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第一章
24「かけがえのない」(政宗saide)


最初は、そう。
あいつと雨音を重ねて見ていた。
だから自然と目で追っていし、暇を見つけては話もした。


だが。―――今も、あいつを雨音と重ねているのかは、自分でもよくわからない。




―かけがえのない(政宗saide)―




慶次と成実を見送り、俺は軽く机を整理してから腰を上げた。
柊が古傷のために部屋に篭ってからもう3日がたっていた。
以前古傷が痛んだ時、柊は誰かにそのことを知られるのを極度に嫌がっていたから、それとなく柊の部屋への人避けもしておいた。
しかしだからといって彼女を長い時間ひとりにするのには躊躇いがあったため、慶次を世話役へと抜擢した。


――柊をひとりにすれば、また何か突っ走るとも考えられない。


直接顔を見に行ければよかったけれど、山積みされた書類のおかげでそれは叶わなかった。
ようやく柊の顔を見に行けることに、どこか浮き足のたっている自分が可笑しくて笑えた。





「おい、柊。起きてるか?」


襖越しに声をかける。
が、しかし返事が返ってくる様子は無かった。寝ているのだろうか。
少しばかり不安が過ぎり、襖を開ける。


そこには本来いるべきはずの柊の姿はなく、布団だけがひかれたままだった。


「・・・厠か?」


いないことに対して焦燥感のようなものが体を満たしていくのがわかったが、まだ断定するのは早い。
たまたまの可能性もある。少しばかりの間、柊の部屋の前で帰ってくるのを待つことにした。
しかし、一向に彼女が戻ってくる気配はない。厠にしてはいくらなんでも長すぎだ。


焦燥感と共に、その根源ともいえる思い出が蘇った。
――雨音が、城から突然姿を消した時のことだ。


あの時も、いると思っていた部屋の襖を開けたら彼女の姿はなく、その後城内を手分けして探したが彼女を見つけることができなかった。
そうして数日後に聞かされた、彼女の死――。


気がついたら俺は廊下を荒々しい足音も気にせず駆けていた。
離れをあちこち探し回る。しかしどうしても、柊の姿を見つけることができない。
どんどんと、体をあの時の、雨音がいなくなったときと同様の恐怖が体を支配していくのを感じた。
中庭に出て、すみずみまで探し回る。空はすっかり藍色で視界が悪くなってきた。


その時。蔵の段差のところに、腰かけている人影を見つけた。
目を凝らすと、髪を下ろした女だということがわかる。
顔は暗がりでよく見えなかったが、それが柊だと確信した。


「――柊っ!!」


ようやく姿を見つけた柊は、悠長に腰を寄りかからせボーっとしていた。
俺の気も知らないで・・・、そう思ったらつい声が大きくなってしまい、少し早さを緩め足早に驚いた顔をしている柊の下へと向かう。
焦燥感は大きな安堵感へと変わっていた。


どうやら湯を浴びていたらしい。その事実に少し安堵した。
古傷が少しずつ回復している証拠だろうから。
久々に見た柊の笑顔に、俺はもうとやかく言うのは辞めることにした。


「・・・つかぬ事をお聞きしますが、政宗さま。奇襲から今日で何日たちましたか?」
「An? まだ3日しか経ってねぇよ」


ずっと部屋にいたため、どうやら日にちの間隔が鈍っているらしい。どこかぼんやりとした様子で聞いてきた。


「そうですか・・・。なんだか物凄い長い時間、あの部屋にいた気がしたものですから」
「ちゃんと眠れていたのか?」
「浅い睡眠ですけど。ちゃんと眠っていたのかは、自分でもよくわからなくて」


強がりでもなんでもなく、本当に自分でもよくわからないようだった。
通り過ぎる風に、柊がどこか切なげに目を細める。


「柊、あの風魔小太郎に、本当に心当たりはないのか?」
「はい。・・・きっと無いと思います」
「きっと・・・?」


自信なさげに付け加えられたその言葉に、そこにこそ本音があるような気がした。
普段は口にしない、柊の本当の本音を、聞けるような気がした。


「私は、私自身のこと、何も知らないんです」
「――どうゆうことだ?」
「風魔小太郎が知っていて私がしらない事がある。父上が知っていて私が知らない事があった。いつでも、私のことなのに、私だけが知らない。
不安定なんです。何もかも、嘘の作り話で固められた私のようだから。
――いつ崩れるのかも、わかりません」


俺は小太郎の言っていた言葉を思い出した。
――「・・・・柊。それが今の、名か」
あの言葉で、確かに柊は動揺していた。
俺ですら驚いた。『柊』という名が、まるで本来の名前とは違うような言い方だった。
思えば、今までにも柊のなかで不透明な部分というのがいくつかあったのは、認めざるを得ない。


桜が好きだというのに、もうひとつの理由を聞けばわからないと答えた時の柊の泣き笑いの表情が思い出される。
しかし柊のその、不透明な部分に気づいてそれでも何も言及しなかったのは、
柊が隠しているというわけでなく、本当に自分自身でもわからないからだと悟ったからだ。


柊としては、風魔の一言は、触れてほしくない話題のはずだった。
案の定、柊の体はあの時、・・・震えていた。自分でも抑えようのないほどに。


なのにそのあと、何事もなかったかのように怪我人の治療をして、―――そして倒れた。
その場にいた誰もが動揺した。
だが柊はその後、慶次から話を聞いても元気を取り繕っていた。
傷が痛むときは誰も寄せつけずに。
相変わらず柊本人だけが、心配ない、大丈夫と前向きだった。こんなのすぐに治るからと。


――嘘で作り固められた私だから、誰にも関わってほしくない。
関われば、何かが崩れる。


小太郎のひとことで、何かがすでに崩れてしまったのだ。だからこれ以上、誰かに突かれるのは御免だ。

ということなのだろうか。


「――your own way」(自分勝手だな)
「・・・?」
「お前が関わりたくなくてもな、もう関わっちまってるんだ。俺たちは」
「・・・え」
「心配するもしないも、俺たちの勝手だ。お前にそれを制限されるいわれはねぇ」
「―――・・・」
「俺たちが、今話しているのは、関わっているのは、お前だ。
嘘で作られたお前だろうがなんだろうが、俺たちが話して、慕っているのは、今のお前なんだよ!」










・・・雫の落ちる音が聞こえてくるほどの、涙が柊の目から溢れていた。
やがて気まずそうに下を向き、涙を拭く。
しかしとめどなく溢れてくるのか、なかなか上を向こうとはしなかった。
――こちらを、見ようとはしなかった。


情けなさそうに、小さな声で謝罪の言葉が聞こえてきた。
恐らくは、今のことも、今までのことに対してのことも含めての謝罪なのだろう。


ひとりで突っ走るなって、ついこの前言ったばかりじゃねぇか。
いつだってそうだ。自分の、弱いところを隠すのに必死で、いつもひとりでなんでもやろうとして。


――本当に、自分勝手な奴だ。
いつだって、不安で不安で、押しつぶされそうで、体はあんなに震えてるのに。


手を伸ばし、目を覆っている柊の腕を掴む。案の定、驚いた顔でようやく、俺を見た。


「・・・・政宗さま、私、嫌だったんです」
「嫌?」
「政宗さまに、嫌われてしまうのではないかって。そんなの、嫌だなって」




涙で濡れて、鼻声でそんなことを言うから。



気づいたら、掴んだ腕を引っ張って、柊を抱きしめていた。



自分の行動に、驚きはしたが。
・・・どうしようもなかった。


ひとりで涙を流すこいつの姿は、今までに何度も見てきたから。
―――だから今くらい、泣いているこいつの隣にいる俺が、抱きしめてやらなきゃいけないような気がした。


いや、抱きしめたかった。俺は、きっとずっと。



いつも、何事もないように過ごしている柊を、どこかで雨音と似ていると思い、重ねていた。
それは泣きそうに笑うことだったり、ふと見せる切なげな横顔だったり。
そして、雨音と同じ箇所に負った、右腕の傷。


―――いつか、こいつもいなくなるんじゃないか。


そう思った瞬間、いつもどこかで柊の存在を気にするようになった。




消えるな、いなくなるな。
言葉にする代わりに、より一層柊を強く抱きしめた。


嫌いになるはずあるか。俺はいつも、お前から目を離せずにいるのに。


「嫌いになるか。――阿呆。お前はいつも、ひとりで何かして、・・・・ひとりで、泣こうとしやがるから。
心配で気になってしょうがねぇ。いつだって、頭の片隅にはお前がいる。

――嫌いになれるはず、ねぇだろう」


柊の手が、躊躇いがちに背中へと回される。
やがて俺よりもいくばかりか小さく、細い腕に力がこもり、柊が胸に顔をうずめた。


「ずっと、政宗さまの、傍にいさせてください」


また涙を流しているのだろうか。
震える喉を必死に押さえた声だった。


「・・・あたりめぇだ。――居なくなっても、迎えにいってやる。覚悟してろ」


雨音のときは、できなかったことを。
あの時なかった、誰かを護る力。
今の俺にはその力がある。



この力で、柊を、護っていきたい。
こみ上げてくる想いを、ただひたすら柊を抱きしめることで形にした。












政宗さん視点でした!
なんだかこの連載で今回、やっとまともな恋のシーンを書けた気がしますです、はい。
ヒロインと政宗両方の視点から書いてみてわかったこと。・・・書きやすい、伝えやすい!ww
今までほぼヒロイン視点で、でも第三者視点な曖昧な感じで書いてたんですが、これからはいろんな人の視点で話を書いてくのもいいかなぁなんて思いました。
ほんと分かりにくいですよね、読み返して改めて実感・・・orz
こんな読みにくい連載を読んでくださって本当にありがとうございます!!



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