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 過去にスカイウェイと呼ばれていた罅だらけのアスファルトが、一歩進むごとに小さな瓦礫を生んで崩れていく。それに伴って感触背中の温もりが段々とずり落ちていくのを感じ、パンドラは足を止めた。
「生きてるか」
「生きてる」
 ガンマンは答え、パンドラの背を降りた。生温い風がアスファルトを滑り、金色の髪を撫でて通り過ぎる。舞い上がる砂塵に身を沈めるように地べたに座り、ほっと息を吐いた。
「最近、疲れることばっかりだ」
「そうなのか」
 パンドラは立ったまま煙草に火をつけた。吐き出される紫煙の下で、ガンマンは俯いて膝を抱える。
「誰かさんに追い回された時が一番疲れたよ」
「俺は楽しかったぜ。お前は小動物みたいに逃げるのが上手いからな」
「それって誉めてんの?」
 ガンマンは不貞腐れながら膝に置いた腕に顎を乗せ、遠くに並ぶビルの間に見えるほんのり赤く色付き始めた空を眺めた。不思議なもので、作り物と分かっていても、夜になれば月が昇り星が瞬く空を見るとどこか安心する。それはきっと、誰にも干渉されることなくひっそりと行動できる自由の時間がそこにあるからだ。
 だが、今は違う。首輪を付けられた今、ヴァルハラという檻の中で、レジスタンスという枠の中で、許される自由はこの首輪から延びる鎖の届く範囲だけなのだ。
「なあ、なんで逃げねえの?」
 ガンマンは尋ねた。パンドラはガンマンを見下ろし、煙草をくわえたまま隣に腰を下ろした。
「別に誰にも追われてねえ」
「そうじゃなくてさ。なんでヴァルハラに居んのって話」
「なんで……」
 パンドラは呟くように繰り返すと、指先で煙草を弾いた。アスファルトに落ちた灰が、風に吹かれて転がっていく。パンドラはそれを目で追いながら、微かに苦笑のような笑みを浮かべた。
「考えたこともねえな。ただ、あそこは自由が利く」
「自由?」
 ガンマンは目を丸くしてパンドラを見上げた。ガンマンにとっては集団こそ不自由の象徴なのだ。統制のとれた組織など、その最たるものなのに。
 ――なのに、何故。
 パンドラはボスの命令にも従わない。ボスも、ミダも、ヴァルハラの誰もがそう口を揃えて言った。ガンマンは目を伏せて微笑む。そうだ、パンドラは誰にも何にも縛られない。しかし、だからこそ不思議でならない。
「パンドラは、何処に居たって自由だろ」
「どうして」
「さあ? つうか、俺の方が聞きてえよ。俺はいつだって自由でいたいのに、上手くいかないから」
「俺には、お前の方が自由に生きてるように見える」
「捕まえといてよく言うよ。俺に首輪付けやがった張本人のくせに」
 ガンマンが吐き捨てるように言うと、パンドラは初めて声を上げて笑った。ガンマンは驚いたが、そのうち他に誰も居らず降りるのも一苦労な廃れた道路の上で肩を震わせ続けるパンドラにつられ、一緒になって笑ったのだった。
 やがて日が暮れ市囲がネオンの明かりに染まった頃、ふとパンドラは立ち上がり、ガンマンを背負った。
「歩けるから降ろせよ」
 ガンマンは溜め息混じりに訴えたが、パンドラは頷かずに歩き続ける。
「すぐそこに非常用の昇降口がある。“足”を用意する間、どっか近くに隠れてな」
「足?」
「暫く地下は使えねえ。地上じゃ足が無えと不便だ」
「なら俺の単車使えよ」
「お前の?」
 パンドラは、横目にガンマンを映した。パンドラの右肩に顎を乗せていたガンマンは、視線に気付くと悪戯っぽく口角を上げ、右手で西の方角を指した。
「そこに見える廃ビルの北側、でかい看板の裏に隠してあるから」
 ロックは解除出来るよな、と聞かれ、パンドラは頷きながら苦笑する。
「お前の考えることは、本当に予測できない」
「お互い様だろ。俺ばっか簡単に予測されてたまるかよ」
「赤髪が頭を抱える訳だ」
「ボスにとって一番の悩みの種はあんたじゃねえか」
「だと良いがな。捕まってろ」
「……は?」
 何、とガンマンが尋ねる間も無くパンドラはアスファルトを蹴っていた。ガンマンは突如訪れた浮遊感に呼吸を忘れる。見える景色が下から上に――落下。そう理解したのは、酷い衝撃と轟音を伴ってパンドラの両足が硬い鉄板を踏み締めた時だった。
「手摺に掴まりゃ階段くらい下りれるだろ。落っこちるなよ」
「いきなり落っこちた後に言うなよ……。クソ、心臓止まるかと思ったじゃねえか」
 ガンマンは鉄筋の階段に腰掛け、払うように手を振りながら「さっさと行けよ」と吐き捨てた。パンドラは喉で笑うと、ポケットに手を突っ込んで悠々と階段を降りていき、踊り場を過ぎて姿を消した。
 一定のリズムを刻む足音が地上へ向かって遠ざかる。強い風に背を打たれ、まるで取り残されるような感覚にはっとしたガンマンも、やがてその足音を辿ろうと手摺に手を掛ける。
「痛え」
 痛みに息を詰めながら、両手と片足で器用に降りる。無意識に足音を消して地上を眼下にとらえた頃には、両腕の筋肉が悲鳴を上げていた。



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