左遷先の知らせ

私は、今日、一日中リボーンの部屋にいた。リボーンは何も聞かずにいてくれた。ただ、お面はとるように言われた。渋っていると、顔を見たいからだと言われ、はずかしさでさらにお面をとれなくなったのは言うまでもないだろう。


昨日は、リボーンの腕の中でゆっくり眠ることができた。そのリボーンは今は緊急会議だとかで部屋を出ている。


だから、私は一人でソファーに寝そべり絵を描いていた。ぶらぶらさせる足がソファーに当たるとその反動で帰ってくるのを楽しみながら、机の上でお昼寝をしているレオンを描いて行く。


と、ふいに壁の外から声が聞こえた。誰かが争っている音だ。寝そべっていた体を腕で持ち上げ上半身だけを持ち上げオットセイのような格好になりながら扉の方を見つめる。


耳を澄ませば、その声はお父さんとリボーンの声だとわかった。声を荒げているのは、めずらしくリボーンだ。
その声に気付いたのか、レオンも閉じていた目を開け私を見つめてくる。そのレオンを肩に乗せ、同じく机の上に置いてあったお面を顔につける。念のためってやつだ。


そして、忍び足で扉に近づき、耳を押し当てた。


「ふざけんな!」


「これが最善なんだ」


「何が最善だ!お前の都合を押し付けてるだけだ」


「じゃあ、他にどうしろって言うんだ。麻依が無事に出産するまでの間、狙ってくる奴は山ほどいる。そのなかで、危険が少ない方が良いに決まってる」


声を荒げるリボーンにたいして、お父さんは淡々と言葉を返す。その言葉に感情なんてこもっていなかった。


「ツナ。俺は、お前に最初になんて言ったから覚えてるか?麻依に危害が加わることになったとしても守るものがいるなら強くなれる。だから大丈夫だ、といったんだ」


「…ああ」


「邪魔にならねえっていったのはお前だ」


幾分か落ちつきを取り戻したような声でリボーンはお父さんに語りかける。その言葉にたいして、表情が見えていないからお父さんがどんなことを思ったのかなんてわからなかった。でも、次に出たお父さんの声はどこか、切なさが滲んでいた。


「俺、わかったんだ。麻依が大切なんだ。麻依だけが大切なんだ。他は何もいらない」


「ツナ」


「麻依が俺の隣にいるなら、悪者にだってなれる」


「…っだからお前はいつまでもダメツナなんだ」


「そう」


絞り出すように吐き出されるリボーンの声はとても悲しそうだった。でも、お父さんは相槌とも肯定ともとれない返事をした。リボーンにそんな声を出してほしくなかった。
リボーンは、いつも余裕で傍にいてくれて、ちょっとからかってきたりして。時間がないのに、相手をしてくれる。とても、優しい人。だから、悲しまないでほしかった。


でも、そんな考えは次のお父さんの言葉ですぐに頭の隅に追いやられてしまう。


「紫杏。出てきなさい」


命令口調。そして冷たい声音。バレていないとは思っていなかった。相手はマフィアで、しかもボスだ。ただ、呼ばれるとは思っていなかった。
きっと、私のことなんかに触れずに通り過ぎていくのだろうと思っていたからだ。


震える体に鞭打って、扉を開ける。肩の上にいるレオンがすり寄ってくれた気がした。


「紫杏…」


リボーンが呟くように私のことを呼ぶ。そちらに顔を向ければ帽子で顔を隠されてしまった。お父さんを見れば、はりつけたような笑みを浮かべている。


本当は、この扉を閉めて部屋の中に入ってしまいたかった。


「今日、会議で決まったことがあるんだ。関係があるからちゃんと聞いてね」


口調は穏やかであるにもかかわらず、有無を言わせない雰囲気にうなずくしかできない。ここで拒否すれば、手が飛んでくるのだろうか。


「実は、俺と麻依はしばらく日本にいくつもりだ。でも、紫杏は連れていけない。わかるね?守護者もリボーンも屋敷にあまり居れなくなる。だから、紫杏にはヴァリアーに行ってもらおうということになったんだ」


立ったまま話すお父さんを見上げるのは一苦労だった。首が痛くなるのもかまわずにじっと見続ける。つまり、厄介払いといったところだろうか。ヴァリアーといえば、以前メイドさんに職業調査をしたときに話しにでた場所だ。確か、独立暗殺部隊だと言っていたはずだ。


つまり、暗殺業を生業としている人たち。


「わかってくれるよね?」


その言葉は、疑問符が付いているにもかかわらず私に答えを求めているわけではなかった。ただの確認だ。既に決定してしまったことに対しての。


いつまでそこにいなければいけないのかわからない。それよりも、迎えに来てもらえるのかもわからない。
お母さんにもきっともう会えないんだろう、ということはなんとなくわかった。


私は、コクン、と頷いた。


「そう。よかった。じゃあ今から準備して。明日出るから」


それにもコクン、と頷く。もうお父さんの顔を見上げることはできなかった。


「じゃあ、あとは頼んだよリボーン」


それだけいってお父さんは歩き去ってしまった。その間も私はずっと俯いたままだった。


「紫杏」


伸びてきた手が私を抱き上げる。寄せられた温もりにすり寄った。しばらく、この温もりともお別れだ。


「悪い。一緒にいてやれなくて。…悪い」


首を横に振る。私は、降ろしてもらって部屋に入った。


[だいじょうぶ]


それから、私は着るのに困らない程度の服と、日常に使うもの、スケッチブックと鉛筆、ペンを準備していった。


私がもらった部屋。子供の部屋にしてはとても広い部屋。やっと隅慣れてきたというのに、ここともしばらくお別れだ。いや、しばらくじゃないかもしれない。もうここに帰ってくることは無いのかもしれない。


「紫杏。今日もこっちで寝ろ」


途中で顔を見せに来たリボーンがそう言って再び出ていった。ヴァリアーの人たちはどんな人たちだろう。とにかく、殺されなければいい。まだ、死にたくはない、な…。


その日の夜も、私はリボーンの腕の中に入った。でも、なかなか眠ることはできなくて、身動きしてしまったことによって起きてしまったリボーンが、私が眠るまでずっと背中を優しくたたいてくれていた。


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あきゅろす。
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