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隻眼狼
Rompiscatole-U
ゆっくりと目を開ける。
カーテンのような立派な仕切りが無い窓から陽射しが入り込んで、眩しい。
目を眇めながら起き上がる。ソファの前の低いテーブルの上にはグロシュラの瓶とグラスが二つ。テーブルの向こう側で床に丸まっている男。確かギラード・ダイクと名乗ったか。
「…………」
アーサーは立ち上がり、ギラードを蹴る。だが、起きる様子は無い。
ギラードの襟首を掴み、ずるずると引き摺って扉の外に放り出した。ソファに座り直し、グロシュラの瓶に直接口を付ける。
そして、何故ギラードが床に転がっていたのかを思い出そうとした。













「まだ死にたくないです」
「なら、さっさと出て行った方が賢明だと思うが?」
「君は元ミレヴェ軍だろう?助けてもらったら酒を共にするのが決まりじゃなかった?」
「とっくの昔に軍隊とは縁を切ってんだ。決まりなんか今の俺には関係ねぇ」
「そう言われると、確かにって言いたくなるなぁ。用意してあげたんだから、一杯くらいは付き合ってくれても良いだろう?」
ちゃーんとグラスも持って来たんだぞ。
瓶と同様にくたびれた革鞄から布で包んだグラスを二つ引っ張り出す。自分とアーサーの前にそれぞれ置く。
「さ、注いだ注いだ。君が注がないのなら僕が注ぐよ」
返答する間もなく、ギラードに瓶を引ったくられた。
二つのグラスに注がれる夕日のような橙。窓から入り込む月明かりを反射して、テーブルに薄く色を映す。
「戦神カリエールとレヴォンに」
ギラードはグラスを掲げて言った。
「……戦神カリエールに」
渋々といった感じにグラスを持ちはしたが掲げることはしなかった。
「あれ、レヴォンには?」
「別にこの街に思い入れはねぇ。女神様だけで充分だろ」
ぐいっと仰ぐ。瓶を取り、なみなみと注いだ。
「我らが戦神カリエールの恩恵に」
今度はグラスを掲げて言う。
「戦いの女神が与える恩恵って何だい?」
「インフォルマトーレのくせに知らねぇのか」
「軍人じゃないし、生まれはレヴォンじゃないからね。この街には来たばかりなんだよ」
「じゃあ、この街に住むのならカリエールについて知っておくべき事だけ、この俺が親切に教えてやる」
















あぁそうだと思い出す。
瓶の中身が半分程になった辺りでギラードは戦線離脱して、暫く一人で飲んでいた。いつの間にか自分も寝てしまっていたようだ。
今日は何かあっただろうか。昨夜のヤツらがどうなったか少々気になるところだが、再び会うことが無い限りは自分には関係無い。
「予定は無し、だな」
暇潰しなど眠るか酒を飲むくらいしかない。まぁもう一回寝ちまっても良いが。
つぃ、と窓の外を見る。ソファから立ち上がり、少し身を乗り出して下を見た。衛兵が何人も歩いている。
アーサーは眉間に眉を寄せた。ソファに座り、天井を見上げる。
不味い事になった。何故衛兵が貧民街に来ている?来る事など今まで無かったのに。昨日の阿呆共が俺の居場所を知っているはずがないし。
「………、ペルセグイトーレか」
先程、扉の向こうに放り出した奴を思い出す。
ばんっ、と勢いよく扉を開けると未だに寝ているギラード。胸倉を掴み、がたがたと揺さぶって起こす。
「おいペルセグイトーレ!衛兵に知らせやがったのか!」
「えっ…!?ちょっ、何のことだい…!」
時々後頭部が壁にぶつかってギラードは若干、涙目になっている。
「衛兵が彷徨いてやがる。俺が此処に居ることは知られねぇようにしているのに衛兵が居る理由を説明出来るか!?」
「で、出来ないよ知らないんだからっ!それと、ペルセグイトーレじゃないってば!」
眉間に眉を寄せたままギラードから手を離し、部屋に戻る。
数分の間をおいてアーサーは出てきた。手には小さな鞄を一つ。ギラードの横を過ぎてそのまま階段を降りていく。
アーサーの部屋からギラードも外を見た。
「げっ…本当に衛兵が居る」
慌てて同じように階段を降りていく。アーサーは平均的な速度で降りていたようですぐに追いついた。入り口から少しだけ顔を覗かせて、衛兵の位置を改めて確認している。鞄を肩に担ぎ、ゆっくりと足を踏み出した。
数人の衛兵と擦れ違う。まだ気付かれてはいないが、いつ記憶と符合されるか判らない。緊張からがちがちになりながらアーサーの後を、少しの距離を開けて行くギラード。自身もアーサー同様、お尋ね者である。インフォルマトーレなんてことをしている故、ガセネタを掴まされて、知らずそれをそのまま渡してしまったこともあり厄介事に巻き込まれて政府に顔も名前も知られてしまっているのである。
不自然にならないように心掛けながら歩いていく。掌に汗を握る。息が詰まりそうだ。
先を行くアーサーは後ろ姿で判断は難しいが、堂々と歩いているように見える。
「何でかなー…」
思わず口にした呟き。
自分よりも随分前からお尋ね者のアーサーにとっては、緊張することなんて無いのだろう。今まで居場所を掴ませなかったくらいだ。街中に紛れて、下手すれば真横をギリギリに通ったとしても気付かれない自信があるかもしれない。変装してもいないのにそんなことが出来るかどうかは知らないが。
ギラードは深呼吸をしてまっすぐ前を向いた。
まずはアーサーのように堂々と。これから買い物にでも行くかのように装って。
そういえば、昨日の夜はちゃんとしたものを食っていないなぁとか思ってみる。グロシュラのみで胃を満たしたのが不味かったか、朝から気分が思わしくない。ぐらぐらするというか何というか。
今すぐにでも此処で何かを吐き出せそうな感じだ。うぅー、と唸りたい。








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あきゅろす。
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