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2G

 パンドラが何を許せて何に気を悪くするのか、ボスでさえ判断がつかないのだという。
 ――その癖こうして開けっぴろげにパンドラのことを語るのだから、ミダはそうとうに肝の据わった強者だ。
 ガンマンは、怪訝な顔つきでパンドラを見上げた。
 呼応するかのように、パンドラもガンマンを見下ろす。
「甘いもんが好きなのか」
 珍しい。パンドラの方から話し掛けてくるなんて、今日は雪でも降るんじゃないか――と、ガンマンはパンドラではなくコンクリートの天井にぶら下がる古い照明に視線を逸らし眉を寄せる。とどまることを知らない温暖化のせいで、市井ごとに紫外線と酸性雨を遮断する為の天蓋が設置されて数十年。人工雨以外のものが降ってくることなどあり得ないと解っていても空を見上げようとするのは、人間の遺伝子に組み込まれた本能なのだろうか――などと黙考する。
「低血圧なんだ。朝は糖分摂取しねえと頭が働かないっていうかさ。ま、気分の問題だけど」
 本当に気分の問題だった。脳を活性化させたいのなら、甘味より炭水化物の方が余程効果を得られる。
 それでもパンドラはガンマンの答に満足したようで、ガンマンのトレイに自分の分のサラダを置いて食事を再開した。ガンマンは、サラダの代わりにパンドラのトレイにミートスープを置き、同じく食事を続ける。ミダは、そんな二人のやり取りを見て呆れている。
 しかして、ガンマンがパンを食べ終わる頃、空いていた隣席に着いたのはボスだった。ミダも、他に居たメンバーも驚きの色を隠せない中、いち早くボスが来たことに気付いていたパンドラは、残っていたプリンもガンマンのトレイに乗せて煙草をくわえた。
 ガンマンは、残り一欠片となったパンを口に放り込み、ボスを見ながら近くにあった灰皿をパンドラの方へ押しやる。
「おはよ、ボス」
「ああ。パンドラとは仲良くやってるみたいじゃないか」
「まあね」
「アーシーが、獰猛な虎と生意気な小猿が微笑ましいって悶えてたぞ」
 ガンマンは、黒渕眼鏡に黒髪の「アーシー」を思い浮かべて口許を歪める。ひ弱そうな体格にほっそりとした女顔のアーシーは、信じられないことに、このヴァルハラのセカンドだという。
「無い無い。あのインテリが悶えたりする柄かよ」
「インテリ、ねえ。釣れねえな小猿ちゃん」
「誰が子猿だ。そんな世間話はいいから、さっさと本題をどうぞ」
「まいったな。まあ、それじゃあ本題に入るが……実は、今日あたりちょっとした暴動が起こりそうなんだ」
「政府軍?」
「そう。ホープスって分かるか?」
「第四区のゲリラ狂だろ。最近は大人しいって聞いてる」
「ああ。だが、そいつらが今日動くって情報が入ってな」
「まさか。前に一度鎮圧されてから、あいつらの武器倉庫なんて殆ど空っぽの筈だ。今更単独で政府に仕掛けたとして、せいぜいかき集めた火薬で自爆テロが関の山だろ」
「ところが、だ。ブレイズのスミシーが手を貸したらしいんだよ」
「ブレイズの? っつうと……チョッパーか」
 ブレイズとは、ホープスと同じかそれよりも小規模な反政府組織のことだ。総戦力ではヴァルハラには到底及ばないが、政府軍にも臆すことなく少数精鋭――彼らは、ホープスに勝るとも劣らないゲリラ狂であると言える――で斬り込めるチームワークと実力を持つブレイズは、六つに区切られた市井の内、第二区の一大勢力として近年注目されている。チョッパーはそこの専属スミシーで、定番銃器の量産に於いて彼の右に出る者は居ないと言われる程の技術者だ。
 チョッパーの名が出たところでボスは頷いた。
「やっぱり知ってんのか。そう、そのチョッパーが、使いものにならない銃やら金属やらを大量に買い込んだのか先月の始め頃だ。で、一昨日になってホープスのトラックが一斉に街の方へ向かっていたのをウチの奴らが見てる。おそらく燃料補給の為だな。こっちは未曽有の水不足だから、“表”の水道管でも破ってきたんだろうさ」

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あきゅろす。
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