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とある少女と魔法使いの鏡
ロジェンダ_4
 別に『焔一郎の孫』と言われたから驚いたのではない。それこそついさっき親族の名前を挙げたばかりなのだから。
 では何に驚いたのか?
 生き別れた兄弟か、親友に再会したかのような、やわらかな感動。
 ダンという老人の瞳には、切火の姿を透かして、祖父の姿が映っていた。
(―――もしかして)
 僧服のような白い衣装。背中で緩く編まれた白髪は、光の加減によっては銀髪になる。
「…あなたが『銀太』さん?」
 ここに来る前に聞いた、こっちの世界にいるという、友人。
 ダンは笑みを深め、―――首を振った。
「いいえ。…残念ながら。『銀太』と呼ばれていたのは私ではありません」
「…ええ!?」
 さっそく否定され、懐に伸ばした手がピタリと止まる。
「私はダンと申します。僭越ながら、ロジェンダの城付き治療師を務めております」
 ダンは少し言葉を切ると、確かめるように切火の顔を覗きこみ、続ける。
「貴女のことは焔一郎さんから聞いています。はじめての娘孫だとね。大層喜んでおいでだったのを今でも覚えていますよ」
 ああ、十年以上も前の話なのですが。と懐かしげに語るダンは、宙に浮いたままの切火の手を優しく取った。
 こっちは完全に流れに身を任せている状態だったので、なすがまま、されるがままだ。
「あの、わたし、わたし…」
 言わなければ。
 切火は息を吸い込む。
 ここに来るまで支えていたものが、淀みなく流れ出た。
「友達を、ローグを助けに来たんです」
 …助かるかは分からないんですけど。
 何かに刻み込むように打ち明ける。確実なことが言えないことがとてももどかしかった。
 それに、信じてもらえるだろうか?ダンという人は祖父とは知り合いらしいが、その孫が同じように待遇してもらえるとは限らない。切火は唇を噛んだ。
 ダンはそんな姿を見て、落ち着きなさいという代わりに取った手を軽く叩く。
「大丈夫。貴女のことはエリシア姫がくれぐれもよろしくと言っていました。姫様は人を見る目をしっかり持っておられる。私は貴女を歓迎します」
 好々爺前としたダンの朗らかな物言いに、ハッとなる。
 さあ、中へ。
 ダンがそう言い、踵を返す。入り口から漏れる光が、急げと訴えているようだ。
 踏み出した床は酷く冷たく、震えるほど確かだった。
「…ローグは、どこにいるんですか?」
「ログウェルト様は今、この城館の北東に位置する部屋に居られます」
「ログ、ウェルト?」
 ローグじゃなくて?
 当惑気味に聞き返すと、ダンは片眉を上げたあとに合点が言ったようにああと頷いた。
「それは…」
「ログウェルトもローグの名の一つだよ。諸々の事情で私が名乗らせた」
 割り込むように入ってきた説明に、切火とダンは同時に同じほうを向いた。
「伯、いらっしゃったのですか!」
(今度は誰?『はく』って…何、名前?)
 背が高い。多分父と同じくらいあるだろう。
 ダンよりも少し若い、壮年に差し掛かったくらいの男性が、二人の前に立つ。
 闖入者と呼ぶのをためらうほど堂々としたその姿。覇気に満ちた井出立ちは、誰が見てもこの城の『主』と認識するだろう。
 絞られた照明の火が、撫で付けられた髪の上を滑るように走った。
(ああ、この人…)
 切火は今度こそ確信する。
 ダンと同じような、それ以上の温かさを彼から感じた。
「あなたが、銀太さん?」
 くすんだ銀を思わせる頭髪に、灰色の瞳。厳しそうな顔つきだが、笑みを浮かべる口元には親しみが込められている。
「そうだ。もっとも銀太というのは渾名で、本当の名はカイスサイラーというがね」
 彼はそう言い、よく見ると微かに紫の差した灰色の瞳を細めた。

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