「―――ても、……ぞ。百…あって…な…だ。お前の手…染まっちまう」 少しずつ浮上していく意識の中で誰かの声が聞こえた。その声はどこか切なげで、まるで泣いているような雰囲気を持っていた。 呟きにもにたその声の正体が知りたくて、ゆっくりと目を開けてみた。 いきなり視界に入ってくる光に目を瞬かせながらもあたりを見てビックリ。 ここ、VIPルームか何かですか? 私は、何かふかふかなものに横になっているみたいで、体にはタオルケットがかけられていた。 そして、窓際にある机には紙が山積みに積まれている。外を見てみて、空が茜色に染まり、太陽がもう地平線の向こう側に沈んで行っていることから、あれからだいぶ時間が経ってしまっていることが推測できる。 夢を見たせいか、脈打つ鼓動は早くて、それを落ち着けるように深呼吸をする。冷や汗をかいたようで少し気持ち悪い。 それにしても、ここ、どこだろう? 私、どうしてこうなったんだっけ。 「起きたか」 「っ!?」 突然した声にビクっと肩を震わせて、恐る恐るそちらに顔を向ける。そこには、黒いスーツをきて、ボルサリーノをかぶった少年がいた。 夜の闇のような瞳が私をのぞきこんでくる。 私は戸惑った。 って、この人、今、日本語喋った!やっと、話通じる人に会えた!!って、私、そういえば今声でないんだっけ…。 そこで、すぐに、今まであったことを思い出す。私は、いきなり知らない場所にでて、なぜか5歳に戻っていて、そして、危ない現場を見て男2人に追いかけられたんだっけ。 で、優しそうな男の人に誘拐されたんだ。で、抱っこされたのなんてかなり久しぶりでいろいろとあって疲れたから眠っちゃったんだっけ。 今までのことを思い出してから、もう一度少年の方をみると、なぜか、自分の手を私の目の前にあげた。それにつられて、私の手も目の前に来る。 って、なんで私手、握ってるんだろう? 首を傾げてからまた少年を見ると、一つ溜息をつかれ、腕をおろした。でも、私の手は離れようとはしない。というか、なんとなく放したくはなかった。 寝起きということもあって、あまり働かない頭でいろいろと考えをめぐらしていく。 もう一度あたりを見回して、私たちが座っているソファーの後ろに大きな扉があった。ここがどこかはわからないけど、あそこが入口なのは確かだろう。 もう一度少年に目を戻して、気になることが一つ出てきた。 少年の頭に、何かが乗っている。たぶん、カメレオン。ペット?帽子に載るほどの手乗りサイズのカメレオン。 よく見てみれば愛らしい顔をしている。 私の視線に気づいたのか、少年は私が握っていない方の手をカメレオンの前に持っていった。すると、カメレオンは彼の意思を汲み取ったかのように彼の手に移動した。 少年はその手を私の目の前にもってきた。 目の前のカメレオンを見てから、少年を見ると少し微笑んでこっちを見ていた。 その頬笑みに少し顔に熱が集まるのを感じたけど、それをごまかすように彼の手を握っていない方の手をカメレオンに伸ばした。 ゆっくりと伸ばしていき、あと少しで触れる。というところで、ガチャッと扉が開いた。 「!」 扉の方にいたのはあの男の人と、ほか5人の男の人たちとあの男の人の隣に立っている女の人。計7人が入ってきた。 「Io mi svegliai.(起きたんだね)」 ぞろぞろと入ってくる人たちに、恐怖心があおられる。カメレオンに伸ばそうと思っていた手を胸の方に持って行った。思わず握っていた手は離してしまっていて、それが余計に恐怖を掻き立てる。 自分より見上げるほどの大きな大人が8人もぞろぞろと入ってきたのだ。 とっさに、あたりを見回して、隠れられそうな机の後ろに行った。ただの時間稼ぎにしかならないだろうけど、でも、あそこにいろという方が無理だろう。 私をここに連れてきた男の人が机に近づいてくる。もうすぐで手が届きそうになったときに、私は、思い切ってかけだした。 「あっ!」 そしたら、誰かの足に当たって、上を見上げたら銀髪で眉間にしわを寄せて怖い顔をしている男の人がいた。 「っ!!」 私は、すぐに起き上がって、どこか隠れる場所を探す。すると、本棚と壁の間に小さな子供が入れるぐらいの隙間があった。そこに隠れるように滑りこんでしゃがみこむ。 「E ogni destra.Venga?(大丈夫だよ。おいで?)」 何語かすらもわからない言葉をしゃべるお兄さんは、私に手を伸ばしてきた。暗い所にいるせいか、お兄さんの顔が陰になって見えない。 そして、その姿は私を追いかけてきた男の人たちに重なった。 体がこわばり、震えてくる。心臓が早鐘のように鳴る。 伸びてきた手は私の腕をつかんで、隙間から引きづり出した。そして、そのまま再び抱き上げられる。 でも、今の私には彼だということが分からなくて、とにかく怖かった。叫んで、助けを求めようと口をあけるけど、漏れるのは息ばかりで声にならない。 その姿は異様だったかもしれない。 私は、パニックになって彼の腕から逃れるように、彼を押した。 「E ogni destra.E ogni destra. (大丈夫。だいじょうぶだよ)」 彼はギュッと私を抱きしめてくるけど、言葉がわからないうえに、何を言われているのか何をされるのか、ここがどこなのか何もわからなくて怖かった。 「おい、ダメツナ。こいつは日本人だぞ。イタリア語でしゃべっても分からねえだろ」 「え、そうなの?あ、そういえば黒髪だね」 そんな会話も私には今は頭に入ってこなくて、いきなり日本語になったとか考えられなかった。 とにかく、感情を抑えることができなくて、涙はあふれてくるし、叫びたいのに叫べないし逃げ出したいのにそれさえもさせてくれた。 私を抱きかかえるのに強まる力が、ママを思い出させて、男の人を思い出させて恐怖が募っていく。 不意に、私の全部が温かさに包まれた。 「大丈夫。大丈夫だよ。ここに、あの2人はいないよ。大丈夫…」 彼に抱きしめられているのだということを理解するのに時間がかかった。 そして、少し落ち着いてきた心の片隅に浮かんだのは、人の体温を感じたのは久しぶりだなということだった。 そして、私の力は抜けて、抵抗をやめたのを見計らって、彼は体を離して顔を覗き込んできた。 きれいな、茶色の瞳だと思った。ハニーブラウンの髪はつんつんとしていて、最初に会ったとき同様、白いスーツのままだ。 その瞳に見つめられて、恐怖心に煽られていた心はどこかに行ってしまい、深い安堵を感じた。 「落ち着いた」 声が出せないのでうなずく。 「自分で立てる?」 再びうなずくと、彼はゆっくりと私をおろしてくれた。いつの間にか脱がされていた靴。裸足で感じる床は、カーペットでふかふかしていた。 ちゃんと自分の足で立ってほかの人たちを見上げる。 「ねえ、早く説明してくれない?その子、誰なの?」 「はい。えっと、簡潔にまとめると、この子も今日からここに住みます」 切れ長の目をしたお兄さんが、いらだたしげに私を離したお兄さんをせかす。それに気を悪くした様子もなくけろっとした態度で、彼は私も今初めて知ることを平然と言ってのけた。 それに、全員が耳を疑ったのは言うまでもない。 「だから、この子は今日からここに住む」 「十代目!?なぜっ!」 じゅうだいめ?まあ、それはいいや。銀髪のさっき私がぶつかってしまった人は目を見開いた。でも、彼によってそれ以上の言葉は続けられることはなかった。 それより、私も、気になる!いや、どうせ知らない場所だったしこんな姿だし、帰れないし働けないしで困っていたけど、でも、話の脈絡がなさ過ぎて意味がわからない! 私の、意思も示すために彼のズボンを少し引っ張って見上げる。彼もそれに気づいたようで、こっちを見てから、にこっと笑って頭をなでてくれた。 「大丈夫だよ。君はオレが守るから」 いやいや、そうじゃなくてですね、お兄さん! 「…それより、この子誰なの。まさか…君の子供?」 「綱吉君も、隅に置けませんねえ」 そういったのは、黒髪に釣り目の美形なお兄さんと、後ろで髪をひとまとめにして、不思議な髪型をしているオッドアイのお兄さんでスーツを着ている。というか、ほかの人もみんな黒いスーツを着てるけど。 「そんなわけないじゃないですか。麻依がいつ産んだんですか」 「愛人の子とか?」 「燃やしますよ?」 ニッコリと笑ったお兄さんの顔は、なんだか逆らっちゃいけないオーラが出ていた。それを感じ取ったのか、切れ長の目のお兄さんは押し黙る。なんか、黒くないですか!? 「拾った子です。超直感だって言ったらわかってくれますか?」 半ばあきれるようにお兄さんは黒髪のお兄さんに言った。それを彼らは聞いて、少し私に視線を移した後、口をつぐんだ。 「ちっせえな!なんて名前なんだ?」 私の前にすっとしゃがみこんで名前を聞いてきた男の人は、黒髪の短髪で人懐っこい笑顔を浮かべている。 でも、私は声が出ないのだ。名前なんてどうやって伝えればいいの…。 それに、まだここがどこなのかも何も、何もわからない。…怖い。 「そういえば、まだ名前聞いてなかったね。なんていうの?」 声が出せないのに、どうやって自分の名前を言えばいいの? |