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君に祝福を。












夕方からのほんの僅かな時間を使い、友人達に祝われた誕生日も夜になればそれは恋人との甘い逢瀬に成り代わる。
二人だけの時間を満喫する、それは貴重な時間に……。




















友人達が帰宅した部屋はとても静かだった。
片付けはもう明日にしようと決めて、一応気に掛かるとこだけはと片付けを簡単に済ませた二人は、今ソファーに身を任せてゆったりとしていた。



(久し振りに疲れた気がする……けれど、楽しかったな)



これまで、少人数でしか祝って貰った経験がなかった誕生日。
いつも忙しかった兄や歩に興味のない親ではそれを望む方がお門違いで、だからこそ今日の誕生日は特別だったのだ。
歩を歩として認めてくれた、人間からの祝福は。
それを思えば、多少の疲れも許せてしまうから不思議だった。



(しかし……何やら、一杯貰ってしまったよな)



押しかけてきた友人達に半ば押しつけられるように貰ったプレゼントは、歩が呆気にとられてしまうくらい用意されていた。
何か一人一つだけを選べばいいものを、皆で寄ってたかって競うように選んだのではないか?と歩が疑うほどに。
何が欲しいか分からなかったから、適当に皆で選んでたらこうなったと言われた時。
流石に何事にも限度があるだろう……と、ゲンナリしたのは内緒だ。
そういうわけで気がつけば、歩の腕の中はプレゼントで一杯だった。



「………」



それを今一つ一つ開封して、誰が何を贈ってくれたのかを確かめていく。
プレゼントに添えられているメッセージは、お誕生日おめでとうの言葉と贈り主からの一言。
それぞれ誰もが何らかの笑える一言をメッセージに託していて、目を通していく歩をクスリと笑わせた。
それはたった一言の言葉だったが、人となりを表すその言葉にどうしても笑わずにはおれなかったのだ。
とても、彼等らしい言葉は胸を暖かくしてくれるもので。

中には、ちょっとこれは……?と、歩が頭を捻るプレゼントもあるにはあったが、それもこの日だから愛嬌だろう。
これも、きっと彼等なりの祝福の仕方なのだろうから。



(そういえば……)



と、歩はテーブルに置いていた一つの小さな箱に目をやる。
肝心のラザフォードからはといえば、歩は小さな箱を手渡されていた。

皆からのプレゼントを一旦横に置くと、大事そうにその包みを掌に納めて蓋を開いていく。
その中から出てきたのは、小振りの石がついたピアスだった。



(……これは、サファイアか?)



それを掌に転がしては、指で摘んで光に透かしてみる。
高価な値打ちの石が装飾されているピアスは、キラリと光を弾いて輝いていた。



「どうやら気に入ってくれたようだな……アユム」



そんな歩の姿を向かい側から眺めていたラザフォードは、満足そうに微笑んでいた。
自分でも良いモノを歩にプレゼント出来たと思っているのだろうか。
そんなラザフォードがおかしくて、歩は小さく笑ってピアスを掌に握り締めた。



「……気に入らないわけないだろ?」



正直、歩はそれが安物だろうがどんなに高価なモノだろうが、何を貰ったって同じように気に入っただろう自分がいることを理解している。
何を貰うかでなく誰に貰うかで、プレゼントの質は大きく左右されるのだから。
それが分からぬラザフォードではないだろうが、やはりプレゼントには気合いを入れたがるところを見ると、ラザフォードも異国の人間なのだなと歩は思う。
そんなところに、イギリスの血を感じてしまうのは歩だけだろうか。



「つけてやるから、それを寄越せ」



真向かいのソファーから、歩の隣りに移動してきたラザフォードが横に腰を下ろした。
二人分の重みでソファーが軋んだ音に、耳がざわめく。
それに気を取られていた歩は、ラザフォードの返答に一拍遅れてしまった。



「……あ?ああ」



つけてやるからというラザフォードの掌にピアスを渡して、今着けているピアスを歩が取ろうとする。
だが、そのままでいいとラザフォードに手で制され歩は戸惑った。

一体、ラザフォードは何をする気なのだろうか?



「……ラザフォード?」
「しっ、静かに」



呼び掛けても静かに笑っているラザフォードが、歩の顔に近付いてくる。
段々と近付いたその唇が耳に触れ、ラザフォードの吐息が耳を穿った。



「なに、を……?」



何をしているんだ、ラザフォード?

そう言おうとした言葉は発せずに終わった。
ラザフォードの左手が歩の襟足を掴み、顔を上へ向かせたからだ。
若干、顎をのけ反る形となった歩は、ラザフォードと視線が間近でぶつかり目を見張って驚いてしまった。



(……ピアスを、着けてくれるんじゃなかったのか?)



今の体勢に疑問を感じて、歩が距離を置こうとラザフォードの胸に手をやり突っ張ろうとした。

その時――。

ラザフォードがピアスの後ろの止め金部分に右手を添えて、そして、石の部分には歯を立ててきたではないか。
何を……と歩が疑う間もなく、ラザフォードがクイッと顎を手前に引く動作をしてみせた。
そう歩が思った、それは一瞬の内の出来事。
ラザフォードの唇に食まれていたピアスが、見事歩の耳朶からす…っと音もなく離なされていた。
今までピアスをしていた箇所に、突如として違和感が押し寄せてくる。
だが、そう歩が思ったのも束の間、新たなピアスを耳朶に着けられていた。



「……ラザフォード……もっとこう……何というか……普通に出来なかった、のか?」



まだ慣れぬ新しいピアスの感触を指で確かめながら、唇に咥えていたピアスを掌に落とすラザフォードに呆れ混じりに歩が言うと、自分が贈ったピアスを着けている耳朶に唇を寄せてきたラザフォードはクスリと笑った。



「アユムにしかしないさ」
「………」



確かに誰彼構わずされたら困るが、それとこれとは意味が違うだろう……。
我知らずには入っていた肩の力を抜き、ラザフォードの肩に身体を預ける。
甘えるように身を寄せると、ピアスごとラザフォードが耳朶を舐め上げてきた。
歩は慌てて飛び起きる。



「ラザフォードっ」
「アユムは、知っているか?」
「何が、だ?」



サファイアのピアスを身に着けた歩の耳朶を、ラザフォードは指で弄ぶ。
それが、くすぐったくてそれから逃げようと歩が身を引いたら、逃げるのは許さないとばかりにラザフォードは歩の腕を掴んでソファーに縫い付けられてしまった。
逃げられないと悟った歩は、仕方なく大人しくなるしかなく。
そんな歩の気持ちなど知らず、ラザフォードは親指の腹で擦るように何度も耳朶をなぞり、光に弾く石を眩しそうに見つめていた。



「サファイアの石は、貞淑と誠実の意味を持つ石なんだそうだ。何処かの国の王様が、美しすぎる后に贈った石がサファイアで、不貞を働くと青から紫へと色が変色するらしい……だから、アユムも気をつけるんだな」



それは、サファイアに纏わるお話。
美しい后に王様はとても心配した。
いつか誰かに奪われてしまうのではないかと。
だから、誰にも奪われたくなくて王様は后にサファイアを贈ったのだ。
后を誰よりも愛していたから。



「……それで、プレゼントがサファイアのピアスなのか?もしかして」
「ああ、」
「……呆れた」



まさか、誕生日プレゼントに浮気防止だといって恋人からサファイアのピアスを贈られようとは思ってもみなくて。
だが、それもラザフォードの可愛らしい自己主張だと思えば、歩には何も言えるはずがなかった。
ただ一つだけ言わせて貰うと、その王様と自分達を照らし合わせて考えたラザフォードの思考が歩には分からない。
美しすぎるとかの単語は自分には似つかわしくないと思うのだが……それはラザフォードの欲目ではないだろうか。
それでも。



「サンキュー。大事にする」



耳朶を飾るサファイアに触れ、微笑む。
それに一つ頷いて寄越したラザフォードは歩の背を抱き寄せた。
そして、今日の朝から一体何度繰り返し歩が聞かされた分からない言葉を、またラザフォードは囁いたのだった。

歩の耳朶に唇を寄せて。




















たった一人の君へ、誕生日おめでとう。










END

期間限定でトップにUPしていたのを再UPしました(笑)

べ、別に何もUPするのがなかったからじゃないんだからねっ!!←



あきゅろす。
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