物語【暗黒武術会編】
熱情[後編]
―――暖かい―…
あ…そうか…飛影だ…
これは…飛影の妖気だ…
「…飛影…、居てくれたんですね…」
目を開けるのが何故か躊躇われて、目を閉じたまま話し掛けた。
「…フン。」
「オレ…どれ位…?」
「さぁ、一時間位か?思ったより早かったな。」
「…そう…ですか…。」
そっけない、けれど優しく飛影の声が響く。
どうやらオレは飛影の腿を枕代わりに、横になっているらしい。
飛影の足に散らばってるだろうオレの髪が、触られている感覚がある。
それはとても優しく感じられて―…
あぁ…幸せだな…
この時間がずっと続けば良いのに―…
夢現にそう思って、はたと気付いた。
馬鹿だ―…
この時間が続く訳が無い―。
云い掛けてしまったオレの気持ちを誤魔化して、笑って“有難う”と言うんだ。
“お陰で身体が楽になった”と。
“これからも強く…幸せに生きて”と…
「おい、それより…。」
未だに目を閉じて飛影の腿を借りているオレの頭をトントンと軽く指先で叩きながら、飛影が言った。
「コレはお前が得意の風華円舞陣とやらか?似ている様で違う気もするが…。」
「――!!」
忘れていた!
オレが思い掛けず意識を失った時の為に仕掛けておいたのだ。
オレに近付く者、触れようとする者を切り刻む為に―…
もちろんオレに妖気が残っていればの話だが。
飛影に傷を負わせた―?!
慌てて飛び起きる。
「飛影っ!怪我は?!」
飛影がキョトンとして言う。
「…怪我?コイツ等にか?俺とお前の周りを囲んでるだけだが―?」
「う…そ……」
仕掛けておいたのは、紛れも無く風華円舞陣…
容赦無くオレ以外を切り刻む。
仲間であっても…だ。
オレ以外、全てを―…
くるくると、花弁が飛影とオレの周りを舞っていた…。
花が…飛影の事を認めた…?
オレの想いを汲み取って…?
そんな事って―…
「蔵馬?」
驚いた顔をして固まっているオレを見て、飛影が怪訝そうな顔をする。
そんな飛影を余所に、心から思ってしまった。
なんて…綺麗なんだろう…
花の中に居る飛影は…
そして、今度はハッキリ分かった。
自分の涙が流れる感覚が―…
「また泣くか。妖狐を知る者が見たら驚くな。」
小さく笑いながら呆れた様に言って、スッと涙を拭う…
優しいな、この人は―…
オレは誤魔化して生きていけるのだろうか―…
花でさえ認めたオレの想いを、無かった事にして生きる―…?
でも―…
「…飛影―…。貴方が望む様に強く…そしていつまでも無事で居て下さい…。貴方は…オレの大切な仲間…だから―…。」
例え貴方の側に居る事が叶わなくとも…そうだな…
それでいい―…
貴方が無事居てくれさえすれば―…
それでいいんだ―…
「…ククッ」
何とも可笑しいと言った感じで飛影が笑う。
「…っ!飛影!オレは真面目な話を―」
「…蔵馬。違うだろ…?」
笑うのを止めて、強い視線で問う。
「違ってなんか…」
「蔵馬。」
「…っ」
「ふぅ。嘘を吐くならもっと顔を作れ、基本だろうが。妖狐の名が聞いて呆れるな。」
何もかも、見透かした様な視線、台詞。
オレが本当の事を云ったら、貴方は困るだけじゃないか…。
「…貴方は…オレにとって、特別な…人です…飛影……でも―…」
そう…本当に特別な人だ。
だからこそ、だからこそ…だ…。
「まぁいい。お前にしてはよく言った方だな…。」
「…え?」
飛影がオレの手を取る。
そしてそれを持ち上げ、木の幹に押さえ付けた。
「蔵馬。これ位の力なら、怪我をしていても振り解けるな…?」
「…?どういう事―…?」
「お前は狡賢い狐だ。自分が逃げ出す為の言い訳を作れる様に用意周到だ。だから、お前が選べ。意味が解るな…?蔵馬。」
「…っ」
解る。
飛影はオレを試そうとしている。
わざと弱い力で手を押さえ、オレが拒める様にしている。
逃げるなら、今逃げろと―…
オレが逃げないという事、それは無言でオレの想いを伝えてしまうという事―…
オレが狡賢い…?
飛影、貴方の方が余程―…
「目を閉じるなよ…」
「飛…」
それはそれはゆっくりと、飛影の顔が近付いてくる。
優しく押さえられた手が熱い。
身体も顔も、熱い―…
この熱を振り払う事なんて、オレに出来る訳が無い…。
ずっと貴方に焦がれていたんだ―…
ずっと―…
一つの決心を胸に、顔を少しだけ飛影に近付けた。
少し驚いた様に紅い瞳が見開いた気がしたけれど、お互いの顔が近過ぎて、ハッキリとは分からなかった。
飛影がオレの口を塞いだ時も、もう何も分からなくなっていた。
唯、言われた通り、閉じそうになった目を我慢して開けたまま見えたのは、綺麗な紅―…
光の様にぼやけて見えた貴方の瞳―…
「…んっ」
飛影の熱に翻弄されて、優しく押さえ付けられていた手をいつの間にか振り解いて…
オレは飛影にしがみついていた―…
自分の息が上がっている。
喉が鳴って、声が洩れる。
「飛…影っ。愛して…います…心からっ…」
飛影の唇が離れた瞬間に、叫ぶ様に云っていた―…
「あぁ…知っている…」
優しく抱き締められて、オレは今日、三度目の涙を零した―…
どれ位、こうして居たんだろう。
何も考えられないまま、飛影の体温だけを感じていた。
それは本当に幸せで―…
ふと、視界の片隅に舞う花弁を見付けた。
「あ…」
「…何だ?」
「花を…仕舞うのを忘れていました。」
くるくると舞い続ける花弁―…
未だにオレ達を囲んでいる。
「このままでいい―…。お前を守らせておけ。」
「…クスッ」
「何だ。」
「いえ…そうですね…。」
飛影の思い掛けない言葉に、思わず笑ってしまった。
違うよ、飛影―…
この子達はオレだけじゃ無く、貴方の事も守ってるんだ―…
オレも…貴方を守れる存在で在りたい。
ずっと…側に―…
でも…
貴方の人生はこれからだから…
老いぼれ狐が必要じゃ無くなった時には、貴方の前から消えるから―…
音も無く消えてみせるから―…
それまで…
少しでいい。
側に居させて下さい…
飛影…
貴方の熱を感じながら、貴方の服を掴む手に力を込めた。
花はもう少しだけ、舞わせておこう―…
仕舞ってしまったら、この時間が幻の様に消えてしまう気がして―…
《END》
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