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第一章
18「俺がなんだって?」


「―――・・・」


今宵も、また目が覚めた。
うずくその箇所を握り締める。
何かがゆっくりと、確実に近づいてきている気がする。
不安で押しつぶされそうになる胸に、柊は手をあてた。










梅雨が明け、初夏の陽気を思わせるその日。
柊は公休日のため、意味もなく離なれの縁側に腰を下ろし、なにをしようかと考えを巡らせていた。
馬に乗って城下へ行こうかとも思ったが、それを政宗に言ったらやめろと言われた。恐らく先日の忍騒動のせいだろう。
小十郎の畑を手伝おうとも思ったが、まだ収穫の時期には少々早いため、特にすることもないらしい。
成実も最近はいつも以上に忙しそうだった。
慶次はふらりとどこかへ遊びに行ったらしい。意外に単独行動が好きな人みたいだ。
政宗も、執務室に篭りきりであまり姿を見かけない。


少し、寂しい気もする・・・。


ふと過ぎった思いに、柊は驚いて思わず手を空に振った。


「いや、別に政宗さまに限ったことじゃなくて・・・」
「俺がなんだって?」


突然聞こえた声に驚き顔を上げると、中庭に政宗がおり、あとには小十郎と成実も一緒だった。


「柊、ちょっとこっちこい」
「なんですか?」


政宗に手招きされ駆け寄ってみる。


「さっき道場の裏でこいつを見つけた」


そう言って重ねた腕の間からひょっこりと顔を出したそれに柊は驚いた。


「わあ、猫!」


そこには全身真っ黒の黒猫がいた。黄色の瞳が黒によく映える。


「こいつ足怪我してるみてぇなんだが、診てやってくれないか?」


見ると右足に赤く滲んだ切り傷があった。
猫はその慣れない切り傷に戸惑い、どうにか消えないかと執拗に舐め続けていた。


「本当だ。傷がありますね。動物の治療はしたことないのですが、なんとかしてみます」


そう言って猫を受け取った柊の頭を、政宗がぐしゃりと撫でる。


「頼んだぜ」


笑顔を向けられた柊は、明らかに頬が赤く染まっていた。
仲睦まじいふたりの姿を、成実も小十郎も見守るように眺めていた。
やがて再び歩き出した主の後ろにゆっくりと従いついて行く。
あ、と思い出したように、成実が柊に顔を向ける。


「柊ちゃん、そいつの怪我の治療終わったら、あとで一緒に茶菓子でも食べながらお話しよう」


成実のお誘いに、柊も嬉しそうに返事をした。
それを見て政宗は、どこか面白くない思いに小さく舌打ちをしたが、でも少しほっとしたように胸を密かに撫で下ろした。






柊は政宗から預かった猫をひとまず自分の部屋へ連れ帰り、部屋に備え付けてあった小さな箪笥から手持ちの傷薬を取り出す。
もちろん、動物用のものではなく人に使うものだ。


猫の傷は、恐らく木々の間を走るうちに枝が少々深く食い込んでしまったのだろう。斜めに傷がはいっていた。
消毒をしようと液を染み込ませた綿を傷口に押し当てると、染みるためひどく暴れた。
必死に押さえると、猫の爪が深く腕に食い込んだが構っていられない。
やがて落ち着いたため、傷薬を少量手に取り、優しく傷に押し当てる。今度はさほど気にならないようだ。
さきほどの消毒液で若干感覚が麻痺しているのかもしれない。
薬を塗っている間おとなしくしている猫が愛らしくて、柊の口もとは自然と綻びる。


「ああ、舐めちゃだめだよ」


塗り終わるとほっと一息つく間もなく、猫は薬を舐め始めた。
そういえばベトベトした感覚が猫は苦手だという話をきいたことがあった。
薬を舐めきられては意味がないので、包帯を細く切り、一巻きし結んだ。
あまりぐるぐる巻きにすると、傷の治りが遅くなってしまう。


包帯も気に食わないのか、しばらく不機嫌そうに包帯を取ろうとする猫を何度も止めながら過ごしていると、
ようやく諦めたのか疲れたのか、猫は部屋の隅をうろうろしだした。
やがて最高の寝床を見つけたように座布団を陣取り、寝始める。


そんな猫の姿を見て、柊はやっと一息つき、気持ちよさそうに眠る猫を眺めていた。
そうするとひかえめに襖が鳴り、聞きなれた声が聞こえてきた。


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あきゅろす。
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