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隻眼狼
-dormitina- -2-









「アーサー、駄目だよ。急にやったら傷口開いちゃうじゃない。しかも病み上がりでしょ」
「煩ぇ。俺に構うなって言ってんだろーが。どっか行け」
「あ、ひっどーい。心配してるのにそんな事言うなんて」
「どうしようが俺の勝手だ」
病み上がりなんて関係無い。
アーサーはシャノンの手を払い退ける。
長時間雨に打たれ続ければ当然熱を出す。アーサーも例外ではなく、シャノンと顔を会わせた時から発熱していた。今は普段通りになったのだから、別に病み上がりだろうとなんだろうとどうでも良い。
訓練前にいつもやっていたように、アーサーは準備運動をしようとしていた。
身体が鈍ってしまうのは困る。これくらいの軽い運動ならやっても構わないだろう。
「犬連れてさっさと消えな」
包帯だらけの身体を晒し、パキパキと指の関節を鳴らした。
ぐっ、腕を伸ばして上体を前に倒す。シャノンは同じくらいのタイミングで、アーサーの背中を軽く引っ叩いた。
「いっ…!?」
「もう一回引っ叩いても良いけど、そしたら本当に傷口開いちゃうかな?」
「……何しやがんだ。殺されてぇか」
「それは嫌だけど、傷口開いて困るのはそっちよ。私は親切に止めてあげてるの」
殺されるよりは寧ろ感謝してもらいたいわ。
ふんっ、とシャノンはアーサーを見下ろす。
見下ろされている不快感と馬鹿にされた感じを受けたアーサーはシャノンを睨みつけ、すぐに立ち上がった。
この女が居ない場所に行けば良い。不愉快なものを全て視界から追い出して遮断してしまえば良いのだ。
早く気付け、と自身を責めた。
未だにぎこちない足取りで廃墟の外に出る。
この廃墟に逃げ込み、シャノンと名乗る女に出会って2日経った。あの女が何を考えて此処に来るのかわからない。妙な詮索はしてこないし敵国の軍人を突き出すつもりは無いということだったが、理解出来なかった。レヴォンと違ってコルヴォならそれなりの恩恵は出すはずだ。
こんな場所にある村に医者は隣まで行かなければ居ないなら、言えばそれくらい手配してくれるだろう。
そこまで頭が回らないわけではないはずだ。
「ま、関係ねぇから良いけどな」
アイツの勝手のお陰で、こっちには好都合だ。
ふ、と息を吐き出していつもの軽い運動をし始める。ある程度身体を動かしたら今度はホルスターから銃を抜く。
「…っ!」
ガシャン、と銃が足元に落下した。
左腕に痛みが走る。がくがくと腕が震え、持っていられなくなったのだ。
「くそッ…」
まだ時間を置かなければいけないのか。出来るだけ早く軍に戻らなければならないのに。
足元に転がる銃を見つめる。陽射しを反射して眩しい光が顔に当たる。
しかし、包帯に覆われた左目には当たっても眩しさを感じない。アーサーにはそれが苛立った。
自分の未熟さだと、あの時避けられなかったこと責める。その気持ちが募れば募る程、残された右目の鋭さは増していった。
右手に握られていたもう一丁の銃を握り直す。人差し指を引き金に掛け、腕を横に差し出して引き金を思い切り引いた。
森の中に轟音が響く。
音に驚いて木々に留まっていた鳥達が一斉に飛び立った。一時のざわめきの後はすぐに、先程までと同じ静寂に包まれる。
「アーサー…?」
振り向くと、シャノンがリアムを従えて入り口に立っていた。
足元に転がる銃を見つけ、視線をアーサーに戻す。
「やっぱりまだ痛いんでしょ。だから言ったじゃない」
「俺が銃口向ける前に、犬と一緒に消えろ」
言いながら落とした銃を拾う。ホルスターに仕舞うと、右手に握られていた方も仕舞った。
廃墟の中に戻ろうと、シャノンの横を通りかかった時。
「はい、これ」
そう言って目の前に差し出されたのは小さなバスケット。
「お昼。もう太陽があんな高いところにあるから」
ほら、とバスケットに掛けていた布を取り、中身を取り出しやすいようにアーサーの方に傾けた。
「……………」
















「んー、どうしてリアムはアーサーに懐かないんだろう」
どうでも良いだろうが、とアーサーはシャノンの言葉に対して思った。
「この子、一応誰にでも愛想良いんだけどなぁ。……あ、もしかしてアーサー、ずっと警戒オーラ出してる?」
「警戒オーラって何だよ」
「そのままの意味よ。動物は敏感なんだから。懐かないというよりは近付けないのね」
リアムを撫でながら言う。
「ずっとそんな状態で疲れないの?廃墟になんて誰も来ないから大丈夫よ」
アーサーは祭壇に寄りかかって、崩れた天井から見える空を見上げた。
「……安心出来る場所なんて、何処にもねぇよ」
シャノンはアーサーを見る。暫くの間、互いに無言でその体勢が続いた。
耳に聞こえる音は、無い。
『……………』
あまりにも静かで、時間が経つに連れて手持ち無沙汰になったシャノンが口を開いた。
「どうして軍人になろうと思ったの?」
「そんな事聞いて何になる」
今まで名前以外は詮索してこなかったのにいきなり何だ。
空を見上げたまま、無視し続けようと決め込んだがシャノンはしつこく聞いてきた。
関係無いだろ、と適当にあしらっているとシャノンは包帯が巻かれたアーサーの左腕に触れて言った。
「安心出来る場所が無くて、こんな怪我までして何を得ようとしているの?」
今まで問われたことの無い質問だった。軍人になって何が得られるのかなんて考えたことが無い。
「……名誉も地位も、自分にはどうでも良い」










何を求めて軍人になったかなんて、もう覚えていない。










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あきゅろす。
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