今、私は古城の前に来ていた。うっそうと生い茂る森を抜け、少し開けたと思ったら、見えてきた城の全貌。 後ろに暗い森があるせいか、美女と野獣の話しに出てくる野獣のお城のように見える。もし中に入って家具たちが動いていたら、それはそれは楽しいことになるだろう。でも、野獣には会いたくないかもしれない。いくら優しくても怖いものは怖い。 「ここが、ヴァリアーだ」 私はお父さんと二人だった。いや、部下の人はいるんだけどね。 リボーンは最後まで渋っていたけど、お父さんの言葉にはやはり逆らう訳にはいかず、ついてくることはなかった。他の人たちも、それぞれ頭を撫でたりしてくれた。皆、言葉は何も言わなかったけど、名残惜しそうにしていたのが嬉しかった。 最後までお母さんに会うことはできなかったんだけどね。 門の前で一度車が止まる。門の前にいた、黒革の服を来た男二人が、車の中をのぞいてきた。そして、車の窓があき、お父さんの顔を確認すると、門を開けてくれた。門の中を車が通っていく。真ん中を通っている道を進めば、見事なシンメトリーができあがった城が見れた。 こんな状況じゃなかったら、飛び上がって喜んだところだけど、今はそんなことできるわけがない。城が近づき、その姿が大きくなっていくにともなって私の気分は下降していくばかりだ。 ちらっと、隣に座るお父さんを見れば、足を組んで目を閉じていた。だから、私も前を向いた。 しばらくして、再び車がとまった。今度は窓ではなく、お父さん側のドアが開かれた。シートの黒革が外の光を鈍く反射させる。 「降りて」 その言葉に、素直に従って降りた。荷物は既に送られているらしいから、私がもっているのは千種さんにもらったショルダーバックだけ。 降りて、扉の方を見れば、一見しただけで私じゃ無くても二度と忘れられなさそうな人たちがずらっと並んでいた。 その中で一番目を引いたのは、赤い瞳の男の人だった。黒い前髪が少しだけ目にかかっているにもかかわらず、赤い瞳はまっすぐに射抜いてくる。肩から羽織るだけの黒いコート。後ろから前に流すように赤い羽根のエクステがつけられている。 頬には、古傷があった。 怖いと言う感情より、惹きつけられるという感情の方が強かった。本当に美女と野獣の物語の中のようだ。 その視線をそらさせたのは、唸り声のような大声だった。 「う゛お゛おおぉい!!ここは託児所じゃねえんだぞお!分かってんのかテメエ!」 「…スクアーロ。相変わらずうるさい…」 お父さんが呆れたように呟いた言葉。たしかに、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどうるさかった。その人は、銀色の長い髪を流れるままに垂らして、額に青筋を浮かべている。 「この子が、紫杏だ。ほら、挨拶して」 背中をぽん、と叩かれ、もともと用意していたページを見せる。 [紫杏です。よろしくおねがいします] 「事情は電話で話した通り。後はよろしくね。ルッスーリア」 「んまっ!まっかせてえ!」 奇抜な髪形に、サングラスをかけた細マッチョな感じの人は腰をくねくねさせながら、高い声をあげた。初めて見たけど、オカマだ。オカマだいる。 そして、今度はお父さんは私に向きあった。名前を呼ばれ、見上げると、お父さんの笑顔があった。 「紫杏。ここの人たちの言うことをちゃんと聞いていい子にしてるんだよ」 コクンと頷く。 「紫杏は偉い子から大丈夫だよな?」 しばらく間を開けて、もう一度コクンと頷く。 偉くなくていい。偉くなんてなりたくない。いい子なんかじゃなくていいから、置いて行かないで。そう言えたらどれだけよかっただろう。滲み始める目は、お面のおかげで気づかれることはなかった。 「じゃあね」 最後に頭を一撫でして、お父さんは車に乗り込んでいった。その間、一度も振り返ることなんて無かった。 そして、無情にも閉められた扉。それからすぐに発車する車は、今私を乗せて来た道を私を置いて走り去ってしまった。その車が見えなくなるまで見送る。 これで、本当に捨てられてしまった。たぶん、もう会えないんじゃないだろうか。きっと、あの生活に戻ることはできない。壊れてしまった物を元通りにするなんてできないんだ。 「ハッ…、カスが」 低い呟きには嘲笑が混じっていた。鼻で笑ったその人は、体を翻すと屋敷の中へ入っていく。それにともなって、背中に何かを何本も差している人と、銀髪の人、頭からすっぽり暗い紫いろの布をかぶった人、頭にティアラを乗せた金髪の人、カエルのかぶり物をしてる人が入っていく。 「さあさあ、紫杏ちゃんも入って!」 奇抜なオカマさんに招き入れられ、私はようやく屋敷の中に足を踏み入れた。これから、ここで生活をすることになる。 彼らの邪魔にならないように、捨てられないように、ここで生きていかなければいけない。もう、あの幸せな日々に戻ることはできないのだから。 |