怒りと悲しみともうひとつ

張り詰めた空気。物音を立てるのさえもはばかられる室内の雰囲気に体は固まったまま動こうとしない。


「お、おれっち知らないもんね〜」


あきらかに動揺しているようなランボの声が耳に届いたけど、そんなことに注意を向けることができなかった。


「紫杏?何を…、してるんだ…」


まるで、そこにあるものすべてが信じられないと言うように目を見開いたまま、ゆっくりとした口調で聞いてくる。


でも、答える隙は与えられなかった。ずかずかと入ってくるお父さん。私は、上体を起こしたまま動けずにいた。未だに拳銃は私の手の中だ。


もうすぐで私のところにお父さんの手が届くと言うところで、ボンッという音がした。煙が上がり、その煙の中から、やれやれ、という場違いな声がした。


でも、お父さんは構わずに近寄ってくる。まるでそこにランボなんていないかのように。


「あれ?ボンゴレ…、に紫杏さん?」


間の抜けたランボの声が聞こえたけど、視線をそちらにやることはなかった。というより、目をそらせなかった。お父さんの瞳が、誘拐された時のように冷たかったからだ。


体は金縛りにあったかのように動かない。頭も何も考えられないほど真っ白になっている。瞳の奥に、青い業火を燃やしているお父さん。


目の前にたったお父さんをただ見上げる。


その姿は、ママとかぶった。机の上に置いてあったスタンドを手に持って、私の方を振り向いて、ニヤリと笑った。ゆっくりと近づいてくるママは、化粧も取れかかり、髪はぼさぼさに乱れている。そこに、優しかったころの面影はどこにもなかった。


そのときの、ママと、今目の前に立つお父さんがかぶって見えた。


「紫杏」


お父さんに名前を呼ばれる。それが、まるでママに呼ばれた時のように体が跳ねた。


手を伸ばされる。思わずじり、と体を後ろに下げた。それを気にする風もなく、お父さんはそのまま手を伸ばし、私が未だに持ったままだった銃を私から取り上げた。


「…なんで…」


取り上げた銃を見つめたままお父さんが呟いた。状況を伝えようにもスケッチブックは、ソファーの上だ。
私は、それをとりに行こうと立ち上がった。しかし、足を踏み出すことは許されず、お父さんに腕を掴まれる。


「なんでこんなことしたんだ!」


ビクッと体が揺れた。お父さんにこんな風に怒鳴られたことなんて無かった。


ビックリしてお父さんを見れば、眉をしかめ苦しそうな表情をしている。何が、そうさせているのかわからなかった。聞く手段がなかった。スケッチブックはソファーの上なのだから。


「何が気にいらない!?」


気にいらないことがあるんだろう!と言われる。違うのに。違う、って叫びたくても声は喉につっかえているかのように出てこない。必死に首を横に振るけど、伝わらない。


「こんなにもっ!」


ぐいっと腕を引っ張られた。近くなったお父さんの顔。悲痛に歪められた表情。そのすべてが、お父さんの全ての感覚が私を責めていた。その姿は、ママと同じで、恐怖が体を支配する。


「こんなにもっ!俺は、頑張ってるのに!」


バタン、と扉が閉まる音がしたような気がした。でも、お父さんから視線をそらせなかった。憎悪の炎が瞳の奥でパチパチと爆ぜている。


腕をひかれ、お父さんの机の近くからソファーの方へ引っ張って行かれた。抵抗しようと体を低くするけど、もちろん大人の力に叶う訳がなく、ずるずると引っ張られ、そして、投げ出すように手を放された。その体はそのままソファーへとぶつかり、床に崩れ落ちる。


「何が嫌なんだ!」


痛む体なんて気にならなかった。とにかく状況を説明してわかってもらいたいという気持ちが勝っていた。私は、お父さんの隙をついてソファーの上に置かれているスケッチブックを手に取った。近くにあったペンも素早く手に取り、書こうとページをまくったところで、頬に強い痛みが走った。


何が起こったのかわからなかった。目の前がチカチカと光が瞬き、目がよく見えない。熱くなっていく頬。ようやくチカチカがおさまり、目の前に立っているお父さんを見上げた。


般若のように険しい表情をしたお父さんが、振り下ろした手をそのままに立っていた。
殴られたのだと理解した。


お父さんの荒い息遣いが二人しかいない室内に響く。


「なんで…っ」


口の中に血の味が広がった。静まり返った室内にお父さんの小さな声が聞こえて、ゆるゆるとお父さんを見上げる。窓から差し込む光だけが唯一室内を照らしていた。お父さんが背に光を受けて私の前に立ちはだかる。


あとで、お父さんに絵を見せるっていったよね。それができたんだよ。


声に出したいのに、出てこない言葉。


頭を撫でてほしかった。その温もりに包まれたかった。一番安心できる腕の中だった。


お父さんがお母さんと話しているときの柔らかい雰囲気が好きだった。それが私に向けられるとき、とても嬉しかった。


二人の優しい表情が、好きだった。


「ごめん。今は顔もみたくない。出て行って…」


顔を逸らされる間際に見えた表情は、私の大好きなそれとはまったく違って、悲しみに染められていた。


後ろで扉が開く音がした。


「おい、ツナ?」


私は、一歩お父さんからあとずさる。ここに、もう私の居場所はない。
ここに、私がいてはいけない。


イテハイケナイ。


かけ出していた。後ろから誰かが私を呼んでいたけど、聞こえなかった。ただ、どこに向かいでもなく走り続けていた。


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あきゅろす。
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