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2G



 
「気が変わった」

 つい先刻まで拘束されて居た部屋よりは幾分広く、しかし、打ちっぱなしのコンクリートに騒々しい空調機と、やはり無機質な部屋には、ガンマンとパンドラ、そしてボスと呼ばれる長髪の男と、もう一人、黒渕の眼鏡を掛けた細身の男がそれぞれ座る年季の入った革張りの黒いソファーが向かい合って二つ、それからソファーに挟まれてニスの剥げかけた古めかしいテーブルが置いてある。
 床にはガンマンが丸めて落としたホットドッグの紙が散乱していて、テーブルの脚の側にはミルクの空き瓶が転がっている。ガンマンはその空き瓶を踏んでゆらゆらと動かしながら、何個目かになるホットドッグの残りを口に押し込んで、険しい表情のボスを見た。
 薄明るい照明に浮かび上がる、真っ赤な髪と少し日に焼けた肌。どこか野性的なパンドラとは違い、人に揉まれて生きてきたような人相――まるで有り余るカリスマ性に埋もれたペテン師のようだ、とガンマンは思った。頬には大きな火傷の痕があるが、パンドラ同様誰もが思わず見とれる程の顔立ちの良さがそれすら気にならなくさせている。他とは一線を画すその存在感は、まさにボスと呼ぶに相応しかった。
 隣では、パンドラが興味深そうな目をガンマンに向けている。ガンマンは、口の中のホットドッグを咀嚼しつつ、それには気付かないふりをしてこの後の返答の仕方を考える。
 ホットドッグを飲み下したところで、ガンマンはボスへ向けて口角を上げて見せた。ボスは怪訝そうに眉をひそめたが、それも一瞬で、すぐに先程までの高圧的な表情に戻し、それってのは、と脚を組み替えて言った。
「どういうことだ」
「ヴァルハラに雇われてやる気が失せた」
「へえ?」
「俺は、パンドラに付く」
 ボスを見据えたまま言うと、ボスとボスの隣に座る男が同時に目を見開いた。その目が揃ってパンドラに向くのを見留めながら、ガンマンはパンドラとの間に山積みされたホットドッグを一つ取って包装を解く。
「どういうことだ。何故パンドラに? お前は……」
 ボスの隣で男が黒縁の眼鏡を押し上げながら、いやに冷静な声で問う。だが途中でガンマンがホットドッグに噛み付くと、男は続けようとしていた言葉を飲み込み、代わりに溜め息を吐き出した。
「ロープを解いて、目隠しを取って、ホットドッグとミルクをくれたから」
 ガンマンは一口を胃に納めて答えた。
 ボスと男と、そして今度はパンドラまでもが驚いたように身じろぐ。
 ガンマンはちらりと視線を流し、瞬きを繰り返す真っ黒な瞳を見上げる。はっきりと自身を映すその瞳に「ミルクお代わり」と要求すると、パンドラは我に返ったように小さく愉快気な笑みを浮かべて立ち上がり、ソファーを迂回して鉄のドアを引き開け、通路に立つ男に何かを言い付けた。
 パンドラがドアを閉めたところを見計らったように、ボスが笑い含みに口を開く。
「助けながら餌付けか」
 それは効率的だ、と言うボスの声はパンドラに向いていたが、それに笑いながら頷いたのはガンマンだった。
「餌付けはね。でも、助けられたなんて思ってない。寧ろパンドラもあんた達も加害者だろ。で、俺は可哀想な被害者様。まあ、ただ俺も馬鹿じゃねえんで、一度捕まっちまった以上、あんた達ヴァルハラが大人しく俺を逃がしてくれる筈が無えことくらい解ってる。はたまた、ここで仲間になったところで安全確実とは言い切れねえってこともな。あんた達のお仲間が俺を傷つけない保証は無えし、逆に俺があんた達の“短気な”お仲間を殺っちまわねえ自信も無えんだからよ。けど、流石にここから逃げ出すには骨が折れる。下手すりゃ死ぬかも知れねえ。だったら、外でもヴァルハラでも一目置かれてる奴の専属になった方が色々と都合が良い。つまり、ヴァルハラ内でのそこそこの安全と、万が一俺がヴァルハラのメンバーを蜂の巣にしちゃっても、身内殺しにならないこと。そんでもって、パンドラの許可さえあれば、ヴァルハラ以外の客も取れる。パンドラとあんた達次第でいくらでも金儲けが出来るとなりゃあ、この状況下でこれ以上のイイ話は無いでしょ、ってのが俺の考えさ」

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あきゅろす。
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