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 ガンマンは、古くて安っぽい電球が切れかけて明るくなり暗くなりする通路の先から、左手の水路を流れる水に視線を移した。ひんやりとした風は湿っぽく、人工雨の降った後らしいどうどうと流れる排水の音が、まるで滝や海の傍にある洞窟の中を連想させる。

 つい二十分前のこと、ブレイズがヴァルハラのホームに向けて強かな一撃を撃ち込んだ。狂気じみた素晴らしい威力。最新式のロケットランチャーだ。けたたましい警報機の音が鳴り響いた瞬間、ガンマンは「やっと解けたと思ったなぞなぞの答えが、実は幾通りもあった」時のような酷い不快感――すなわち、とんでもなくくだらない詐欺に遭ったような感覚だ――と、激しい憤りを感じた。
 全てに合点がいったことが、何よりも納得いかなかったのだ。
 ガンマンは、それまで寝そべっていたベッドを殴りつけ、パンドラに背負われて部屋を出た。その間にも、抑えきれない怒りをパンドラにぶつけるしかなかった。散々吐き散らかした暴言について、パンドラは何も言わず、ただ小さく笑っていた。それから二人は階段を上り、地下の三階に当たるそこから逃げるようにして最下層の地下を通る水路へのハッチを開けたのだった。
 否、実際に逃げ出してきたのである。
 この迷路のような水路は、大きな円形の市囲の地下全体を網羅している。第一区から時計回りに第六区まで、さらに第六区から第一区へも繋がっている。ここの管理は政府から依頼をされた業者が請け負っているが、最下層自体を反政府組織(レジスタンス)が縄張りとしている為に、業者も最低限、年に一度のメンテナンスをする時にしか立ち入らない。そして、レジスタンスもレジスタンスで此処からの余所者の侵入を許すまいと互いに様々なトラップを仕掛けており、それが余りに巧妙である為に、いつからか出来た、水路を使っての襲撃はしないという暗黙のルールを律儀に守っていた。
 だからこそ、此処からなら確実に抜け出せる。ガンマンは、そうパンドラに言ったのだった。

 他に誰も居ない、水と風の音だけが喧しく轟く空間で、ガンマンはあれほど底無しに口を突いていた悪態すら吐けずに悶々としていた。
「良かったのかよ」
 パンドラに背負われたまま声を張り上げると、パンドラはぴたりと足を止め、非常口の横の、丁度頭の高さに開いている大きな通気口の前の段差にガンマンを下ろした。そして、隣に座って煙草を取り出し、ライターを擦った。
「その足じゃ歩き回れねえだろ」
「だからって」
 ガンマンはとっさにの言葉を切り、息を呑む。排水の流れに沿って吹く風が、パンドラの吐き出す紫煙を攫っていく。思わずぞっとする程美しい横顔だった。いくらガンマンが小柄とはいえ、立派に成人した男を背負って数十分も歩いたとは思えない程パンドラの黒く艶やかな髪には汗の痕跡一つなく、無表情な顔は、この薄汚れていてじめじめとした空気の中に居てもいつもと何ら変わらず涼しげだった。
「手助けなんかして、ボスに怒られても知らねえからな」
 ガンマンは、逸らした目をところどころ溶けかけたコンクリートに向けて言った。
 パンドラは、真っ黒な瞳にガンマンを映す。
「怒られる? 俺が?」
 何故、といった口振りだった。ガンマンは呆れて溜め息を吐く。
「そりゃ怒るだろうよ。ホームを見捨ててこんなとこに居るんだからさ」
「別に見捨てたつもりはない」
「じゃあ戻んの?」
「いや」
 パンドラは、まだ半分も吸っていない煙草を指で弾いた。明かりが消えて暗くなったところに、細い赤が放物線を描く。放物線の先は、明るくなると同時に濁流に飲まれていた。
「このまま進む」
 パンドラが立ち上がる。ガンマンは伸ばされた腕を掴み、少し屈んだパンドラの背に飛び付いた。
 非常口の扉が開かれる。
 階段から差し込む強い光に目を細める。この階段を上がれば、そこは地上だ。水路とは全く違う、嗅ぎ慣れた匂いに鼻を鳴らす。
 そうしながら、相変わらずパンドラの言葉は不鮮明だ、と心の中で不満を漏らした。

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