物語【暗黒武術会編】
熱情[前編]
終わった―…
それぞれが死闘を繰り広げた暗黒武術会。
オレは…生きている。
幽助達と別れ、決勝戦前に飛影と話した杉の木の前に座り込んだ。
“生きろ”と言ってくれたこの場所―…
オレは生きて、今、貴方を想っている。
崩れ落ち、それでも燻り続けているドームを遠目に見ながら…
〜熱情〜
彼も…飛影も…生きている。
それがこんなにも嬉しい―…
本当に良かった―…
オレも生きているよ、飛影―…
貴方が言ってくれた通り…
木々達が不自然にさわさわと揺れ始めた。
それは彼が近付いてきた事を教えてくれた。
大会中に格段にレベルを上げた炎の妖気と共に、こちらに近付いて来る。
自然と、いや、不自然か?
鼓動が早くなる。
彼にバレなければ良いと思いながら、オレは声を掛けた。
「飛影。」
「何をしている。まだ血だらけの格好のままか。」
「ちょっと、考え事を…ね。」
横に立つ飛影を見上げた。
トクン―…
時間が…止まった様な気がした。
見上げた飛影の肩越しに、数が少ないながらも瞬いて主張する星達より、飛影の強く紅い瞳に感覚全てが捕われる。
飛影の…姿を見て、顔を見て、想いが溢れ出しそうになる―…
「飛影…貴方が……生きて…いて、本当に良かった―…」
飛影が少し驚いた様な表情を見せた。
オレと飛影の間に、弱い風が流れた。
「何て顔をしやがる―…」
「…えっ?」
飛影の台詞で我に返る。
オレは今何を言った?
顔?
オレは今どんな顔をして…?
ふと頬がひやりとする感覚があった。
「何を…泣く事がある?」
―!
オレ、泣いて…る…?
まさか…
「…違っ…これ…は…」
慌てて頬に伝った涙を拭う。
けれど何の言い訳も出てこない。
「本当に…馬鹿な奴だ…」
「これ…は…泣いている訳じゃ……あっ…」
――本当に時間が止まった――
何が…起こった…の…?
オレは飛影に抱き締められていた―…
予想もしていなかった事で、頭が働かない。
身体も動かない。
「蔵馬。…もういい…。もう分かったから身体の力を抜け。」
飛影の優しい声が耳元に響く。
飛影の腕が、全てが暖かい―…
もう…自分の気持ちを止められなかった―
「飛…影っ。貴方が…生きていて…良かっ…」
「…ああ。」
「貴方にっ…何かあったら…オレは…っ」
「…ああ。」
「…飛…影……飛影っ…」
「…蔵馬。」
「…うっ…」
認める訳にはいかなかった。
認めて、もしバレてしまえば必ず貴方の足を引っ張る事になる。
でも認めざるを得ない位に、貴方の事を想っていたんだ。
貴方の事を、本当に―…
「…言いたい事はそれだけか?」
「…っ」
飛影が少し身体を離してオレに問う。
紅い瞳がオレの瞳を覗き込む。
云えない―…
これ以上は―…
「まぁいい。その話の前に俺もお前に言いたい事とやるべき事がある。」
「…?」
少し飛影の目付きが厳しくなった。
「あの闘い方は何だ、蔵馬?あれは捨て身の戦法だな…?」
「そ…うです。命と引き換えでないと魔界の吸血植物は呼べな…」
「妖狐の力が戻りつつあったから良かったものを―!でなければお前は今此処には居ない!」
飛影の声が大きくなった。
自然と身体が強張る。
「…俺は生きろと言った筈だ、蔵馬。」
「…!」
「身体に無様な傷を幾つも付けたまま、ろくに治療もせずにこんな所で惚けていやがって…」
「…す…みません…。」
「お前は昨日俺が言った事を聞いてなかったのか。」
「違っ…そんな事は…」
「…チッ。お前の闘い方と言い訳には本当に腹が立つ―…」
「―!」
飛影がオレを強く抱き締め直した。
炎の妖気がゆらゆらと見える。
熱い…!
「飛…影…っ。何…して……熱…い…っ」
「…我慢しろ。加減はせん。俺の言う事を守れなかった罰としてな。」
「…な…ん……ああぁっ」
熱さに耐え切れず、悲鳴に似た声が出た。
幾つもの傷口に熱い飛影の妖気が染み込んでくる―…
「…いい声で鳴くな、蔵馬?」
笑いを含んだ様な言い方で、飛影が言う。
汗と血が混じり、一つとなって首筋を流れた。
身体は飛影に強く抱き締められたまま、動く事が出来ない。
「…んんっ」
飛影がオレの首筋の雫を舐めた。
飛影の舌の感触に、思わず声が洩れる。
「…まるでお前を犯ってるみたいだな…?蔵馬…」
ククッと笑いながら耳元で囁かれ、身体に痺れる様な感覚が走った。
それとは反面、意識が霞んでゆく…
イヤだ―…
このまま意識を手放して、目覚めた時に飛影がもう居なかったら…?
飛影の肩口の衣服を掴む。
「イヤ…だ…飛影…行かな…いで…下さ…」
「…。」
「…飛…影……」
飛影の衣服を強く掴み直した。
霞む意識の中で、ハッキリと分かるのは、飛影に此処に居て欲しいという事―…
それだけだった。
「蔵馬。少し眠れ。此処に居てやる―…。」
本当ですか―?
そう言いたかったけれど、言えずにオレは意識を手放した―…
(後編へ…)
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