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隻眼狼
Rompiscatole




荒波に小舟が揺られる。
大きな雨粒が頬を打ち付けてくる。
ただ一人、小舟に横たわり、宵闇の中で美しくも残酷なスファレの哀しき歌声を聞いている。





全てが流れ去り、消えてなくなってしまえば良いのにと。




















「何の話だ」




「知らないとは言わせない。君がどれだけのことをしたかは――――――」
男の言葉を遮るようにして、窓が砕ける。目を向ければそこには見たことのある顔が居た。
「噂通り、仕事が早いな隻眼狼。フィオレンツォを片付けてりゃ満点だったんだが」
早く来過ぎちまったか?
頬に傷のある男。アーサーの中で記憶と重なる。今回の仕事を持って来た男だ。確か、仇討ちだったか。
「心配しなくても、コイツの首はちゃんとアンタのところに持って行ってやるよ」
「その必要は無い、隻眼狼」
言いながら窓の桟に足を掛けて入ってくる。アーサーに向けられていた銃の半分が頬傷の男に向いた。
「知っているか?隻眼狼。政府は生死問わずにお前を捜しまくってる。政府に引き渡せば、どれだけの礼が貰えるか」
「俺の知り合いにお役人様は居ねぇから知らねぇよ」
「まぁ良い、これから死ぬ奴に話したって何にもならないしな。とにかく、二人纏めて片付ければ一石二鳥だ!」
窓を挟んだ左右の壁から銃弾が大量に飛んできた。穴だらけの壁の向こうに連射銃を構えている人間が見える。
「めんどくせぇなぁ…」
ゆっくりと身体を後ろに倒していく。目の前、鼻先、前髪を掠めそうなくらいの近距離を複数の銃弾が通り抜けていった。
床に背中が着き、自分に銃を向けていた黒服達に銃弾が撃ち込まれていくのを見る。反撃で撃ち返しているが、穴だらけの壁が一応の盾になっていて意味が無い。
アーサーは窓際に立つ頬傷の男に向けて撃った。
立ち上がる。
「あばよ!阿呆共!」
撃った銃弾が肩に当たった頬傷の男の顔面に膝蹴りを与え、窓から庭に転がり出た。そのまま塀に走る。壁を少し駆け上がり、縁に手を引っ掛けて身体を持ち上げる。向こう側へ転がり落ちた。
着地し、素早く周囲を見る。近くで衛兵の警笛が鳴ったのが聞こえた。どの道からも複数の足音が近付いてくる。衛兵と接触しない限り、此処から離れることは出来ないようだ。
塀の向こう側ではまだ銃声が続いている。
「しょうがねぇな」
数歩歩き出し、ホルスターに銃を仕舞って両手の関節を鳴らす。どっからでもかかってきやがれ。
そう意気込んだ時だ。口元を塞がれ、引きずられる。
俺としたことが、気配に気付けなかった。肘うちを喰らわそうとした時。
「静かに…!君を此処から逃がしてやる」
また面倒事に、巻き込まれそうな気がした。












――――――






ばたばたと駆け回る足音が段々と遠退いていく。居なくなったのを確認してから、ソイツの顔を見た。
「アンタ、此処で何してやがる」
「いやぁ…職業柄、必然というか何というか……今夜の事を聞きつけて事実とその後の経過を見ようと思ってて」
男は答える。隙間から入り込む月明かりで焦げ茶色の癖っ毛に、翠の双眸が見える。酒場でちょくちょくアーサーに話しかけてくる男だった。
「銃声の音と君が屋敷から飛び出してくるのが見えてね。衛兵も見えて、数的にキツそうだったから手助けしちゃった」
そう言って、男は立ち上がる。がこっ、と天井が持ち上がって月明かりが入る。
二人が入り込んだのは路地の屑入れで、衛兵が居なくなるまでの間、アーサーは異臭に顔をしかめっぱなしだった。
「この中以外に無かったのか?」
「助かるために贅沢は言っちゃ駄目だぞ、アーサー」
「…ちっ」
アーサーも立ち上がり、屑入れから出る。
「そう言えば、たまに話すのに名乗ったこと無かったね。僕の名前はギラード。ギラード・ダイク。インフォルマトーレ(情報屋)だ」
インフォルマトーレという言葉で先程の職業柄の説明に合点がいった。
「あぁ…、どうりで話す時に内容が詳しい訳だ」
言い、歩き出す。
「何処に行くんだい?」
「帰る。今夜はもう用無しなんだよ」





















「さっきから気になる事がある」
「何だい?」









「何故俺の部屋に貴様が平然と座っているのかだ!」
「ちゃんとお邪魔しますって言ってから中に入ったぞ?」
「そういう問題じゃねぇ!さっさと出ていけ!」
許可した覚えはねぇ!
「命の恩人に礼も無しにさよならかい?」
「助けろと言った覚えはねぇし、衛兵くらい一人でどうにでも出来た」
「一緒に隠れて居なくなるの待ってた癖にー」
「……撃ち殺されてぇんなら最初からそう言え」
かちり、と銃をギラードの額に向ける。
「わーわーっ!!待って待って…!ごめんなさい!こ、これを君にどうかと思って…!」
ギラードは肩に引っ掛けていたくたびれた黒い革鞄から瓶を取り出した。
「…………」
「『グロシュラ』。夕日のような橙色で、高アルコール。口にすれば、神も賛美するであろう果実の仄かに甘い香りが口内に溶け込む。昔、街に来てはこれを飲んでいたんだってね。でも今ではもうこれを飲むことは出来ない。唯一、仕入れていたヴァザーリ氏は何者かに殺されてしまったから。新しい経営者は仕入れないし」
とてもご無沙汰だよね?
ギラードはグロシュラの瓶をアーサーの方へ腕を伸ばして持っていく。
アーサーはギラードと瓶を交互に見た。
「別に爆発したりしないさ」
ほら、と押し付けられた。
「理由は無い。単なる善意だ。一日に複数もの依頼をこなす君には、息抜きが必要だろう?」
僕の情報網では息抜き出来ていないはず!
「……ペルセグイトーレ(追跡者/ス ト ー カ ー)か、アンタ」
「なっ…!違うよっ!僕はインフォルマトーレ!他と違って下らない事や些細な事も収集するんだ!だから正確さは一番だよ!」
「まぁ…くれるってんなら、別に断る理由はねぇが。単なる善意で馬鹿でかい金を出して寄越すっていうのは納得いかねぇ」
「僕はお人好しなんだ」
「出ていけ。そういう奴が嫌いだ」
「えぇー」
「窓から投げ落としてやる」
「まだ死にたくないです」






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あきゅろす。
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