悪魔が魅せる夢

病室をでていいとの許可がでてから2日。
あれから、眠ると必ずママの夢をみる。それがまるであの世界に帰らされる前兆かのようで、眠るのが怖くなった。


「………酷い顔だね」


廊下の端で、眠らないことでおきる眩暈に参って座り込んでいれば、すぐそばに黒い靴が止まった。そして頭上から知っている声。ゆっくりと視線を上げれば、鋭い切れ長の目とぶつかる。


雲雀さんだ。


[ひさしぶり]


幹部の皆はあの誘拐の後始末や事後報告、それによって溜まっていく任務を片づけるのに忙しそうだった。だから、ここ数日ご飯はいつも部屋でとっていた。そのため会うのは久しぶりだった。
それに、彼は一度もお見舞いには来てくれなかったから。
気だるい体を無視して雲雀さんを見上げていると、彼は眉をひそめ、溜息をついた。


「…おいで」


手を差し出されて、意味がわからずにその手をじっと見つめる。なんで、手が差し出されているんだろう?


寝ていない頭は、使われることをいやがって働いてくれない。そのせいで、雲雀さんの言葉の意味も、行動の意味も理解できなかった。
そんな様子を見て、再び一つ溜息をこぼすと私を抱き上げて歩き出す。


久しぶりに人に触れた温かさに、思わずすり寄った。人の温もりが温かく、心地よくて思わず眠ってしまいそうになるのを必死にこらえる。寝たくない。寝たら、この温もりも離れるんじゃないかと思って、雲雀さんのスーツを握った。


ついた場所は雲雀さんの和室だった。草壁さんもいる。あれ?ヒバードは?


「哲」


「へい」


草を加えている草壁さんは、いつものリーゼント。あれって、いつも朝起きてセットしてるのかな?リーゼントにできるってことは、結構髪長いのかな?普通にしたところ、見てみたいな…。


なんて、考えていたら、いつの間にか雲雀さんと草壁さんの話は終わっていたようで雲雀さんがこっちに戻ってきた。


「で、何日眠ってないんだい?」


[ねむってる]


「こんなに、隈ができててごまかせるとでも?」


親指で目の下をなぞられる。だって、本当にちゃんと寝てるんだもん。2、3時間だけど…。
そう思いながら、雲雀さんを見上げればまた溜息をつかれた。


「どうせ、少ししか寝てないんだろう。それは睡眠をとったとは言わない。…どうして眠らないんだい?」


射抜くような鋭い瞳。彼は私が17歳だったと知っているからか、容赦ない。傍から見れば、幼児虐待に酷似していると思うんだけど…。


なんて、うつらうつらと考えていれば、またキッと睨まれた。書くのも億劫になりながらペンを握る。ふらふらの頭ではうまい言い訳も見つからず、きれいな文字もかけずにペンを走らせる。


[ゆめを、みる]


夢、と雲雀さんは呟いた。それにうなずきながら次のページをめくる。再び襲ってくる眠気を振り払おうと目をこすった。


[ママのゆめ。ねむったら、いなくなりそうでこわい]


「母親、ね。いつから」


[たけにいから、おかあさんにあかちゃんできたって]


尋ねられたことと書いていることが違う気がする、と思いながらも、今まで考えていたことが溢れだすかのようにそのまま書いていく。言っちゃいけないんだけどな。
伝えてはいけないことがある。知られてはいけない思いがある。
それなのに、抑えられない。
一人で抱えるには、この数日間は寂し過ぎたみたいだ。


[こども、できたらいらなくなる。いばしょがなくなる。おとうさんにも、きらわれた]


雲雀さんは何も言わずに、書かれる言葉を読んでいった。


「恭さん。お持ちいたしました」


「入って」


「へい」


草壁さんがお盆にお茶を二つ載せて入ってきた。その一つを、私の前に置いて再び頭を下げて出ていく。


「飲みなよ」


言われるがまま、湯呑の手にとって口づける。こく、っと喉に流し込めば、温かいものが喉を伝いお腹に堕ちるのが感じられた。


「少なくとも、麻依は君を本当の子供として扱ってると思うよ」


雲雀さんがそう言いながら、私からコップを取り上げた。ゆっくりと瞼が落ちてくる。暗闇が訪れる。脳が落ちていく感覚がしてあらがいたくて眉をよせた。


それでも、あらがえない。嫌だ。嫌だ。雲雀さんっ!


必死に手を伸ばした。彼はその手をとってくれて、ギュッと握ってくれる。


「仕方ないから、一緒にいてあげる」


そう言って、私を抱き上げた。そのままふかふかする場所にゆっくりと降ろされる感覚。そして、私はゆっくりと眠りに落ちた。





***

「恭さん」


「眠ったよ」


「…そうですか」


ほっとしたように、息をつく草壁を視界にとらえながら、紫杏の目じりの涙をゆっくりとぬぐう。


たまたまだった。紫杏を見つけたのは。そして、そういえば最近見ていないということも思い出した。だから、珍しく声をかけてみた。


見上げた彼女の顔は、子供のそれには似つかわしくない濃い隈ができている。それが何日前からの物なのかはわからないが、眠っていないということだけは確かだった。


「…彼らは何をやってるんだろうね」


誰のことかがわからなかったらしい草壁は小さく首をかしげる。


いましがた紫杏が書いたスケッチブックを手に取り、読み直した。
居場所なんてくだらない。でも、きっと彼女にとってはくだらなくないことなんだろう。
一度家族を失っている。そして、今また失いそうなことに恐怖している。


しかし、少なくとも麻依は捨てるなんて言わないだろう。彼女はそういう人だ。慈悲深い。そして、何よりちゃんと紫杏を愛しているようだった。綱吉はどうかわからないけどね。


あくびを一つこぼす。


「哲。僕も寝る」


「わかりました。では、失礼いたします」


頭を下げていった哲を見送ってから、紫杏の隣に寝転んだ。


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