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隻眼狼
Assalto












「えー、それってスリルがあるように思えないわ」
ずいっと身を乗り出し、不満げな表情でルチアは言った。
「あるさ。門番を如何に騙せるか。例えば、注意を引きつけてくれりゃあ、俺は門番に見つからずに中に入れるだろ?そこであんたの腕が試されるわけだ。上手く引っかかって、門から目を離してあんたに集中すれば大成功」
身を乗り出していたルチアの顎をくいっ、と上げて顔を近付ける。
「その顔を使えば一ころじゃねぇの?」
「あら、それって私のことを綺麗って言ってくれているのよね?」
満面の笑みを浮かべて言うと、ひょいと乗り出していた身を引き、頬に手をあてがう。
「どうしようかしら、アーサーに口説かれちゃったわ」
きゃー、とわざとらしく言うと、アルトゥーロがにやにやと笑みを浮かべて悪乗りした。
「おーおー、見せ付けるねぇ隻眼君」
「おっさん、やっぱりいらねぇ。囮に使うのも馬鹿らしい。此処で死ね」
完璧に不機嫌な表情でアルトゥーロの胸倉を掴み、拳を振り上げる。それを、慌てて立ち上がったギラードがアーサーの振り上げた腕を掴んで止めに入った。
「アーサー、落ち着けっ」
「おっ、頑張れ情報屋君!俺を助けてくれ!」
「貴方は呑気過ぎです」
「離せインフォルマトーレ。お前も殴られてぇのか?」
「勿論、そんなことはお断りだよ!だけど、君を止めないと彼が目の前でボコボコにされるんだろう?それは見てられないからね」
「見てられねぇなら、そっぽ向くか部屋を出て行きゃあ良い。お前に聞きたいことも聞いたし、止めるんなら、このおっさんと一緒にヘリオドール海に沈めてやっても良いんだぜ?」
「そんなひょろい兄ちゃんより別嬪さんと一緒に沈められてぇよ、隻眼君」
俺にそっちの趣味はねぇんだ。
「そういう問題じゃないでしょう!」
三人のやり取りをくすくすと笑いながらルチアが眺めていると、不意に部屋の扉がノックされた。
「あら、こんな天気に誰かしら」
ソファから立ち上がり、訪問者を確認すべく扉に近付いていくと、ノックされてから一気に大人しくなっていたアーサーが呼び止めた。そして、ギラードの手を振り払い、ソファの背もたれを飛び越えて扉の正面に立つ。
もう一度、扉がノックされた。
「頼んでおいたもの、ある程度は用意出来ているか?」
「え?まぁ、半分は用意出来ているわよ」
「いつもだったら場所指定して持ってきてもらうところだが、今回はそんな余裕はねぇらしい。今すぐ必要だ。何処に保管してある」
「シェーン通りの私専用の倉庫よ」
「さっきのライフルは?」
「此処よ」
台所の方から持ってくる。
「よし、それを持って案内しろ」
使うなよ。
ホルスターから銃を出し、目の前の扉を蹴り破ると、廊下に向かってすぐさま何発か撃ち込み、部屋を出て行く。
階下へ向かう先には白い外套。
「何処かに新しく住む場所を見つけた方が良さそうだぜ?コイツらに場所が知られちゃあ、まともに暮らせねぇ」
「もう……面倒なことに巻き込んでくれたわね」
「スリルが欲しいって言っていただろ」






















「取り敢えず一緒に出て来ちまったが、よくもまぁ一人でこの数を蹴散らしたもんだ」
肩怪我してんのにな。
「敵陣に一人で突っ込んで行くような人ですからね」
周囲に視線を回すアルトゥーロの呟きにギラードが応える。
二人の前ではアーサーが一人を地面に叩きつけているところだった。
全員、雨でびしょ濡れの状態でルチアの所有する倉庫に向かうことになったわけだが、その途中も白い外套を羽織ったルドヴィーコと思われる集団に襲撃された。
「全く、次から次へと……おい、おっさん!そこら辺に転がっている奴から武器取っておけ。インフォルマトーレもだ」
てめぇの命はてめぇで守れ。
銃弾の消費を避けるために、アーサーは途中から拳や蹴りで応戦していた。
「ええっ…!僕は戦うなんてしたこと…!」
わたわたするギラードに対し、やれやれと言いたげな表情で武器を物色するアルトゥーロ。そして、自分の分を確保してからもうひとつをギラードに投げ渡した。
「両手でしっかり持って、相手に向かって撃てば良いんだよ、情報屋君」
当たっても当たらなくてもな。
「とにかく無駄にならない程度に撃ちまくれば何発かは当たるだろ。何なら、撃たずにそれで殴れば良い。小さいそれでも、殴られたら結構痛いからな」
構えて撃つ。手に伝わる振動に懐かしさを覚えながら、雨で頬に張り付いた髪を払った。
「昔を思い出したか?アルトゥーロ」
向かってくる相手の腕を掴んで捻り、持っていた銃で殴りつけたアーサーが、口元を歪めて問い掛けた。
「思い出したくもねぇことを思い出させてくれて有り難うよ、糞餓鬼」
全部お前のせいだぞ。
いつもの眠たげな表情で答える。
「別嬪さんを守るくらいならやっても良いが、情報屋君は自分で何とかしてくれよ」
アルトゥーロの言葉に、ギラードは手の中にある銃に視線を落としてため息を吐いた。
「人を殴るなんてしたこと無い僕が、反撃なんて出来るわけ無いよ……」
「心配無いわ。いざとなれば、本能で身を守るものよ」
人間なんてものはね。
手で顔に雨が当たるのを遮りながら、ルチアが声を掛けた。
「喋っている暇があるなら、さっさとコイツらを潰すの手伝えっ!」
そう怒鳴ったアーサーは、相手の後ろに回り込んで首に腕を回し、ごきんっ、と折っていた。
「うへー…、相変わらず容赦ねぇなぁ……軍人時代と変わんねぇぜ」
苦虫を噛み潰したような表情で言いつつ、身体は淡々と他の白い外套を相手にしている。
「俺を敵に回したら、軽い怪我じゃ済まねぇんだよ」
そんな会話を交わしている傍らで、ギラードは引け腰で攻撃を器用に避けることに徹していた。
「わああぁぁぁこっちに来ないでえぇッ!!」
腕をぶんぶんと振っていると雨に濡れた地面に足を滑らせて尻餅をついた。それと同じくしてひゅんっ、と音を立てて足元に鎖鎌が突き刺さる。
「ひっ!」
「飢えた狼の下僕にも裁きを」
雨音に紛れて聞こえた言葉。白い外套のフードに隠れていてその表情はわからない。鎖を勢い良く引き、地面に突き刺さった鎌を回収すると、ひゅんひゅんと回して再びギラードに向けて投げた。
咄嗟に目を閉じてしまったが、何処にも痛みが走らず、不思議に思いながら目を開けると、腕に鎖を巻き付けたアーサーの横顔。もう片方の手に持った銃で、相手の額を打ち抜いた。
「え…っ?」
「お前の後ろにルチアが居んだよ。道案内役に当たったら困る」
次は助けねぇぞ。
巻き付いた鎖を外し、放り投げる。
「インフォルマトーレの癖に、自分の身を守れねぇのか?」
今までよく生きて来られたな。
「こっちは全部片付いたぞ、隻眼君。……ありゃ、情報屋君は危機一髪だったようだな」
にやにやと、口元に笑みを浮かべてアルトゥーロは言った。
「さっさと案内しろ。次が来る前に」
「そんなに急かさなくてもわかっているわよ。これ以上外に居たら風邪引いちゃうわ」














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