第一章 08「これはただのprideだ」 朝起きて空を仰ぐと、眩しいほどに晴れていた 春らしい、心地良い気温 まさに今日こそ、散歩日和とでもいうのだろう 「柊殿、どこかへお出かけか?」 柊が身支度を整え、廊下を歩いていると後ろから小十郎に声をかけられた。 柊は一瞬顔が引きつったがなんとか気づかれずにすんだ。 「は、はい。ちょっと城下まで行ってみようかと」 「ほう、城下に。しかし道は大丈夫か?あまり城下には行った事はないと聞いたが・・・」 「! 大丈夫です! 道は・・・この前女中さんに教えていただいて」 「ならよかった。ゆっくり楽しんでくるといい」 「はい! あ、ぜひ今度小十郎さんの畑も見せてくださいな」 「ああ。いつでも見に来るといい」 まさか政宗と行くから大丈夫なんて言えるわけがなかった。・・・しかし。 「あれー!柊ちゃんおでかけ!? 着物かわいいー」 小十郎の後ろからひょこりと顔を出したのは成実であった。やっかいな人がきたと何気にひどい事を考えた柊であった。 「ありがとうございます。あまり外出用の着物は着慣れていないので恥ずかしいんですけど」 「いやいや、似合ってるよー。 どこに行くの?」 「城下へ行こうかと」 「へー! じゃあ俺も行く!」 ぴしっと柊の笑顔が固まった。これ以上話をややこしくするのはやめてください・・・。 そこへ救世主が助け舟を出す。 「なに言ってやがる。てめぇにはまだ仕事が残っているだろうが。さっさとやりやがれ」 小十郎の雷が鳴り、成実は仕方ないといったふうに肩をすくめた。 「はーいよ。 じゃあ柊ちゃん楽しんできてね!あ、でも城下にはあくどい奴らもいるから気をつけてね」 「はい、ありがとうございます」 ようやくふたりから開放され、安心する柊なのであった。 ――正午。政宗に言われた通り、柊は裏門に行くとまだ政宗の姿はなかった。 小十郎たちに見つからずにうまく抜け出すことはできたのだろうか。 すると馬の蹄の音が聞こえ振り返ると、丁度政宗が馬を引き連れて裏門からでてきたところだった。 見た目は普通の庶民のような格好だが、妙に馴染んでいるのが柊には気になった。 よく城下にはお忍びで行くと言っていたから、そのせいだろう。 いつも付けている眼帯も、装飾などはなにも施されていない質素なものを付けていた。抜かりが無い。 政宗はというと、見慣れない柊の着物姿を、珍しいものでも見ているように眺めた。 「よぅ柊、ちゃんと来たな。・・・その着物の藍色、きれいだな。アンタによく似合ってる」 「え・・・あ、ありがとうございます。 馬で行かれるのですか。でしたら私も馬を連れてきます」 褒められ慣れていない柊は、少々顔を赤くしながらも馬をとりにいこうとしたが、政宗に止められた。 「Wait! あんた馬には乗り慣れてねぇだろう? それに着物でどうやってひとりで乗るつもりだ?」 「それはそうですけど・・・。じゃあどうすればよいのですか」 「俺の馬にのりゃいいだろうが」 「・・・・・・・・・・」 「なんだァ?その明らかに嫌そうな顔は」 柊は、政宗と初めて会った時乗せてもらったことを思い出していた。 あの時は足場の悪い森だったというのもあり、それに政宗の荒い乗馬も加わり大変な目にあった。 政宗はそのことを察したのか仕方ねぇな、とため息をつき言った。 「安心しな。今日通るのは山道じゃねぇし、そんな荒く走ったりもしねぇ。前よりは快適だと思うぜ?」 確かにここでなおも拒否して政宗の後をいくという事になっても、馬の扱いにはあまり慣れていない柊にはそっちの方が大変で、政宗にも迷惑をかけるかもしれない。 というか確実にかける。 「・・・わかりました。じゃあ後ろ失礼しますね」 そういって柊は政宗の後ろに乗り、また振り落とされないようしっかりと政宗の着物を握った、が。 彼のいう通り、以前の荒さはまったくなく、振り落とされるような心配もなかった。 きっと気を使ってくれてるのだろう、そんな些細な優しさに柊は嬉しさがこみ上げた。 山道には山桜が花を満開に咲かせており、駆けていく馬に乗りながら見とれていると政宗が声をかけてきた。 「ああ、そうだ。城下で間違っても俺の名前を呼ぶなよ?」 お忍びで来ているわけで、城下の者に知られたらもう今までのように行けなくなるだろうし、小十郎にもこっ酷く叱られるに決まっている。 「そうですね。・・・でも、そしたら政宗様のことをなんてお呼びすれば・・・」 「藤次郎でいい。城下の奴らにもそれで通している」 「わかりました!」 暫くすると、家が何軒か見えてきた。 やがて広く開けた道になり、問屋や役所、甘味処など大小さまざまな建物がぎっしり並ぶ通りにでた。 政宗は慣れているようにまず馬を預けた。すると店の主人が「お、藤次郎の旦那じゃねいかい!暫く見なかったが元気にしてたのかい?」と話かけて来た。 随分この店の主人とは仲がいいらしい。主人は柊の顔を見るとにやりと笑い、「旦那もやるねぇ」と政宗を肘で小突いたがどういう意味なのか、柊にはさっぱりわからなかった。 外に出て改めて辺りを見回してみる。 米屋、食事処に甘味、薬屋に問屋、数多の店が連なり、そこをたくさんの人が出入りし、歩き、話し声や笑い声、どこからかは怒鳴り声なども聞こえてきた。 城下とはこういうところなのかと、柊はただただ驚くばかりだった。ぼーっとしていると政宗に呼ばれた。 「おい、柊! なに突っ立ってるんだ。行くぞ」 「あ、はい! 申し訳ございません」 人に呑まれていく政宗を見失わないようにと、柊も急いで後を追った。 「とりあえず昼飯にするか。柊、好き嫌いあるか?」 「いえ、特にありません」 「Ok.なら俺の行きつけの定食屋がある、そこでいいか?」 「はい!」 暫く歩くと、政宗はなんら変哲のない一軒の店に入っていった。 店の中は昼時とあってか混み合っていたが、料理を作っていた店主らしき男が裏方から顔を出し、政宗の姿を見つけると笑顔で声をかけてきた。 「おお、藤次郎さんでねぇか! 暫く見なかったが、またどこぞで暴れてたんだろう?」 「Ha! ご期待に添えずで悪ぃがここ最近は体が鈍っていてな。 相変わらずの繁盛ぶりだな、ここは」 「ああ、なんせ世は戦国さ。食べて皆体力つけなぁね。ささ、座った座った!」 店主は政宗の後ろにいた柊を見つけるとにこりと笑い、同様に席を勧めてくれた。 「親父、いつものやつを二つ頼む」 「はいよ!ちょいと待ってなよ旦那」 そういって店主はさっそく作りに行ったのか、裏方へと消えていった。 「政・・・藤次郎様はここによく来られているのですね」 「・・・“様”付けもやめろ。不自然だろうが」 “様”付けされ政宗は、しまったというふうに向かいに座っている柊に顔を寄せ言った。 「ええっ!でもそんな・・・」 「No Problem. 別にここには俺の素性を知る奴なんて誰もいやしないんだ」 (いやいやいや・・・!) ――奥州筆頭伊達政宗。二つ名を独眼竜。 城下の人たちのように、知らずにならさん付けだろうが呼び捨てだろうができただろうが、柊は政宗の素性を知ってしまっている。 知ってしまった以上、軽々しくそのようなことができるほど、政宗の地位は軽いものではなかった。 と、政宗が柊の頭の内を読んだかのようにため息をついた。 「ったく、お前のその頭の固さは小十郎並みだな。 ――俺は生まれも育ちもあの城だ。だからこそ、こいつらがどんな暮らしをしているのか知っておかなきゃならねぇ。 上に立っていたって、足元が見えてなきゃ豆腐の上に乗っているようなもんだ。不安要素に揺られて、どっから崩れるかわからねぇ。 まぁつまり、ここにいるときはこいつらの中に溶け込みてぇんだ。だから普通に藤次郎って呼べ」 ふと豆腐の上に乗っている政宗を想像したら面白くなってしまったが、必死ににやけないよう集中する柊だった・・・が。 政宗が柊の顔を見て不機嫌そうに眉を寄せる。 「てめぇ・・・笑い堪えてるんじゃねぇ。」 「す、すみません・・・。 でも、お考えのことはよくわかりました・・・藤次郎さ、ん」 ぎこちなくだが、なんとか“さん”付けで呼ぶことができた。とりあえずはそれで政宗の機嫌も多少はよくなったようだった。 それから程なくして、先ほどの店主が料理の乗ったお盆を持ってやってきた。 「ささ、お待たせ!今日は新鮮な鮎が沢山とれてね。さぁ食いねぇ食いねぇ!」 「わぁ、美味しそうですね!いただきます」 鮎の塩焼きという、シンプルな料理だったが、それなのに味に深みがあるから不思議だった。恐らく食材から調味料まで店主のこだわりがあるのだろう。 おかげで鮎の自然な美味しさがよく立っていた。 城の料理ももちろん美味しいが、作り方ひとつで例えそこいらに溢れている食材でも十分高貴な料理に変身できることを柊は感じた。 政宗が行きつけにするだけのことはある。 「どうだ、うめぇだろ?」 「はい、とっても!」 あっという間に平らげたふたりは店主にお礼を言い店を後にした。 暫く歩くと簪屋が目に止まった。 柊はいつも長い髪をまとめるため簪をしていたが、もともとは母に貰ったもので、自分の簪は持っていなかった。 数年同じ簪を使い続けていて、そろそろ色が剥げてきていた。 「藤次郎さん!少し簪屋に寄ってもよろしいですか?」 「sure.」 店の前には色とりどりの簪が並べられていた。 「・・・簪って、こんなに種類のあるものなのですね」 「Ah? 簪屋は初めてなのか」 「家の近くに小さな簪屋はありましたが、こんなに色とりどりではありませんでした」 「へぇ。何色がいいんだ?」 「・・・何色、が良いのでしょうか。今まで黒のものしか付けた事がありませんので・・・」 「よし、俺があんたに似合うの見つけてやるよ」 「ええっ!? そんな、いいです・・・」 止める柊を完全に無視し、政宗は何本か簪を手にとると、それを柊の頭に合わせ始めた。 柊は成すすべもなくただひたすら固まっていた。やがて政宗が数本手にしていた内の一本を柊の前へ差し出す。 「これだな。これがあんたに一番似合う」 それは赤色の簪で、先のほうには白い花の装飾が小さく施されている。派手すぎず、でもきっとこれを挿しただけで印象が変わるだろう。 柊もその簪が一目で気に入った。 「ありがとうございます!まさっ・・藤次郎さん!すみません、これくださいな」 柊が小銭を出そうとすると、先に政宗が小銭をだした。 「え、あの・・・」 「まともに城下回ったのは今日が初めてなんだろ? 記念といっちゃあなんだが、俺からのpresentだ」 「プレゼント・・・? もしかして贈り物という意味ですか?」 「Ha! 段々南蛮語に慣れてきたみてぇだな」 「でも、悪いです。そんな・・・」 「貰えるもんは貰っとけ。それに、これはただのprideだ。」 「・・・すみません」 「なんで誤るんだ。こういう時なんて言うか知ってるか?」 「ありがとうございます」「thanks」 ふたりの言葉が重なり、少し驚いてふたりとも目を見合わせて笑った。 「――ありがとうございます、政宗様」 「・・・・――、」 満面の笑みで柊がお礼を言うと、なぜかその時政宗が黙り込んでしまったが、柊は全く気づかなかった。 自分でも嬉しいくらいに、感謝の気持ちを言葉にしたのはいつぶりだろう・・・。 柊は、政宗にもらった簪を大事にしまった。 その後、政宗と歩いているとさまざまなところから声がかけられた。どうやら政宗はいろいろな店を回ってはそこの者たちと仲良くなっているらしい。 城下の暮らしを聞くために、いろいろな話をしているのだろう。城下の人たちは皆温かみがあって、今の生活が楽しくて仕方ないといったふうだった。 きっとこれも全部、民の生活に近い場所にいようとする政宗や、政宗を支える城のものたちの働きがあってこそなのだろう。 ――――――― 政宗との城下散策前編! 本当はこんな長くなるはずなかったんですがいつの間にかこんな事に・・・ というわけで、すいません、続きます(なげぇよ!) 政宗の民に対する気持ちが少しでも伝わっていたら嬉しいです 後編では政宗と主メインに話を進めますのでちょっと待っててくださいな ちなみに成実は小十郎に止められなかったら本気でついて行くつもりでしたw [*前へ][次へ#] [戻る] |