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 大丈夫、殺られはしない。俺には多大な利用価値がある。
 だが、そう理解していてもパンドラの気配には無視出来ない威圧感があった。目隠しのせいもあるのだろう。何も見えない状況というのは、それだけで少なからず不安をもたらすものだ。強張る身体をどうにかしたくとも、後ろ手に縛られた状態では、まるで自分の身体でないように上手くいかない。
 ふわりと風が頬を撫でた。ほんの数十センチの距離にパンドラが居る。この感情が恐怖でないと認めることは出来なかった。
 パンドラ相手に駆け引きは無意味だ。この状況で唯一の武器である利用価値ですら、無意味かも知れない。考えれば考えるだけ、思考回路があやふやになってくる。
 そんな中、最大限にあらゆる感覚を研ぎ澄ませていた俺に降ってきた声は、拍子抜けする程穏やかなものだった。
「おい、腕ごと切られたくなけゃ力抜け」
 やはり好い声だ、などと思って簡単に脱力した俺の、なんと軽率なことか。
 手際良くロープが切られていくのが分かる。先ずは手首、それから仰向けにされて足首も自由になった。流石に長時間縛られっぱなしだったからか、動かしてみれば殆ど感覚の無い腕と手首に鈍い痛みを感じた。目隠しを取りたいが、この調子では暫く取れそうにない。
 仰向けのまま肩や腰の痛む関節に唸っていると、そっと後頭部に大きな手が入り、頭を持ち上げられた。一瞬、あまりの驚きに痛みを忘れる。
 するりと目隠しが外された。張り付いてしまったのではないかと思うほどに重たい瞼を上げた瞬間、ずっと暗かった視覚を薄明かり程度の筈の光に刺激され、俺は強く目を瞑って俯いた。瞼が腫れぼったい気がする。布の感覚が消えて、目元に当たる外気が妙に冷たく感じる。そういえば、物凄く腹が減っていたのだと、半ば現実逃避のように思い出した。

「ホットドッグとミルク」

 これが、パンドラへの第一声だった。光を恐れ、ゆっくりと開けた眼に飛び込んできたのは、数日前、意識が暗転する直前に見た真っ黒な瞳と、紙に包まれたホットドッグとミルクの入った瓶だった。












20110524

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