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2G

 通路ですれ違う男達が、パンドラを見て頭を下げる。中にはパンドラのことを「パンドラ」と呼ぶ者も居れば、「サード」と呼ぶ者も居た。無論、どちらも本当の名前ではない。パンドラは彼のコードネームであり、サードはヴァルハラでの地位――ボスを頭に三番目の意だ。
 そういえば、とガンマンは記憶を思い起こす。 今でこそ市囲中に知れ渡る有名な話がある。パンドラがセカンドを撃ち殺し、当時のサードが繰り上がってセカンドに、そして、パンドラがサードに就いたというものだ。
 とある情報屋がその一件を目を輝かせて語った時、パンドラが地位だの権力だのといったものに拘る人物だと思っていなかったガンマンは、何か他の理由があってのことだろうと推測したが、こうして実際に会ってみると、それもまたどこか違うように思えてくる。しかし、その頃にせよ今にせよ件の真偽には然程興味も涌かず、わざわざ訊ねてみる気も起きない。ただ一つ確かなのが、パンドラという男が明らかに‘異常’であるということだった。
 そんな随想に耽っている内、パンドラの歩調が丁度良いのか、揺られる心地よさにすっかり瞼が重くなっていた。疲労も蓄積していたのだろう。ガンマンは、まるで誘われるように現実と夢との境界線を滲ませていた。
 しかし、カクリと頭が傾く直前、パンドラの足が止まった。
 どうしたのかと、ガンマンがパンドラの頭の横に首を伸ばして前方を覗くと、向こうから薄褐色の肌に白髪の若い男が片手を上げて歩いて来るのが見えた。ガンマンは寝惚け眼のまま、パンドラの肩に顎を置いて成り行きを傍観する。
「よ、サード」
 男は、口許にぶら下がる沢山のピアスを揺らして言った。派手な風貌を裏切らず軽快な声だ。だが、パンドラは答えない。それどころか、止まっていた足を踏み出して男の横を通り過ぎようとした。
「おい、ちょっと! 酷えな、せっかく久しぶりに会ったってのに。つうか、何? その背中の……幻覚じゃないよね? 幻覚なの? じゃなかったら、なんか物凄く信じらんない光景見ちゃってる気がするんですけど」
 ガンマンは、パンドラの機嫌が一気に傾くのを感じて欠伸のような溜め息を吐いた。だが、白髪の男は気付いているのかいないのか、パンドラが答える気がないと判ると、標的をガンマンに変えて笑顔を作る。
「ねえ、君誰? あ、俺はベンゼンっていうんだけど。一応これでもトリマーなんだぜ」
 トリマーとは医者のことだ。但し、違法行為もなんのその、所謂闇医者である。
 ガンマンは、後ろからついてくるベンゼンに「パンドラに雇われたスミシー」とだけ答えた。ベンゼンは一瞬硬直したように立ち止まり、それから通路に響き渡る奇声を上げて、再び二人のすぐ後ろに走り寄る。
「マジで? え? どういうこと? パンドラが雇ったの? 個人的に? てか待ってよ、そっち治療室じゃん。どっか悪いの?」
「足が痛え。あんたが診てくれんの?」
「えっ? ああ、勿論! ……ええと、怪我かな?」
「鬱血してる」
「ふうん。じゃあ念の為レントゲン撮ろっか」
 ベンゼンは、そう言うと駆け足でパンドラを追い抜き、少し先にあるドアを開いて待った。
 そのドアの先、ベンゼンに促されながら一言も喋らないパンドラとガンマンが訪れた一室は、治療室というだけあって医療器具も設備もきちんと揃えられた「治療室」だった。隅に清潔そうな診療台が整然と三つ並び、近くには最新の空気清浄機も取り付けてある。至る所に消毒液のボトルが配置されており、入った瞬間に鼻を突いた独特の匂いにガンマンは懐かしさを覚えた。
「こっちに座って」
 幾つもの医療機器に囲まれたデスクの側にある小さな椅子を指してベンゼンが言った。やはり無言のパンドラは、そこにガンマンを下ろして近くのパイプ椅子に腰掛ける。

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あきゅろす。
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