そろそろ終焉だ

ふう、と一つ息を吐き出した。最近かっつめている仕事のせいでまともに休みをとっていないことをさっきツナに言われた。そのせいで、今日は一日休暇となった。


「ざまあねえな…」


自嘲気味に呟いた言葉は部屋の中に消えていった。
シャワーを浴び、いつもとは違いスーツのズボンにワイシャツを着ただけの格好でどさりと倒れこむ。レオンがむささびに姿を変えて俺のもとへくると、もとの姿に戻り俺を心配そうに見つめてくる。
レオンの頭をそっと撫でてから目を閉じた。


シャワーで洗い流したはずなのに、まだ自分から硝煙の臭いがする気がした。慣れてしまっているはずの臭いが今日は不快だった。


俺は体を起こすと戸棚にしまってある香水を一つとって吹きかける。少しは、まぎれるだろう。まぎれてもらわねえと困るな…。


何が?


無意識に考えたことにたいしてそれを否定しようとするかのように自問する。


起き上がったついでにドレッサーに珈琲をしかけてからソファーに深く腰を下ろした。足を組み、天井を見上げる。見慣れた天井は電気をつけていないこの部屋では薄暗かった。
ふと、知った気配がこちらに近づいてきていることに気づき、思わず眉を寄せる。ふだん気配なんて相手に感じさせないようにして歩く奴が気配を消すことなく歩いているということは、俺に“気付かせるため”なのだろう。


舌打ちを一つこぼして、ソファーにかけてあった背広は洗濯物籠の方へ投げ入れ、新しく出したものをはおった。そして、机の上に置かれていたボルサリーノを手に取り、深くかぶる。レオンが帽子の上に乗ってきたと同時に扉がノックもなしに開いた。


「ノックをしやがれ、雲雀」


「やあ、赤ん坊」


ニヤリと弧を描く唇に、相変わらずだなと眉をひそめる。もっとも、帽子に隠れて雲雀からは見えてねえだろうがな。


「なんの用だ。こっちは休暇だぞ」


「へえ?休暇をとったのかい?」


「ツナに無理矢理だ」


「だろうね」


訳知り顔といったかんじでうなずかれる。


「で、なんの用だ。仕事なら今日はお断りだぞ」


「そんなの知らないよ」


ニヤリ、と笑った雲雀は、すぐに表情を消し声を低くする。


「…アボロッティオについて少し分かったことがある。あそこは、ある研究をしてる」


「研究?」


研究と聞いて一番最悪なものが頭に浮かんだ。


「…人体実験だよ」


その言葉で思い出したのは霧の守護者である六道骸だった。あいつもエストラーネオファミリーで人体実験にあっていた。それが原因でマフィアを心底憎むようになっている。


「そのこと、骸には」


「言ってない。僕があんな奴に教えてやる義理なんてないからね」


「そうか」


こいつらしい。
未だに、いがみ合っている二人。仲が悪いのは別にどうでもいいが、事あるごとに殺し合いを始めるのはいい加減やめてほしいものだ。


「まあ、そのことだけを言いに来たわけじゃないんだけどね。今日は」


「任務か?」


「まさか」


ならなんだ、という意味をこめて雲雀を見やれば、入口で立ったままのこいつは腕を組み、静かに目を閉じた。


「会わないのかい?」


誰、とは言われなかったもののすぐにピンときた。
山本といい、雲雀といい、なぜこうもかまいたがるのか。


「てめえには関係ないはずだぞ」


「そう?ただ、そんな風に避けてることが珍しいと思っただけさ」


ニヤリと口元を歪める雲雀はさらに言葉をつづけていく。珈琲の香りが部屋の中を満たし始めていた。


「愛人だって簡単に切り捨てる君が、なぜあの子だけ徹底的にさけてるんだい?いつもみたいに切り捨てればいいのに」


「…今日はえらく饒舌だな」


「フッ、君は随分と苛立ってるみたいだ」


「同じようなことを2度もいわれれば誰だっていらつきもするぞ」


「2度?」


「山本だ」


唸るように声を出せば、へえ彼が。と少し興味を持ったようだ。


山本には泣いていたといわれそして、笑ったといわれた。泣きそうな顔して笑ったのだと。紫杏の心情なんてわからねえが、その笑い方は5歳の子供にはふさわしくない笑い方だというのはわかる。そして、わかってるのだ。
紫杏が俺と接触を持とうとしていることぐらい気づいていた。ツナだって最近紫杏の話しはまったくしなくなったぐらいだ。


といっても、紫杏を避ける理由はツナと俺では大分違うがな。


「紫杏が眠れなくなったことを知らないだろう?」


「眠れなくなった?」


「母親の夢を見るから眠りたくなかったんだって」


「…本当の、母親、か」


紫杏の家族については何も出てこなかった。ボンゴレの力をもってしても。それはもう雲雀もしっているはずだ。
紫杏は過去をいっさい話したがらない。スラム街にいたぐらいだから、いろいろと理由があるはずだと誰も何も聞かなかった。


「麻依の子供が産まれたら居場所がなくなるって。沢田にも赤ん坊にも嫌われた。だから居場所がなくなるんだって泣いていたよ」


雲雀はそのときの光景を思い出しているのか、どこか遠くの方を眺めている。
別に、嫌っているわけじゃねえ。むしろ…。


「何がしたいんだい?縋られる手をとり、自分を頼らせておいて、必要とされているときに突き放して。突き放すぐらいなら最初っから近づかせなければよかったんじゃないのかい?」


鋭さを増した瞳が俺へと突き刺さる。言葉は淡々と語られているだけだというのに、いちいち俺へと突き刺さってくる。


「…えらく気にいってるじゃねえか。だったら、テメエが傍にいればいいんじゃねえか?」


「ハア、君がそこまで馬鹿だとは思わなかった」


心底呆れたというように深く溜息をつかれる。
そして、切れ長の鋭い瞳が俺を見た。長い沈黙のあとゆっくりと口を開く雲雀。


「…ああ、それとも怖がってるのかい?」


あがる口角。嘲笑を含み鼻で笑われ、そしてその言葉に気づいたら銃を抜いていた。上がる銃声。さっきまで嫌悪していたはずの硝煙の臭いが鼻をかすめる。


「図星かい?」


銃弾は、雲雀の頬の真横を通り過ぎ、後ろの絵画に穴をあけた。


「ハッ、んなわけねえぞ」


銃を懐にしまい、苛々した心を悟られないように帽子のつばを下げた。


「ふーん。それにしては随分と苛立っているね」


「用がすんだならさっさと出ていけ」


「紫杏とは?」


「あいつなら、しっかりしてるから一人でも大丈夫だろ」


「へえ?本当にそう思ってるの?」


その言葉に、いやというくらい表情をゆがめた俺がいた。思っているわけない。一人で大丈夫だなんて嘘だ。きっと、大丈夫かと尋ねればあいつは大丈夫というんだろう。心配をかけないように、迷惑をかけないように。


でも、それが虚勢であることぐらい知っている。


雲雀は再びにやりと口角をあげた。昔のツナが見れば震えあがるような笑みだ。いつか、こいつは俺に似ているといっていたのはディーノだったか。何かを企んでいるときの雰囲気がそっくりだと苦笑していた。


「まあ、あとは当人同士で話し合えば?」


なんのことかわからずに雲雀を見たままでいれば、雲雀は俺から視線をそらして廊下を見た。それに、気配を探れば知った気配。最近までずっと避け続けていた気配だ。


「ここまで気配に気づかないなんて、相当動揺してたんだ?赤ん坊」


「チッ、さっさと失せやがれ。雲雀」


「そうさせてもらうよ」


唸るように言葉を発するも、そんなの屁でもないようにひょうひょうと去っていく。ここまで近づかれて気づかないなんて。自らの失態に再度舌うちをする。


その苛立ちのままソファーへと腰かければドアは俺から見えなくなった。ただし気配を殺しているわけじゃないから、あっちの動きは手に取るように分かる。
ドアがノックされた。


「なんだ」


紫杏が一歩入ろうと動いたが、その場で動きを止めて何かをかきだした。


「用があるならそこで話せ」


出た言葉は思ったよりも低く思わず眉を寄せた。


べりっと何かをはがすような音とかさっという紙の音がした。そして、再びペンを走らせる音。それでも俺は振り向こうとしなかった。


突き放すべきだったんだ。最初から。何が間違いで何が正しいかなんてわからねえが、あいつの幸せを考えるなら。


どれくらい経ったのか、くしゃっと何かが潰れるような音がした。そして、タッタッタッタとかけていく足音と遠ざかる気配。後ろを振り返れば、そこにはもう紫杏はいなかった。


ソファーの背もたれにいたレオンは俺を見上げる。その目がまるで俺を責めているかのようだった。


「そんな目で見るな」


レオンはふいっとそっぽを向くと、そのまま丸くなって眠ってしまった。その様子に思わずため息がこぼれる。なんだっていうんだ。


ふと、視線を上げれば床にたくさんの画用紙が落ちていた。紫杏のスケッチブックだ。それには言葉が書かれているようで、傍に行きそれを広う。


[どうして、さけるの?]


[きらわれることをした?]


[ごめんなさい]


[きらいになった?]


[どうしたら、こっちをむいてくれる?]


[りぼーん。こっちをむいて?]


[どうしたら、ゆるしてもらえる?]


[おねがい]


[おはなしをしようよ]


紫杏の書いたであろう文字は、まるく子供特有の少しゆがんだ文字だった。


すこし離れたところに落ちていた紙には、今までより長く言葉が書かれていた。


[きらいになったなら、いってくれればいいよ。ママでなれてるから。いってくれたらもうここにこないよ?でていけっていうなら、でていくよ?おとうさんにもきらわれたから]


子供が書く言葉だろうか。ママとは麻依ではなく本当の母親だろうな。


もうひとつ、廊下に落ちている紙があった。それを拾えば書いてあった言葉に思わず目をつむる。


[ここに わたしのいばしょはない?]


震えている文字は、彼女の心を表しているようだった。


らしくない自分に舌打ちをし、俺は部屋を出た。紫杏の部屋に入ればそこにはいない。帰ってきている様子もなかった。だったら、どこにいるのか。談話室にはいかないだろう。きっと誰にも心配かけようとしねえ。ということは一人になれる場所。


ふっと、窓の外で何かが動いた気がした。窓に近づき外を見てみれば、そこには何もなく鳥がただ飛んでいるだけだった。


「ただの鳥か…」


他はどこにいるのか。ツナの部屋ではねえ。麻依がいたら麻依のところかもしれないが、まだ麻依は帰ってきていない。だったら雲雀のところか?いや、それもないな。


ふっと視界の隅で何かが動いた。そちらに視線をやればそこには紫杏がいた。噴水の近くで転ぶように倒れこんだと思えばそのまま動かなくなった。


窓から離れて急いで外へと向かった。


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