温度
夜のとある宿の一室。クラトスは読書、ロイドはリフィルから頼まれた装飾品の修理をしていた。静かな部屋には、本のページを捲る音と小さな金属音が時折響くだけで、お互い会話はない。
それでも息苦しさは感じず、二人を取り巻く空気は暖かい。背中合わせに、お互いの体温を感じているから。
だが、その空気はロイドの声によって変化した。
「いった!」
うっかり手元を滑らせ、左人差し指に傷を作ってしまったのだ。数秒遅れて赤い血が滲んでくる。
「大丈夫か?」
「ん…平気…」
クラトスは本を置いて、ロイドの傷の手当てをする。
傷はさほど深くない。これならば直ぐに治るだろう。
「ファーストエイドでパッと治してくれればいいのに」
「何でもかんでも魔術に頼るのは関心せんな」
いつも魔術で治してもらえると思っていると、注意力や判断力が疎かになる。怪我をしない予防策が大切なのだ。
その意図を汲み取ったのか、ロイドは素直に、はぁい、と返事をした。
「よし、いいぞ」
クラトスは手当てを終えると、使った消毒液等を救急箱にしまっていく。その様子を、正確にはクラトスの手を、ロイドはじっと見ていた。
それに気付いたクラトスは、何か着いているのか?と自分の手を見る。しかし、別段変わった所などない。
ロイドは相変わらず、クラトスの手を見ている。
「どうかしたのか?」
ここまで見られていては、流石に何事かと聞きたくなる。
ロイドは返事の代わりに、んー…と言いながら、クラトスの手に自分の手を重ねた。
「ロイド…?」
「やっぱり…」
何がやっぱりなのか、クラトスには皆目見当もつかない。
「クラトスってさ、手、冷たいよな」
「…そんな事で私の手を見ていたのか?」
呆れた眼差しをロイドに向けるが、ロイドは満足そうに頷いている。あまりのしょうもない理由に溜め息を吐きそうになるが、笑顔で自分の手を包んでくれているロイドを見て、クラトスも思わず微笑んでしまう。
「お前の手はいつも温かいな」
「どーせお子様体温だよ」
「そんなつもりで言ったのではないのだがな…」
クラトスがむくれる息子にそう言うと、ロイドは、知ってるよ、とクラトスに抱きついた。
「手が冷たいのはさ、その分心があったかいんだってさ」
コレットが言ってた、とロイドはクラトスの手を撫でる。
「ならば…」
クラトスは撫でているロイドの手に、更に自分の手を重ねる。
「温かい手のお前の心は、もっと温かいのだな」
その温かさで、周りの者も包んでしまう。
慈しむように、優しい微笑みを浮かべて、クラトスは言った。
その言葉にロイドは一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔になる。そして声を出して笑い始めた。
突然笑い始めた息子にクラトスは、おかしな事を言ってしまっただろうか、と困惑の表情を浮かべる。
「ご、ごめ…違うんだ…クラトスがおかしな事言ったんじゃねぇよ」
では何故そんなにも笑うのか。クラトスは首を傾げるしかない。
ようやく落ち着いたロイドは、笑ってしまった原因を話し始める。
「コレットもさ、同じ事言ったんだ」
"手が温かい人は、心がもっともっと温かくて、他のみんなもあったかくするんだよ"
「まさかあんたがコレットと同じ事言うなんて思わなかったから」
いきなり笑ってごめんな?とロイドは首を傾けた。そしてクラトスの胸に顔をうずめる。
「ロイド?」
「何か、あんたにそう言われるとすっげー嬉しい…」
コレットに言われた時は、そんな事ないと笑い飛ばした。どこかくすぐったくて、何か恥ずかしくて。
でもクラトスだと、ものすごく嬉しくてあったかくなった。
「クラトスって、体温詐欺なんじゃねぇか?」
「何だソレは…」
いきなり突拍子も無いことを言われて、クラトスは眉をひそめる。
「だってさ…こんなに俺の事あったかくさせるんだぜ?クラトスとコレットの言うとおりなら、クラトスの手もあったかいハズじゃん」
ロイドはクラトスの胸に顔をうずめたまま答えた。その耳は真っ赤だ。
なんと可愛らしい事か。クラトスはロイドの頭を撫でながら思う。
「それはお前限定だ」
愛しているから。とても大切だから。そんな相手には自然とそうなるのだ。
「っ…本当…あんた恥ずかしすぎ…」
ロイドはそのまましばらく顔を上げられなくなり、クラトスは微笑みながらその頭を撫で続けた。
明日も明後日もこれから先ずっと、愛しい人が温かい気持ちでいられますように。
END
なんだコレ←
きっとこの部屋には暖房いらないよね。
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