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第一章
32「どうか、いい夢を」



目に焼けつけたいの、あなたの瞳を。表情を。
心に繋いでいたいの。あなたの温もり。
形のないものは、すぐにその姿を消してしまうけれど。
消えてしまったら私は、もう「私」に戻れない。










柊は静かに自室の襖を開ける。
政宗と話しているうちに月はすっかり高い空へと昇っていた。後はゆっくりとその姿を沈めていくのみだ。
開けた時と同じように、今度は襖をゆっくりと閉める。
まるで溢れ出そうになる何かを必死に押さえつけるように。
やがてパタンと襖と襖がぶつかり合う音が静かに聞こえる。


それが合図だったように、柊は力なくその場に崩れた。


「――・・・っ」


本当はずっと、政宗から話を聞いている時から堪えていた。
けれど政宗の前で涙を見せようものなら、察しの良い彼は何もかもを悟ってしまいそうで怖かった。
――ただでさえ、彼は自分でも気づいていなかった綻びを感じ取っていたから。


己を抱きしめるようにして、柊は声にならない言葉を呟く。


「父上・・・、どうして私を、――再び政宗さまと巡り合わせたのですか・・・・」


その言葉の真意を知るものは、ここにはいない。
亡き儀俊を思い浮かべる。果たして彼は意図的だったのか、それは柊にもわからなかった。


政宗が先ほど語ってくれた過去の話を思い出す。
まるでひとつひとつに触れるように優しく紡がれた言の葉。
それは「柊」にとっても大切な過去だった。
しかし、それを政宗に伝えるわけにはいかなかった。


柊には、「やらなければいけない事」がある。


今までずっと自分が縛られ続けてきたこと。
失った記憶。右腕の刺青。閉ざした力。


自分のことを、自分が一番知らなかった。


記憶を失い、身元の定かでない柊を本当の子供のように育ててくれた父上と母上。
屋敷の人たちは柊を特別扱いすることはなく、まるで家族のように接してくれた。

――私も、この人たちと共に、生きていいのだろうか。

そう思おうとすれば、いつも右腕の刺青が、お前には無理だと言うように、その存在をちらつかせた。


記憶を無くしても、どこかで体は覚えていたのだ。
自分は、普通の人間とは相容れぬ存在だということを。


だから、自分のことで大切な人たちに迷惑はかけたくなかった。心配をかけたくはなかった。
辛くても平気なふりをしたし、眠れぬ夜も一人で乗り越えた。
いつしか涙を流すことさえ、忘れていた。


そんな柊を、変えようとしてくれたのは政宗だった。


辛いときは泣くこと、誰かに頼るということ、ひとりで無茶をすれば周りの人がどれだけ心配するか。
そんな、教えてもらわなくとも知っているような単純なことでさえ、柊は忘れてしまっていた。
全ては、不透明な自分自身の存在に対する不安感から。


政宗は、そんな柊の不安定さにも気づいていたのだろう。
しかし深く詮索してくることはなかった。
それも、彼の優しさなのだ。
そんな政宗に、いつしか柊は惹かれていった。この人を、守っていきたいと思った。


だが。


「大切なものを見つけて、ずっと私が守っていきたいと思った。そんなことを願ったから、きっと私は『全てを取り戻した』――」


あの人にとって一番危険を与えてしまうのは、『自分自身』だと。
そう遠くで嘲るように聞こえた気がした。


「――政宗さま・・・」


彼の、厳しくも優しい瞳を思い出す。
「そりゃ、ただのあんたの我侭に過ぎねぇぜ」
そう言って切なそうに歪んだ彼の横顔。桜を見上げる、優しい横顔。


「私、思い出しました。桜が好きな、もうひとつの理由」


今までに触れてきた、政宗の数々の温もりを思い出す。


「あの日と同じように、あなた様とまた桜を見れたこと、本当に奇跡のようです」


彼の優しい横顔が、幼い頃に出会った藤次郎と重なる。
その頃の面影はもうほとんど残っていなかったが、瞳だけはあの頃と変わらず同じ色をしていた。
母に嫌われ、皆から腫れ物扱いされていた時でさえ、瞳の奥に揺らめいていた闇にも似た光。







政宗と別れるとき、いつも通りに「お休みなさい」と言葉にした。


もう二度と、彼にこの言葉を言うことはできないのだろう。
だから、もう一度。


「・・・お休みなさい、政宗さま。――どうか、いい夢を」


その言葉を、当然政宗は聞くことはなかったけれど。













そうして翌朝。
なかなか朝餉に顔を出さない柊に、疑問に思った小十郎が部屋へ向かうと。
すっかりと片付けられた、まるで今までその部屋には誰もいなかったかのような、なんの温かみも残っていない部屋があるだけだった。



いつか柊が治療してすっかり城に居座った黒猫が、どこか寂しそうに小さく鳴いた。
















第一章あとがき。
これにて第一章は終了で、続きは第二章にて、ということになります。
それにしても一章終えるのに一年ちょっとかかってしまいました・・・。長かったorz
ヒロイン自身に、色々とまだ明かすことのできない事情があり、私も政宗と一緒にヤキモキしている気分です。
でもここまで書き続けることができたので、今まで温めてきたネタを焦らずに、ゆっくりと書いていければいいなと思います。
二章では引き続き政宗、小十郎、成実、鄭、慶次、風魔のほかに佐助とか出していく予定(あくまで予定)です。
お付き合いのほど、宜しくお願いします。


執筆中イメージソングとして聴いていたものを少々。


まもりたい〜White Wishes〜/BoA(この曲を使用したS.Sあり→Titleにて)
奏で/スキマスイッチ
流星群/鬼束ちひろ
冷たい雨/ELT
会いたい/藤田麻衣子
今でもあなたが/藤田麻衣子


そして最後に、読んでくださっている読者様に。
ありがとうございます。


(2011/4/17)

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