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物語【暗黒武術会編】
夢と契りと愛と… V

紫の光が溢れる中、蔵馬の頭の中で、今まで見た夢の映像が早送りで流れた。

不思議な感覚…。
頭の中ごと持っていかれてしまう様な…。
勿論、目の前の邪眼師に。


「…っ……ひ…ぇ…」


術を掛けられている蔵馬は小さな声しか出せなかった。

只、あの恐ろしい夢を飛影に覗かれている失望感から、涙を止め処無く流していた…。



成る程な。
こんな内容じゃ、蔵馬が参る訳だ…。


蔵馬の夢を邪眼を通して受け取った飛影は、涙を流し続ける翠の瞳を見詰めた。


―さっさと俺に吐き出せばいいものを。

そう思いながらも、直ぐに蔵馬を訪ねなかった己に、心の中で舌打ちをした。
一週間も母親との時間をやるべきじゃなかったな。


只、やはり馬鹿な狐だ、お前は―…


やがて、紫の光は消えた。

それと同時に、蔵馬も解放された。
飛影が押さえ付けていた手を解いたのだ。


蔵馬は上体を起こし、口を開いた。



「…飛…影…ごめんなさ…」


とにかく謝ってしまいたかった。

こんな夢を見てしまう自分を、夢の中で傷付けた事を、恐ろしい性を持つ自分を、全て―…
飛影を愛した事でさえも―…

だが、全て言い終える前に、またしても飛影によって遮られた。


飛影が蔵馬を優しく抱き締めた。
右手は蔵馬の後頭部に添えられ、髪を撫でる。


端から見れば慰めている様に見えるその行為だったが…


「…ククッ」


今の状況には不似合いな笑い声。
笑い声を少しは我慢しているのか、飛影の肩が震えている。


蔵馬は訳が解らず、ただ飛影に抱き締められたまま。


蔵馬を放して、飛影は蔵馬の顔を覗き込んだ。

訳が解らないのも手伝って、不安そうに揺れる翠の瞳。

未だ流れる涙を親指で拭ってやりながら、飛影は口を開いた。


「…随分と俺に執着している様だな。」


嬉々として言うそのニュアンス、飛影の片方の口元だけを上げる独特だが嬉しそうな笑み……
正しく“上機嫌”といった感じである。



「…飛影…?」


「…クッ…ははっ」


飛影が片目を瞑り、手で口元を抑え笑う。


「何がそんなに可笑しいんですか!」


夢を覗かれた絶望感と不安…それを抱えていた蔵馬だったが、あまりの予想外な飛影の態度に、よく解らない怒りが沸き上がった。

飛影はそんな蔵馬の頭をポンポンと叩く。
“よしよし”と言う様に。


「解った、解った。」

「…何がっ」

「お前が俺を真剣に求めている事が、だ。」

「…なっ」


本当に解らない、と言う様に、蔵馬は飛影を見詰めた。


只の夢…と片付けてしまえない内容。
正夢になるのではないかと、己が引き起こしてしまうのではないかと…不安に付き纏われていた。

飛影は気味が悪くは無いのだろうか…?
飛影に嫌われてしまうと…思っていたのに…


「お前が解る様に言ってやろうか…?」

「……」


尚も解らないまま、心が苦しくて蔵馬は俯いた。

先程もした、蔵馬の頭をポンポンと叩く行為…“よしよし”と慰める様に飛影は言葉を続ける。


「まず一つ、俺は黙ってお前に殺られる様なタマじゃ無い。二つ、何が起ころうとお前は俺を斬れない。」


蔵馬は頭を上げて飛影を見詰めた。
まだ飛影の言葉に続きが有る事は分かっていたが、堪らず蔵馬は口を開く。


「…そんな事…分からないよ、飛影。殺ろうと思えば、オレは貴方を斬り…」

「出来ないな。例え殺ろうと思い立ったとしても、華が拒むんじゃないのか…?あの日の様に。」


ハッと、蔵馬は目を見開いた。


あの日…
飛影に想いを告げたあの日…仕掛けていた風華円舞陣が飛影を斬り付ける事は無かった。
その事実に蔵馬自身驚いたのだが。


「気付いていたんですか…。でも…オレがその気になったら華にも言う事を聞かせますよ…。」

例え相手が貴方でも…きっと―…


そう続ける蔵馬は、綺麗な翠の瞳を伏せた。
声は酷く弱かった。


いつか思った事を、飛影は今日も繰り返す。

―本当に…妖狐というよりは、臆病な小さい狐だな―…


飛影は愛おしそうに目を細めた。
飛影のそんな珍しい表情を、目を伏せている蔵馬は見られずにいる。


「…三つ。」


飛影が続ける。

蔵馬は俯いたまま…。
傷付いた飛影を抱き締める己…という恐ろしい映像に、心を引き裂かれながら。



「まぁ…分かってはいたが。お前が自身をコントロール出来ない程、俺を欲している事がよーーーく分かった。それが俺にとっては吉報だ。」


普段無口な飛影が、蔵馬の為に言葉を紡ぐ。
“よーーーく”の辺りから、まるで蔵馬をからかう様な声色で。


それを聞いた蔵馬の瞳が飛影に戻る。

睨みを加え、少し顔を紅らめて。


「…そんな簡単な…っ」

「簡単な事だろう。お前が暴れたら俺が止めるだけだ。」


“そんな簡単な事じゃないんです”と抗議したかったが、またしても饒舌な飛影に遮られ…
黙りかけて…それでも意を決した様に蔵馬は言った。


「…こん…なオレを…嫌にはならないんですか…?」


女々しい事を口にしている事は分かっていた。
だが、聞かずにはいられなかった。


何を馬鹿な事を―…

溜め息をつきかけて、飛影はそれを飲み込んだ。
これ以上蔵馬を追い詰めない為に…


「答えは否…だ、蔵馬。お前がおかしくなる原因が俺ならば、こんなにめでたい事は無い。」


この賢い綺麗な元妖狐―…
人の姿に成っても尚、それを失わずに生きている…
そんな蔵馬が飛影の事となるとバランスを崩す。
こんな光栄な事は無いと、飛影は思う。

もちろんそこまで伝えてやるのは癪だから、そこまではしないが。



「…っ」

「そうだな…お前の言い方を借りるなら…“蔵馬、そんなに俺の事が好きなんですね…?”か…」

飛影は口の端を持ち上げながら、蔵馬の言い方を真似た。

「…飛影!!」


蔵馬は紅くなった顔を隠す様に片手で覆い、抗議の意を込めて飛影の名を呼んだ。


「そもそも夢の中に俺が巻き込まれた時点で二人の話だろう…?一人でゴチャゴチャと悩むんじゃない。」


飛影の口から“二人”という単語を聞いて、蔵馬は胸元のシャツを掴んだ。
己の高鳴る鼓動を感じる為に…


こんな事―…飛影が言うなんて…


困った様な嬉しい様な複雑な表情を蔵馬は見せた。

あの夢を見る原因こそ解決出来ていないものの、固く黒い不安に飛影の言葉が降り注ぎ、少しずつ溶かされていくのを蔵馬は感じていた。


その様子を感じ取ったのか、飛影がフッと笑う。


「お前の心が完全に俺のモノだと言う事は解った。後は…」


トサッ―


蔵馬の起こしていた上半身を、飛影が優しくベッドに寝かす。


「…飛影?」


飛影は蔵馬の首筋に線を描く様に、長く綺麗な指を辿らせながら言葉を続けた。


「…お前の身体を貰う。」


紅の瞳と翠の瞳が至近距離で互いを映していた―…



(Wへ続く…)




★あとがき★
蔵馬さん、夢を覗かれてしまいました。
飛影さん、強引ですねー♪
蔵馬の為になると疑わず、またそれが間違いではなくて、強引に蔵馬を導く飛影…
いいと思います!(自画自賛;汗)

お読み下さって有難うございました^^


(4/12追記)
この話はWへ続きますが、Wでは少し大人な感じになるかも知れません;汗
なので苦手な方はスルーして下さいね。


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