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隻眼狼
Rumore-U








「雨、凄いですねー」
「家の方に居なくて良かったぜ」
ルチアが作った焼き菓子をフォークでつつきながら、アルトゥーロはギラードに応えた。
「そう言えば、貴方の家はザッカルド通りでしたね。やはりこんな天候だと港は危険ですか」
「そりゃあな。波は高いわ風は窓を壊すわって感じさ。今みたいに此処まで来ると、全員別宅に避難するんだが……」
生憎、俺にはそういうのが無くてね。
「え、じゃあ毎回どうしているんですか?」
ギラードも焼き菓子を口に運ぶ。
うん、甘過ぎなくて美味しい。このさくっとした食感好きだなぁ。
「同業者のところか、あの餓鬼のところに転がり込んでるな。まぁアイツは嫌がるが、そこは無理矢理居座る。粘れば向こうは面倒くさがって放置するからな」
「あー……成る程」
そのやり取りがすぐに目に浮かんで苦笑した。
「あるいは酒でも飲ませれば、すぐに黙るだろ」
「あ、その手使いました!彼の家まで行って、グロシュラを」
「随分張り込んだな、そんな高級品」
俺には手が出せねぇ酒だ。
アルトゥーロは目を丸くした。
「楽しい情報収集にはお金を惜しみません。まぁ、懐が寂しい時には節約しますけど」
そう言い、ギラードはポケットからメモ帳を取り出す。ページに挟んであるペンを引き抜き、真新しいページを開いた。
「先程の続きですけど、彼の左目はコルヴォであったアクロイネ戦争の頃にやられたってことで良いんですね?」
「コルヴォのガルーダ軍が得意とする戦法にミレヴェ軍は苦戦を強いられて、連戦連勝に影が差した戦争だったんだが……結構酷かったらしいな」
わしゃわしゃと髪を乱しながら答えるアルトゥーロ。
「ミレヴェ軍は一時撤退を余儀なくされていましたけど……確かその時に、アーサー・ウルフガングの行方がわからなくなって死亡確定が出ていたな」
ギラードがぽつりと呟くと、アルトゥーロはフォークをくるくる回しながら言った。
「部下が何人か抗議してすぐに撤回されたがな」
「あれ?何で知っているんですか?当時の軍関係の人じゃないと知らないはずですけど」
「これでも、一時期は軍医をやってたんだぜ?色々と面倒くさくなってアクロイネ戦争の後に辞めて、今じゃグワリトーレなんてことしてるけどな」
くるくる回していたフォークを、再び焼き菓子に突き刺す。
「軍医を辞めてからもあの餓鬼と関わりが出来るとは思わなかったから、俺の所に訪ねてきた時はびっくりしたよ」





















――――――――――








「はぁー…、今日ももう終わりか」
太陽は水平線に殆ど沈んだ頃。
アルトゥーロはぼさぼさの黒髪を乱しながら、台所に置かれたコップに水を注いだ。ぐいっと一気にあおる。
その時、どんっと扉に衝撃があった。
「…………」
視線を扉に向ける。扉の向こうは階下へと繋がる階段しかない。人が一人通るには充分だが、擦れ違うには難しい階段な故に、物などは置いていない。
そこにあるとすれば生きているモノ。階下にある反物屋の女将さんではないのはわかっている。必ず、階段を上がりながら大きな声で呼び掛けてくるからだ。此処の扉は少々ボロいため、声がよく通る。
音を立てないように扉に近付き、ドアノブを掴んでゆっくりと捻る。僅かな隙間を作って覗き込むと、見えたのは白と滲んだ赤。
「…っ、おい!」
扉を更に開ける。
包帯だらけの身体に滲んだ赤色が痛々しい姿が、アルトゥーロの目に入った。
「………アルトゥーロ…ッ……コル…デッラ、だな?」
階段に座り込み、壁にもたれ掛かった男は途切れ途切れに言った。
呼吸をするのもしんどそうに、男は片目だけでアルトゥーロを見上げる。
「お前……ミレヴェ兵だな」
朧気な記憶の中にある顔と、この男は似ていた。そして身に着けている衣服も、充分過ぎる程見覚えのあるものだ。男を立ち上がらせ、部屋に入れようとすると、痛みに呻きながら男は呟く。
「俺はもう…、ミレヴェの人間なんかじゃ……ねぇよ」
あんたと一緒だな。
自嘲気味に、笑って言った。





















「そんなにボロボロだったんですか?」
「風が吹けば簡単に転がっちまうんじゃねぇかってくらいにな。それに、何日も寝込んで俺の寝床を占領しやがった」
迷惑な話だよ。
「それはいつ頃の事でしたか」
「あれは……、俺が軍医を辞めてから二、三週間くらい後だ」
「てことは、戦地で行方不明になってそこから自力で帰ってきたってことですね」
「いや、それは少し違うな」
アルトゥーロはギラードの言葉を否定し、フォークで突き刺した残りの焼き菓子を口に放り込んだ。
「血が乾いていなかったんだ。森と山を抜けて多少の擦り傷が真新しいのはわかるが、銃創や切り傷はアクロイネの時のものならとっくに乾いているはずだろ?なのに、あの時はアクロイネの頃の傷に上塗りするように真新しい傷が出来ていた」
それも大量にな。
フォークを置き、背もたれに寄り掛かって足を組んだ。
「そうですか……」
「自力で戻ってきたのは確かだろうが、俺の所に来る前に何かやらかしたんだよ」
その何かは知らねぇが。
ギラードが口を開き掛けた時に、扉が勢い良く開いた。
「やっぱりずぶ濡れね。大丈夫?」
ずぶ濡れで帰ってきたアーサーを、タオルを持ったルチアが出迎えた。
アーサーは、ルチアからタオルを受け取るのとほぼ同じくして、テーブルクロスで包んだライフルと弾丸が入った箱をルチアに渡した。
「これ、この前頼んだやつと一緒に纏めておいてくれ」
渡されたライフルを見て、ルチアが叫んだ。
「やだ何これ!ちょっと、私というのが有りながら他から武器調達してくるなんて…!」
浮気者ーッ!と喚いているのを視界の端に追いやり、アーサーはソファで寛いでいたギラードとアルトゥーロに歩み寄る。
「お前らにも、色々と役立ってもらわなきゃな」
覚悟しておけ。
そう言うと、アーサーは喚いているルチアに向き直る。
「酷いじゃない、一番信用出来るアルマイオーロだって言ってくれていたのに!」
「そんな泣きそうな顔すんなよ。別にそれはアルマイオーロから調達した訳じゃねぇ、知り合いから引ったくってきたやつだ」
面倒くさそうな表情を浮かべながら言う。
がしがしと濡れた髪を拭いていると、ギラードが声を掛けた。
「それで、役立ってもらうってどういうことだい?僕を部屋から追い出したと思ったら、慌ただしく出て帰ってきて」
「説明してもらわなきゃ困るぜ、隻眼君」
アルトゥーロは、ぐいっとカップのお茶を飲み干してから言った。
「取り敢えず、インフォルマトーレには持っている情報を渡してもらう。ミレヴェ軍とルドヴィーコ義勇軍の動き、関わりも全部だ。アルトゥーロ、あんたは戦地について来てもらう」
「ほー、そうか……ええぇっ…!?俺を戦場に連れて行くだと!?」
「あんだよ…煩ぇおっさんだな」
「医者は戦場から離れた本陣で待機だろ、普通!」
「医者じゃなくて衛生兵。銃持って一緒に、暴れようぜおっさん」
昔を思い出せ。













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あきゅろす。
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