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 「斜め上を行く」この連中には、焦燥感というものが足りていない。かくいう俺にも焦る気持ちなど微塵も無いが、今の状況を考えれば、いくら腹黒で切れ者のボスの手のひらがでかいとはいえ、楽観して踊っていられるだけの余裕などありはしない。あくまで、ヴァルハラは囲まれ、追い詰められている側なのだ。
 それは、リリーの言うような弾切れの心配をしている訳ではなく――正直、そんなことはどうでも良かった――、問題は、奴らの根がどこまで伸びているか。つまりは、仕立て屋の動向だ。
「泳がせてやりたいのは山々なんだけどさ」
 遠くで轟いた爆発音を聞きながら呟くと、それを拾ったらしいパンドラに、ふらふらと揺れていた前髪を掴まれ、引き寄せられた。
「っ痛え! 何だよいきなり!」
「難しい顔してるな」
 鳥肌が立つ程艶かしい声で囁かれ、思わず体が硬直する。口を開くよりも、全身が熱る方が早かった。
「奴等は、まだ動かねえよ」
 引き寄せられた頭は、地面が見えるように角度を変えられた。恐らく赤くなっているであろう顔面を見られないで済んでいることに喜ぶべきか。それにしたって酷い扱いだ。しかし、痛みに瞑った目を僅かに開くなり、その痛覚すら綺麗に消え去る。
「これ……」
 地面に書かれた文章は、紛れもなく復号された例のメールの内容だった。
「銃を手に、政府を駆逐し、ヴァルハラを焼き払え――? ……もっともらし過ぎる一文か。一通目のメールにしては随分と抽象的で高圧的だな。的確に裏を読むと、ロマンチストのレッテルを貼られそうだけど。とりあえず、手え退けろよ。痛え」
 そう言うと、パンドラはむしるように掴んでいた俺の前髪をあっさり離し、労るように数回撫で付けた。
「お前の言う『鍵』とやらがこいつで正解なら、放っておいてもあいつらは撤退する」
「ってえと、他にもメールが?」
「『核は時を遡る』」
「ふうん。まあ、核を狙うってのはセオリーだけどさ、狙えって指示は無えんだろ?」
 言いながら、妙な寒気に襲われた。何かが間違っていると、頭の中で警笛が鳴ったような気がした。しかし、それも一瞬のことで、すぐにリリーのきつい香水の臭いに紛れて消えてしまう。
「バガゼロよ! 退却するわ!」
「……バガゼロだって?」
 ――政府の所有する無人戦車だ。「表」の子供達がヒーローと持て囃すそれは、武装したレジスタンスの人間が十人集まって、やっと一台を数分間足止めが出来る程度の恐るべき兵器である。
 俺は、パンドラの無表情を見て、リリーの焦る顔を見た。
「何してんのよ! 早く、撤退の用意!」
 俺達に向かってリリーが叫ぶ。他の隊員達も、慌ただしく武器を仕舞い、無線で連絡を取り合いながら後退していく。
 積み重なる廃材の隙間から向こう側を窺う。
「政府が介入……?」
 自然と疑問を口にしていた。だが、それがどれ程有り得ないことかに気付くのには、数秒の時間も要しなかった。
 有り得ないのだ。
 政府にとって、ヴァルハラもブレイズも同じ反政府組織という目障りな敵であることに変わりはない。敵である此方側が潰し合うのに、政府がでしゃばってくる必要など皆無だ。ましてや、例え此処が最下層でない地上であるとはいえ、所詮無法地帯のこの一角では、市民を守るという大義名分も無意味となれば。
「あれ」
 俺は言いながら、もう一度首を伸ばしてあのデカブツを見た。爆風で舞い上がった土煙の中、着実に近付いて来る大きな戦車が、まるで土管のような巨大な大砲を備えた砲台をゆっくりと回すのを確認する。
「おい、行くぞ」
 パンドラの合図と共に、俺は直ぐ様抱き上げられた。
「行くって、何処に!」
 俺はパンドラの背中を叩いて叫ぶ。首を反って見た先に、リリー率いるヴァルハラメンバーの後ろ姿がある。彼らは掴める武器だけを掴んで一目散にジープを目指して駆けている。それは、パンドラの進行方向とは真逆の方向――つまり、俺を担いで走るパンドラの進行方向は、バガゼロを九時の方向に構えた敵陣のど真ん中だ。

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