り掛かったままずっと見詰めていた。


「風鈴は…音を奏でるでしょう…?短冊の部分が風で揺れるから―…」

本当に聞き流して下さいね…、と最後の忠告の様に蔵馬は告げた。


「貴方が…来てくれたんじゃ無いかと…風鈴が鳴る度に思ってしまったんです。だから…その…淋しく…なってしまうから―…木製の舌(ぜつ)の部分に細工をして…貴方の妖気にだけ反応する様に―…」


鐘の中に隠れている舌(ぜつ)という部分が鐘に当たって音が鳴るのだと、蔵馬は説明を始めた。
尤も、恥ずかしさを紛らわす為の手段だという事は、当の本人は勿論、飛影から見ても解るだろう。


「だから…貴方の音なんです…。貴方の来訪を告げる…音―…」


言い終わる頃には、蔵馬は飛影の腕の中に居た―…


「…中々来れなくて悪かった…」


飛影の声が、飛影の腕に収まってしまっている蔵馬の頭上で優しく響いた。


てっきりからかわれると思ったのに…と蔵馬は内心驚きを隠せない。
それに、こちらこそ女々しくてすみません、と謝りたい位だった。


「…母親の話は何だったんだ?」


腕の力を弱めて飛影が聞く。
話題を変えてくれた事に少し安心した蔵馬は、これも飛影の気遣いなのだろうと思った。


「…母の友人がオレの浴衣を仕立て直してくれたみたいで。それから、息子さんが着なかった浴衣を譲ってくれたみたいなんですけど、秀一君には地味かもねって一言残していったみたいです。」

「…去年着たやつか?」

「そう、飛影も着ましたよね、去年。幽助達とお祭りに行きました♪」

「…浴衣も祭りも、お前が無理にさせたんだろうが。」

「あ、去年飛影が着た浴衣は、箪笥の中にありますよ。出しましょうか…?母さんも出掛けたし…♪」


すっかり調子を取り戻した蔵馬に、飛影は一瞬目を細めたが、直ぐに表情を戻した。
いや、もう少し優し気になったのかも知れない―…


「…着てみるか。」

「…………えっ?!」


充分間が空いた後に、蔵馬が驚きの声を上げる。
その蔵馬を見て、可笑しそうに飛影が笑う。


「何だ、お前が言ったんだろうが。」


飛影の台詞で我に返ると、飛影の気が変わる前にとでも思ったのだろう…蔵馬は慌てて箪笥から去年飛影に着せた浴衣を引っ張り出した。


「はい、飛影。羽織って下さい。」


そう言って飛影に浴衣を手渡し、飛影が浴衣を羽織る様子をじっと見ていた蔵馬だったが…


「…あっ!!」


急に驚きの声をあげた。
その声に怪訝そうに飛影が返す。


「…何だ。」

「…気付か…ないの…?足も腕も…寸法足りてない…去年ぴったりだったのに…」

「あぁ…言われてみれば…」

「成長…してるんですね―…」

「…お前…その言い方止めろ。」


ムッとした飛影に反して、驚いた様な、感心した様な表情のまま、蔵馬は飛影を見詰めていた。

―本当は、少し泣きたくなった―…
この身体で守られて来たのだと…心に染みて―…


「あ!」

「…今度は何だ…」

「オレと同じサイズの浴衣…母さんの友人がくれた…何か地味だとか言っていたけど…」

最後は独り言の様に呟きながら、母親が先程置いて行った紙袋を漁り出した蔵馬を、寸足らずな浴衣を羽織ったまま眺めるだけの飛影であった。


「これ…かな…?あ…地味…と言うよりは、少し変わったデザインかも知れないですね。飛影、どうですか…?」


どうですか、と言うのは、着てくれるか否かという飛影に向けられた問いだ。


蔵馬の手によって広げられたそれは、黒と紺の混じった麻の布地で、後ろの足元には白を基調とした三日月が描かれていた。
それは水墨画を思わせる様なもので。
“地味”と言うよりは、気品溢れる代物だった。


不安そうに飛影を見詰める蔵馬の手から、飛影はそれを奪った。

「月は嫌いじゃない。」


蔵馬が嬉しそうに微笑んで、代わりに飛影が脱いだ寸足らずな浴衣を受け取る。


「…嬉しいです。銀狐はね、月を象徴しているとも云われてるから―…」

「そうか。」


帯を締めながら応える飛影に、蔵馬は“どうせだからオレも着替えて来ます”と言い残して部屋を後にした。
その後ろ姿を見送った飛影が、今日何度目か分からない笑みを零す。
余りにも、蔵馬が嬉しそうだったから―…



暫くしてドアが開けられ、浴衣に着替えた蔵馬が部屋へ入る。

黒の布地に、木の実にも見える小さな紫の花…
それが足元に数ヶ所描かれている。
余り派手になり過ぎない、蔵馬の好みなのだろう。
長い髪は簡単に束ねられ、片方に流されていた。


「…飛影…その浴衣…とても似合いますね…」

サイズは来年ぴったりかもしれないね、という飛影にとっては要らない台詞まで付け足されたのだが。

飛影はその台詞を聞き流せる程、蔵馬の姿に目を奪われていた。


―普段も充分に色気を放つこの狐は、浴衣を着るとまた違う色を重ねてくる―…

去年も見た筈なのに…と数秒後に内心苦笑う飛影だった。


「はい!浴衣と来たら、ビールに枝豆♪」

色気漂う格好には似つかわしく無い台詞が蔵馬の口を付いた。
飛影は蔵馬の姿に気を取られて気付けなかったが、部屋に戻る際、既に蔵馬の左手にビールと枝豆が乗せられたトレイが持たれていた。


「…おい。去年はもう少し風情がある事言ってなかったか…?」

「いいじゃないですか♪貴方も祭りだ何だって連れ回されるよりこちらの方がいいでしょう?」


話しながらも飛影にグラスを持たせ、綺麗にビールをついでみせる蔵馬を、半ば飛影は呆れながら見詰める。
そんな飛影を余所に、蔵馬は自分のグラスにもビールをついで、飛影の持つグラスに自分のそれを当てた。

風鈴の音色には負けるが、中々気持ちの良い音が響いた…


「お前の…その浴衣の花は何だ?」

ビールを呑みながら、飛影は何となく思った疑問を口にする。
去年は気にも留めなかった事。


「………言いたくありません。」

あれ程上機嫌だった蔵馬が急にトーンダウンする。


「…俺絡みか。」

「…っ…そうですよ!…………“龍の髭”です…」

「…可愛い奴…」

「何です…?!」


小さく呟いた飛影の台詞に喰って掛かる蔵馬を、飛影はビールを呑みながら器用に抱き寄せた。


―先程母親に譲った時間を取り戻すか―…


様々な感情から顔を紅に染めても尚、蔵馬の口から聞こえる小言を流しながら、母親に時間を譲った事で、ほろ酔いでしかも浴衣の蔵馬、という思わぬプラスの効果を得た、と満足気な飛影だった。


「…蔵馬…」

飛影の、低くて甘さを含んだ声。
それは勿論、腕の中の狐を捕える為の罠―…

その罠に、最初から抗う気等無い狐が引っ掛かる。
自ら飛び込んだ…という表現の方が的確かも知れない…


二人の戯れを、窓の風鈴が見下ろしていた。
優しい風に綺麗な音色を響かせながら―…


漆黒の陶器に描かれた真紅の彼岸花。
その色合いが愛する彼を思わせて、つい手に取った事は、飛影の知り得ないところ…


彼岸花に込められた、隠れた意味合いも―…

“想うはあなた一人”と―…



(END)



*777*REQUEST
柊きよら様より 「浴衣と風鈴」
受付 2010.7.13  掲載 2010.7.23.....☆

★あとがき★
きよら様、リクエスト有難うございました^^
とても夏らしいテーマで...ご期待に添えず申し訳ありません!!(T ^ T)
コレはウチの二人が結ばれて大体一年半後?位の設定で書かせて頂きました。
へぇ...いつの間にか去年に浴衣着てるわ、幽助クン達と祭り行ってるわ...色々してたのね〜アンタ達。。。と(笑)
どうせなら…と色々詰め込ませて頂きました。
ごちゃごちゃしない様に気を付けましたが…反省します;泣
言い訳という名の説明は日記にてさせて頂きますので、どうぞお時間が許される方はお立ち寄り下さい( ̄◇ ̄;)
ちなみに、題名のwindow chimeですが、喫茶店の扉に付けられているカランコロンを“ドアチャイム”と呼んだりするそうなんです。
それを文字りまして、飛影は窓から入室するので、window chimeとさせて頂きました♪
これ以上の言い訳は日記にて…
きよら様、如何でしたでしょうか…(聞きながら心臓飛び出そうですよ〜死)
アレだけの素晴らしいお作品を手掛けるきよら様からすると、ツッコミどころ満載だと思われます、、、タハハ
では、きよら様*
リクエスト本当に有難うございました^^

【2010.9.23追記】
本日、リクを下さったきよらさんの素敵サイト『Foxtail』にこの作品を掲載して頂きました
凄い事だっっ
“飛影鈴”なんて可愛い呼び名も付けて頂いて(笑)
きよらさん、有難うございました
少しでも可愛がって頂ければ嬉しいです^^

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