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第一章
19「今の気分は?」


「柊ちゃん、成実だよー。入っていい?」
「はい!」


襖を開けると、そこにはお茶とお茶菓子の乗ったお盆を持った成実が立っていた。
成実は柊の顔を見ると人懐っこい笑みを浮かべた。


「ちょうど休憩もらったからさ、これ一緒に食べよう」


お盆の上を見ると、大きな草大福がふたつのっていた。
よもぎの匂いがほのかに香り、柊の鼻をくすぐる。


座ろうとする成実に座布団を差し出そうとしたが、猫が陣取って眠っているのを思い出した。
柊の視線で成実もその事実に気づいたが、特に気にする様子もなく畳に腰を下ろす。


「あはは。さっきの猫、柊ちゃんに傷直してもらってご機嫌だね。
あんなところで昼寝するくらい寛いでるのがその証拠だよ」
「そうなんでしょうか・・・。そうだといいんですけど」
「そうだよ。猫はああ見えて、警戒心は強い生き物だから。
・・・でも、傷の治療はずいぶん大変だったみたいだね」



柊の腕に深く食い込んだいくつもの爪あとが、まだ生々しく残っていた。


「いえ、大丈夫ですよ。こうなることを予想してたので、治療する前に猫の爪を先に消毒しておいたので」
「さすがお医者さん。でも痕になったらきっと梵が気にするから、しっかりそっちも治療するんだよ」


きみは本当に、自分に関しては無頓着だから――。
その言葉は口にせず、胸のうちで囁く。


「ささ、猫の件もひと段落したことだし、食べよう」
「はい!」


おいしそうに大福を食べる柊を見て、成実も笑う。


「最近、柊ちゃんと梵、仲いいよね。
最初は柊ちゃん、梵にすごく遠慮している感じだったけどさ」


成実の言葉に、柊は少し考え込むように目線を落とした。


「そうですね。最初は・・・・正直、奥州筆頭である政宗さまが怖かったのかもしれません。
でも最近気づいたんです。私はきっと、奥州筆頭という肩書きに、ただ恐れ多く感じていただけだと。
本当の政宗さまは、気さくで、優しいお方でした」


政宗のこととなると、一生懸命に向き合おうとする彼女の姿が成実にはとても新鮮に感じた。


「政宗さまと一緒にいると、今はとても安心できます。
ずっとあの方の傍にいたいとすら思ってしまいます」


・ ・・なんだか今、なちゅらるに告白を聞いてしまった気がする。
少々笑顔が崩れそうになりながらも、崩すまいと必死に顔に神経を集中させる自分自身が
成実にはおかしくてしょうがなかった。


「・・・ええっと、それはつまりその、・・・梵が好き、と?」


「? はい、もちろんです」


今度こそ顔が引きつるのを止められなかった成実はしょうがなく肩を落とした。
いや、でも梵だって十分柊ちゃんのこと・・・。


しかしふと、ここで成実はめぐる思考を止めた。
柊の人柄からして、こんなことけろりと言えるのだろうか。
思っていた人格との相違に成実は違和感を覚える。
柊の顔を見れば、相変わらずにこやかだ。ちなみに顔は赤くない。
やがて成実の感じていた違和感を証明するひとことが柊から発せられる。


「政宗さまは、まるでわたしの父のような・・・・、それと似た人のように感じるのです」


ああ、そういうことか。
柊にとって、政宗は父同然、つまりは家族のように感じているのだ。
それなら別に、好きだと躊躇なく言うのも納得できる。
なかなか家族が好きだと言うのに、顔を真っ赤にする人はいない。



――しかし、本当にそうなのだろうか。
またもやそんな疑問が頭を掠めた。


時折見る、柊の切ない瞳。何かを隠すような、態度。


柊はどこか、自分の本当の気持ちを自ら奥深くに沈めてしまっているように感じるのだ。
そして、代わりとなる「言い訳」も、用意周到だ。






―――――・・・・。




一通り思考を巡らせたあと、ひとつの「方法」を成実は思いつく。
考え付いたら即実行。
成実の強みでもある。行動力は伊達軍の中でも飛び抜けていると自負しているくらいだ。





手にしていた湯飲みを、そっと盆に置く。
突然立ち上がった成実を、柊はどうしたのかと見上げる。


柊の横に移動し、座り込む。そして柊の手にしていた湯飲みも、盆に戻す。


「・・・成実さん? どうされたのですか?」


湯のみを取り上げられ、行くあてもなく空を留まり続ける手を握った。


「えっと・・・どこか具合でも・・・?」


そしてようやく目のあった成実の瞳は、今まで見たことのないくらい、見た者の動きを止めてしまうような強い眼差しだった。
普段の成実からは見られない瞳の奥の、鈍い光を放つそれに柊は目をそらすこともできない。



やがて成実の顔が近づいてきて、柊はたまらず目を閉じ俯く。
柊の耳元に成実の吐息がほのかに聞こえたとき、成実の体重で、柊は畳へと押し倒された。


傾く己の体に驚き、おそるおそる目を開けると、覆いかぶさるように真上に成実の顔があった。
手は押さえられてしまい、身動きも十分にとれない。
それまで言葉を発さなかった成実が、柊の瞳をいたずらに覗き込みながら尋ねる。


「今の気分は?」
「・・・・こ、怖い、です」


柊の返答に、少し眉を寄せながら笑った。


「だろうね。これがもし小十郎ならもっと怖いだろうし、見知らぬ男なら殴り飛ばしてただろうね」
(・・・否定できない・・・・!!)


「―――じゃあ、梵なら?」
「・・え? 政宗さまなら・・?」
「そう。 僕が、政宗だったらどう感じる?」
「・・・・」


瞳や、顔の骨格がよく似ている彼の顔を、しかし政宗として認識したことは今までなかったが、
彼の言葉に引っ張られるように彼に政宗を重ねてしまった。


やがて柊の顔が、みるみる赤く染まっていった。
自分自身の中で煩いくらいに鳴る胸の音にどう対処すれば良いのかわからなかった。


「あはは。言葉にできない感情は無理に言葉にしなくていいよ。その気持ちは柊ちゃんのものなんだから」


ふと、一瞬緩んだ瞳が、今度は少し切なげに細まった。


「ねぇでも、これだけは覚えておいて。
言葉にしがたい気持ちって、その人にとってはとてもとっても、大切なものなんだってこと。
例えどんな感情であれ、そういう気持ちこそ、大きく進む原動力になる」


少し柊の手を掴む成実の手の力が強まったように感じたのは気のせいだろうか。


「だから、自分の本当の気持ちを隠すなんてこと、柊ちゃんにとっても、俺たちにとっても辛いから、しないで。
ちゃんと向き合って」



不思議と、成実の言葉がすとん、と柊の胸の中に落ちていったのがわかった。
気がつけば、はい、という返事が口から滑り出ていた。
成実はその返事を聞いて安心したのか、覆いかぶさっていた腰を上げる。

もう纏っている雰囲気は、いつもの彼だった。


「いやぁ、こんなの梵に見つかったら半殺しだな。
そんじゃ、梵が来ないうちに俺は退散するね。まぁなんか困ったことあったら教えて。
相談くらいなら乗れるからさ」





そう言って突風のように過ぎ去っていった彼を見送ったあと、柊は熟睡している猫を眺めながらしばらく物思いに耽っていた。
猫は人間側にいかようなことがあっても、それは別次元のことで気にすることすら阿呆らしく、終始熟睡していた。
その図太さが羨ましいと思いつつ、しかし自分にも少し当てはまる気がして苦笑いしたくなった。




結局その日は暇を見つけられなかったのか、姿を現さなかった政宗。
夕餉の時も姿を見かけることはなかった。


しかしそれに安心している自分に、柊はもう自分の気持ちを偽りきれないことを知った。















成実、男をみせるの巻ww
このお話は、連載始めた当初からずっと書きたかったお話のひとつなので
こうして書けることができてとても嬉しいです^^♪


彼は人間洞察力がとても鋭い、と思うのです
政宗と小十郎に挟まれてたら、やっぱり彼は彼なりに物凄く気を使うような気がして。

この回でヒロインは政宗への気持ちに気づくことになりましたが、以前キリリクで書いたお話も過程に含んでこのお話を書きました。
なのでよければそちらも一読してくださると嬉しいですorz
読んでいただきありがとうございました!


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