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short story
雪の隣で(政宗夢)


目が覚めると、やけに鼻の奥がつんとした。
それと同時にほのかに懐かしい匂いがした気がした。
――ああ、もしかして。
柊は温い布団から起き上がると、体に纏わりつくように冷たい空気に耐えながら襖を少しだけ開ける。


「やっぱり」


襖から少しだけ見える庭先は、いつの間にか真っ白な雪化粧を終えていた。





雪の隣で






「今年はいつもに比べて、少しばかり初雪が早い気がするのう」


患者のいない静かな医務室で、鄭がぽつりと零した。
そういえばそうかもしれない、と柊も言われてはっとする。


「では今年は一段と冷え込みそうですね」
「こんな年は風邪っぴきになる奴が増えるから嫌になるのう」


ふう、と湯気のたつお茶を啜りながらため息をつく。


「ところで柊」
「はい?」


ちらりと目を向ける鄭に、柊は首を小さく傾げた。


「この書簡を政宗様のところに持って行ってほしいんじゃが」
「? はい。いいですよ」


特に断る理由もないので返事をすれば、鄭はやけに嬉しそうというか、どちらかと言うとしてやったり顔の悪戯な表情をした。


「いやあ、この年でこの寒さは本当に応えるんじゃ。できれば火鉢から片時も離れたくない!」


火鉢に抱き着きそうな勢いの鄭に、柊は逆に青くなった。






鄭から預かった書簡と、どうせ行くなら温かいお茶も一緒にとお盆にお茶を載せて一緒に運ぶ。
空を見上げるとしんしんと雪が舞い降りており、外の景色はどんどん白一色に染まっていく。
縁側にも雪は浸食してきており、一歩間違えれば滑りそうだ。
足元に気を取られていると、少し先にいた人物に気づくのが少しばかり遅れた。


「――政宗さま!」


廊下の奥に静かに立っていたのは政宗だった。
どうやら彼も降り積もる雪を眺めていたらしい。


「よう、柊。俺に用か?」


この廊下の先には政宗の執務室しかない。柊が抱えている書簡を目の端に留めながら政宗が問いかけた。
寒さのせいか、どこか動きがぎこちない柊は慌てたように書簡を前に出そうとした。が。
お盆に熱いお茶を乗せていたことを一瞬忘れていたため、危うくお茶が盆から滑り落ちそうになった。


「――あっ・・・・」


柊の頭が真っ白になりかけたとき、ぱしっと、柊にとってはもの凄く心強い音が耳に入った。


「・・・アホか、お前は」
「す、すみません・・・」


見事にお盆のお茶を支えている政宗に呆れ顔で睨まれ、柊もつい背中が縮こまる。案外と距離がいっきに近くになっていることも要因ではあるが。


「――で、どうした?」


一通り柊が落ち着いたのを見計らって政宗が声をかける。


「鄭さんがこの書簡を政宗様にと」


政宗はその書簡を受け取り、ぱらぱらと中身を一瞥するとすぐに閉じてしまった。柊は戸惑った顔で政宗を見上げると、彼は気づいて書簡を少し持ち上げた。


「別に急ぎの案件じゃねぇよ。前々から鄭に暇なときにでも調べておくように頼んどいたやつだ。後で中身はゆっくりと見るさ」


そう言って政宗は再び庭を見た。
相変わらず雪は降り積もっていて、空も庭も真っ白になっていた。きっと外に広がる小十郎の畑も今頃雪で綺麗に覆われているんだろうな、とふと思った。


「柊、時間はあるか?」
「はい、ありますが・・・」
「そうか、なら一緒に――雪でも眺めねぇか?」
「・・・雪、をですか?」


首を傾げる柊を余所に、ちょっと待ってろと言って政宗は執務室へと戻っていき、少しも経たないうちに帰ってきた彼の手には藍色の羽織物があった。


「着とけ」


そう言って柊の肩に優しくかける。
床にどっしりと座り込む政宗に、柊は慌てて座布団でも持ってくるかと聞いたが、長居はしねぇからいいと断わられた。
そんな政宗の横に柊もおずおずと座り込む。


「・・・雪眺めるの、好きなんですか?」
「・・・奥州なんざ、雪国だからな。毎度毎度降るたんびに眺めるのは無理だが、季節の初めに降る初雪くらいはな。眺めておきてぇんだ」


柊は政宗が雪を眺めたい理由を思い浮かべて、彼はどこをどう切り取ってもやはり一国の主なのだなと思った。
少しずつ、でも確実に降り積もっていく真っ白な雪。
けれど雪は穢れのものを隠してくれるだけではない。確実に奥州で過ごす人々の上に降り積もっていくのだ。
時には家でさえ、押しつぶしてしまうほどに。降れば降るほど、人々に降りかかる負担は計り知れない。
けれどそれは、広い奥州では小さな声にもならなくて、毎年、気づけずに雪で孤立してしまう村や雪に埋もれて凍死してしまう人々が後をたたない。

政宗はそれが悔しくて仕方ないのだろう。
だから本当は雪が降るたびに、小さな悲鳴を聞き逃すまいと躍起になっているのではないか。


別に雪を眺めるのが好きなわけではない、ただ、見逃したくないのだろう。


「・・・あ、少し冷めてしまったかもですけど、お茶どうぞ」


気づいて差し出せば、なぜか少しからかうように見つめられて、けれど何を言うでもなくそっと茶飲みを受け取った。


「・・・ lukewarm」(生温い)
「すみません・・・」


政宗が目を丸くして柊を見た。それを見て柊はやっぱりと少し得意げに笑ったので、政宗はしまったと顔をしかめた。


「まんまとお前にひっかかるとはな」
「言葉はわからずとも、政宗様の表情を見ればなんとなく察しはつきますよ」
「Ha! 俺は正直者だからな」
「・・・なんだかご自分でおっしゃると、疑ってしまいたくなるのはなぜでしょう・・・」


柊の言葉が聞こえたのか、聞こえてないのか。政宗は最後の言葉はさらりと聞き流し、さらに茶を啜った。
相変わらず生温いが、それでも体が温まる気がした。
しばらく雪に目をやって、ふと横目で柊を見やった。Hum・・・と小さく零す。


「お前は雪が似合うな」
「え?」


ポカンと政宗を振り返る。
柊の顔には疑問符でいっぱいだったが、政宗も特に意識してつぶやいたわけではなかったため、どう応えようかと考える。


「・・・雪にこもっていそうな・・・」
「・・・・・・・・???」


雪に埋もれてるような顔でもしてるのだろうか。
柊が少々顔色を青くしかけたとき。ああ、と政宗が閃いたように声を上げた。
しかし、言葉を発そうとしない。少し耳が赤くなってるのは寒さのせいだろうか。


「・・・You who got wet with snow will be beautiful.」
「そこ南蛮語はずるいです!なんて言ったのですか」


珍しく柊が食いついてきた。よっぽど先ほどの政宗の言葉が謎すぎたのだろう。
しかしそこは政宗も断固として口を開かなかった。


「・・・正直者じゃなかったんですか?」


ジト目で睨めば、政宗は「だから正直に言ったはずだぜ、南蛮語で」と開き直った。
そんな政宗に対して反論しようとした時だった。
ふと離れたところから、寒さを吹き飛ばすような明るい声が聞こえてきた。


「あれー?梵に柊ちゃん、そんなとこでなにやってるのさぁ?」


とことこと近寄ってきた成実は、まるで仲間外れにされた子供のようにふて腐れた顔をしていた。


「お茶するなら僕も誘ってよねぇ。ふたりだけで楽しんじゃってさ」
「お前がいたらゆっくりするにもできねぇだろうが」


政宗がため息まじりに言う。
ところが成実は機嫌を悪くするそぶりも見せず、むしろ自分でそのことを認めているように笑った。


「あ・・・、私そろそろ行かなくては。それじゃあ政宗さま、成実さん失礼します」


部屋に残してきた鄭のことを思い出し、柊は腰をあげた。
帰り際に政宗を振り返り、「政宗さま、今度おっしゃった意味教えてくださいね!」と念押しして後にした。
それを聞いた成実は小声で「なんなら俺が教えてあげるよー」と呟いた。
政宗があからさまにぎょっとした顔で成実を睨むのがわかった。


「俺のことなめてる?伊達軍随一の猛将と謳われる俺の耳はどんなに離れてたって聞こえちゃうよ」
「てめぇ・・・、人の会話盗み聞きとはいい度胸してるじゃねぇか・・・」
「まぁかといって全部ははっきり聞き取れなかったから定かじゃないけど、大方『雪に濡れたお前は綺麗なんだろう』とかってことでしょ?」


政宗の顔がどんどんと暗雲に立ち込めていくのが手にとるようにわかった成実は、それでも面白がるように続けた。


「まぁいいじゃない。柊ちゃんの追及から助けてあげたんだから」とポンポンと政宗の背中を叩いた。
そんな成実を気だるげに睨みながら政宗は言った。


「手前に助けてもらわなくても、自分で言うさ。――この戦国乱世が終わればな」


少し遠い目をしてそう告げた政宗に成実もまた、そうだねと小さく返す。


そんなふたりの会話すら消すように、初雪はしんしんとあたりを白く染めていった。



――今年もまた、長い冬がやってきたそんな日。













うおお、アホみたいに季節はずれなネタ。現在真夏。そんなの気にしません。
大分更新に間が空いてしまいました。長編も止まったまま・・・。
これを期にまた少しずつですが書いていきたいと思います。
また読んでやるよ、という心の広い読者様がいらっしゃいましたらまたお付き合いいただけると嬉しいです。
(2012/7/24)


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あきゅろす。
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