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第一章
16「本当にわかりやすいねぇ」



ふと、目に留まる


礼儀正しくて、理性的な瞳をしている
第一印象は、そんな感じ


でも、毎日を共に過ごしていくなかで
コロコロと変わる表情 何かを我慢するような横顔


この子は、大人しいわけでも理性的でもない
ただひたすらに 隠しているだけなんだ


――本当の自分、ってやつを












「どうやら、雨季に入ったようだな。ようやく春が来たかと思えば、あっとゆう間にいなくなりやがって」


今日も今日とて、愚図ついた雨雲を見上げながら政宗は溜息を零す。
小十郎も政宗にならって空を見上げたが、彼としては畑の作物が潤い育ってくれるため、むしろ感謝の言葉を心の中で囁く。


しかしここ数日の雨のおかげで、伊達軍の使用している道場内の士気は下がる一方である。
天気に左右される士気もいかがなものかもしれないが、篭りきった室内、湿気、べた付いた床。
些細なことも、毎日のようにずっと続けば十分士気を下げる武器になった。


広間に入り、すでに来ていた成実と腰を下ろした三人は今後のことについて話し合いを始めた。
軍義にせよ、話し合いにせよ、幹部を集めて案件を提示する前に、大抵政宗と小十郎、もしくは成実を合わせた三人で簡単な話し合いを行う。
手元にある情報をそのまま提示したところで、血気盛んな伊達軍には混乱を招くだけだからだ。


「――まず、ふたつの問題を奥州は抱えている」


パチンと、手にしていた扇子を政宗は閉じた。
それに応えるように小十郎が口を開く。


「ひとつが徳川の忍が許可なく奥州に侵入し、なにやら嗅ぎまわっている件。
そしてもうひとつが、城下を中心に頻発している女攫いの件」

「ふたつの事件を別件として考えていたけど、前田慶次の持ってきた情報でそれが一変したってわけだね」

「That’s right. 女攫いをしていたのも、徳川の忍だってことがこれではっきりした。
ここで問題はふたつだ。
なぜ、奥州の女を狙うのか。そして、徳川の忍を影で操る者の存在、目的はなんなのか」 

「奥州の女の子に、何か惹かれるものでもあるのかね、首謀者殿は」


成実が面白そうに笑う。


「徳川の忍は、随分と殺気だっているのでしょう? 
ということは、影で操っている者は相当の権力保有者か力に優れているか。
もしくはその両方を持っている者である可能性が高い」

「そうだな。ひょっとしたら、徳川家康公をも掌握できる奴なのかもしれないよ。
そうすると随分絞られてくるけど・・・」

「徳川の忍を捕まえたところで、大人しく話しはしないだろうしな。なんにせよ、情報が少ねぇ」

「・・・奴らがこの米沢城に奇襲をかける可能性も、まだ十分にありえますな」

「ああ。目的がわからねぇうちは、その可能性は捨てきれねぇな」

「奇襲対策は早いうちから行っていたから、もし奇襲があったときの事態への対応もしっかり家人には広めておいた。
だから多少の混乱はあるだろうけど、収集がつかないほどにはならないと思うよ」

「Good. 城周辺及び城内の警護も、普段以上にしてある。
なにか徳川の忍に動きがあれば真っ先にわかるはずだ。
ひとまず俺たちは、情報収集だな。
小十郎、徳川の周辺の関係人物、事件、幹部、なんでもいいから調べて、怪しい情報があったらすぐ知らせろ。
成実は女攫いについてさらに調べろ。
あと、攫われた女達の行方についてもな。届出があるのだけで、17人だったな。
それだけ攫われて、まだ死体は一体もあがっていない。ってことは、生かされてどこかに匿われている可能性が高い」


「「――御意」」


さっそく、それぞれの調べものに取り掛かるため、ふたりはその場をあとにする。
政宗もしばらくしたあと、立ち上がり部屋を後にした。









「おいわっぱ。そこにいられちゃ邪魔じゃ。用もないのにここに来るな」


じとりと、医務室の真ん中を陣取り座っている慶次を鄭は睨んだ。
しかし当の慶次は特に気にした風でもなくあっけらかんと返す。


「まぁいいじゃねぇか。
邪魔になりそうならさっさと出てくし、それに患者も雨のせいか、少ないみたいだし?
あんたらも暇だろ?」


なぁ柊ちゃん、そう言って書類の整理をしていた柊に話をふる。
柊としては、慶次が医務室にいることをさほど気にもかけていなかったらしく、はぁ、と少し苦笑いだ。


小十郎には奇襲騒ぎが続く暫くの間は鄭と柊、一人ずつ交互に医務室に入ってほしいと言われたばかりだが、
暇をもらっても柊としては何もすることもなく、こうして医務室で鄭のお手伝いをしている。


「ここはお前さんの暇つぶしのためにある場所じゃないわい!」


鄭と慶次はどうやら馬の骨が合わないらしく(鄭の一方的に見えなくもないが)、
慶次が医務室に姿を現し、自己紹介をし終えた直後からこんないがみ合いが度々起こっている。


医術に秀でている鄭としては、医務室も彼にとっては神聖な場所なのだろう。
そのため、暇な人のための溜まり場になっていることが許せない。


鄭がいないときは、政宗や城の人が雑談をしに医務室を訪れることが度々あるが、それは黙っておこう。
ふと思った柊に、そうじゃ、と鄭が数枚の書類を手にする。


「柊、悪いがこの書類を政宗さまに届けてきてくれんか。
奇襲騒ぎがあるからな。もしもの時のために備えあれば憂いなしじゃ」


書類を見れば、傷の治療に使う数種類の名前と量が書かれていた。
確かに、事が起きてから薬の手配をしても間に合わない。先駆けて薬を準備しておくのは大事なことだ。
しかし柊は、その書類を受け取り少々困惑した。


「ええっと・・・、政宗さまに、ですか?」
「そうじゃ。なんじゃ、浮かない顔して」
「えっ!?いえ、別に」


しかし明らかに戸惑っている姿に鄭は首を傾げる。
一方の慶次は何か思うことでもあるのかじっと柊を見つめる。
やがて意を決したように柊は頷き、いってきますと誰に言うでもなく立ち上がり部屋を後にした。


「なんじゃ、あいつ。以前ならもっと嬉しそうに出て行きおったのに」
「ははは。本当に柊ちゃんは分かりやすいねぇ」


その一言にさらに鄭は不機嫌な顔をして、今度こそ慶次は医務室から追い出された。






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