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2G

 非常口の扉が閉まると、やはりというべきか何というべきか――やはり、やはりと言うべきだ。まるで百連花火の真っ最中のように、不規則に耳元で弾ける軽い音と、それに重なって腹に響く轟音がビル郡に囲まれた四方から聞こえてきた。
 それでも水路の中よりは幾分声が通り易く、吐き出したくて堪らないあらゆる文句をかみ殺していたガンマンは、やっと精一杯の皮肉を絞り出す。
「流石、俺。期待の新人二枚目役者」
 パンドラは俺を階段に座らせて笑った。渾身の自虐ネタだ。もっと笑えばいいと、ガンマンはパンドラを睨み上げた。
「そのジョーク、監督にもかましてやれ。喜ぶぞ」
「ジョークより銃弾をぶちかましてやりてえよ。観客の前でな。観客は、きっと銃も政策(サービス)も投げ捨てて、一日中スタンディングオベーションで称えてくれる」
 ガンマンが鼻で笑っていうと、パンドラは心底可笑しそうに肩を震わせた。
 パンドラがこんな風に笑えるのは、ボスの書いた台本(シナリオ)を、ガンマンより先に読んでいたからだ。そして、ガンマンがその通りきちんと演じてやれることを知っていたからだ。
 ――くそったれ。
 ガンマンは、一際大きく鳴った爆発音に紛れて薄っぺらい毒を吐いた。何もかもが、気に入らなかった。
 パンドラが、腹に隠し持っていた旧式銃のグリップをガンマンに向けた。ガンマンはそれを受け取り、人工天蓋を見上げる。遠い、と息で呟くと、見上げた先にある鮮やかな色に、まるで世界が反転するような目眩を覚えた。
 晴れ渡った空は、本物の空では無い。あの淡いく澄んだ水色は空色では無いのだと、昔誰かが言っていたことを思い出す。空も、川も、植物も、目にするものは全て人間が作り出したものだ。
 何が人工で、何が人工でないのか。この体は、この感情は、本当に自分のものなのか。空に届く程高い建造物や、それらをつなぐスカイウェイ、建造物の間から時折顔を出す太陽を見ていると、時々判らなくなってくる。
「台本、か」
 瞼を下ろし、小さく呟いて銃を撫でる。少なくとも、今の自分の行動がボスの作り出したシナリオから外れることは無い。

 ホープスがブレイズと結託し、政府軍を襲撃しようとしたのは事実だ。第三区のレジスタンス共がそれに便乗する気なのも間違いないのだろう。
 ボスの言った通りだ。何の裏も無い、ほぼ確実であろう推測だった。
 ところが、ボスはここから低確率の可能性を混ぜ込むことにしたらしい。ブレイズは、第二区の政府軍基地を落としに掛かるつもりだろう、と。
 俺はボスの言葉を鵜呑みにした。現状の勢力図は頭にあったが、レジスタンス同士の組織関係までは把握していなかったからだ。ブレイズが政府を襲おうと民間人を襲おうと、自分達には何ら関わりの無いことだと思っていた。
「パンドラの言ってたことが、やっと解った」
 ガンマンはうなだれて言った。ただ背負われていただけなのに、とても疲れていた。
 パンドラは「遊ばれてる」と言った。ボスは「嘘は吐かないが屁理屈をこねる」。それから、ボスの言葉に「嘘は無いが、真意でもない」とも言った。
 真意を明かさないボスの示した可能性は、結局どこまでも「可能性」だった。それは、ホープスを餌にした陽動作戦の獲物が政府軍であるという一連のシナリオが、本当に、数ある可能性の中の一つに過ぎなかったということだ。
 そうだ。ブレイズが狙っていたのは、慌てふためく政府軍でも、上層でのうのうと暮らす民間人でもない。
 ブレイズの狙いは、最初からヴァルハラだったのである。
 ブレイズは、ヴァルハラが政府軍に襲撃をかけようとするホープスを放っておく筈がないことを知っており、尚且つ第五区を無事に通過するにはボス自らメンバーを率いて行かなければならないことも分かっていた。則ち、ボスの不在を作ることが、今回ホープスを利用したブレイズの真の目的だったのだ。

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