甘い桜
何か飲み物を、と思って足を踏み入れたキッチンにいた人物を見て、ロイドは目を数回瞬かせた。
昨日からミズホの里に滞在し、今日1日は骨休み。皆、それぞれの趣味ややりたいことを満喫していた。
かくいうロイドも、木陰で子ども達にせがまれて動物の置物を作ったり、女性のかんざしを直したり…その手先の器用さを存分に発揮していた。
だいぶ集中していたらしく、一息ついたところでノドの渇きを覚えた。ロイドはキッチン(ミズホでは台所や土間と言うらしい)に向かい、冒頭にもどる。
そこにいるのがジーニアスやリーガルならばまだわかる(彼等は無類の料理好きだ)。しかし、いたのはクラトスとしいなだった。しいなはともかく、何故クラトスがキッチンにいるのか。そしてどう見ても、クラトスがしいなに料理を教わっているようにしか見えない。
ロイドは思わず口を開く。
「なぁ、あんた何やってんだ?」
クラトスの手元を見ると、どうも夕飯の材料ではなさそうなのは確かだ。甘い匂いも漂っている。
「しいなに和菓子の作り方を習っている」
「ワガシって…前に食ったヨーカンとかオシルコとか言うやつか?」
また美味しいミズホのお菓子が食べられる!と、ロイドは目を輝かせる。
「もう春だからね。今回は桜餅さ」
桜色の餅で小豆餡をくるみ、塩漬けした桜の葉で包む。四季を楽しむミズホの里らしいお菓子だ。
「しいな、餡はこのくらいだろうか?」
「んー…もう少し減らした方が味のバランスよくなるよ」
クラトスはしいなに分量や包み方を確認しながら、次々と桜餅を作っていく。コツを掴めば仕事が早く器用にこなす。出来上がっていく桜餅を見ながら、しいなは感嘆の息を漏らした。
「そういえばロイド、アンタ何かあって来たんじゃないのかい?」
何も無くロイドがキッチンに来る事などほとんど無い。よっぽど腹が減っている時は別だが、その時は大抵、料理の上手いジーニアスやつまみ食い仲間のゼロスと一緒にいる事が多い。
しいなに言われて、ロイドは「あっ」と思い出した。
「そうそう、ノド渇いてさ。何かねぇ?」
珍しい光景に、うっかり本来の目的が遥か彼方に飛んでいた。
「ならば調度いい。コレで皆でお茶にしよう」
時間的にも間食にいいだろうと、クラトスは次々と桜餅を皿に乗せていく。沢山盛られた桜餅を見て、ロイドは思わずヨダレをたらした。
「じゃぁアタシはみんなを呼んでくるよ。ロイド、そこのお茶と湯飲みを運んどくれ」
しいなは、何気に重たいお茶セット(なんせ9人分、しかも陶器だ)をロイドに押し付け、台所から出て行った。
「しいなって、結構ちゃっかりしてるよなぁ…」
運ぶのには何も問題ないが、ロイドは湯飲みが乗ったお盆を持って、思わず呟いた。
そんなロイドに、クラトスは声をかける。
「な…んっ?!」
「何だ?」という言葉は紡がれなかった。口を開けた瞬間、ロイドの口にクラトスが何かを入れたのだ。
「む、ぐ…甘い…!」
ロイドの口にいれられたのは、クラトスが作っていた甘い甘い和菓子。
「ん…コレ…」
「材料が少し余ったからな」
特別だと、クラトスは自分の口に人差し指を当てて微笑む。
その仕草と微笑みに見とれてしまい、ロイドは頬を染めた。
「…お前の頬が桜餅のようだな」
「へ?…っ?!」
聞き返す間もなく、ロイドはクラトスに頬を舐められる。顔は桜餅を通り越してサクランボのように染まった。
「しっ…信じらんねぇっ!」
クラトスのバカ!と、ロイドは湯飲みがカチャカチャと音を立てるのも構わず、皆のいる大広間へと駆け出したのだった。
「随分と遅かったねぇ…って、どうしたんだい?やけに顔が赤いじゃないか」
「なんでもねぇよ…」
「ロイドったら、クラトスに頼んでつまみ食いでもしてたんじゃないの?」
「クラトスさん優しいもんね」
「ち、ちげーよっ!」
「ロイドさん、心拍数・血圧共に平常時より上昇…」
「ふむ…図星のようだな」
「いやいや、逆に天使様につまみ食いされ…いってぇ!」
「殴るぞ!」
「殴ってから言うなって!」
「あなた達!少しは静かに出来ないの?!」
(入るタイミングを逃してしまったな…)
END
甘甘親子のつもりが、ロイドがからかわれるだけになってしまった…
最後の会話文は、明らかに力尽きた跡です←ヲイ
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