医者的心配停止

「シャマル先生お疲れ様です」


「どうだい?今日一緒にお食事でも」


「先約がありますのでこれで失礼いたします」


丁寧に、かつ完全に拒否をして頭をさげたナースの女の子を涙ながらに見送る。所用でこのボンゴレの屋敷にきていた。その所用も今やっと終わり、白衣を脱いで椅子にかけたところだった。


さあって、今日もかわいこちゃんをナンパでもしてこようかなあ。そう思うのに、このボンゴレの屋敷からなかなか出る気にはなれない。


嫌な予感がする。今日は、あいつらはパーティーだと言っていた。それも表の仕事。でも、嫌な予感がする…。


「こういう予感は当たるから嫌だ、嫌だ」


わざとらしく首を横に振り、椅子に深く座りなおす。机の上にあったグラビアアイドルがのっている雑誌を手に取り、眺めながら鼻の下を伸ばす。


いつものこと。それなのに、なぜか今日は心がのらなかった。さっきから嫌な予感が心をざわつかせる。どうにもならない心境に、人知れず舌打ちしてみる。


そんなとき、机の上に放り出していた携帯が静かな室内には大きすぎるほどの着信音が鳴り響かせた。


「………」


その携帯がまるで他人の物で、しかもかなりいびつな物であるかのように凝視してしまう。さっきまでの嫌な予感が一番高鳴った瞬間だった。携帯を手に取り、画面を見れば、獄寺隼人の文字。


「予感的中ってか?」


思わず苦笑を洩らす。前髪を片手でかきあげながら携帯の通話ボタンを押した。


「よぉ〜、お前から電話なんて珍しいじゃねえの」


わざとらしくちゃかして電話に出てみる。それを聞いて、相手は盛大に舌打ちをかましてくれた。


≪チッ、おい。今どこにいやがる≫


「あー?男につけられるなんて、俺はそんな趣味ねえぜ」


≪俺だってねえよ!ってそうじゃねえ。さっさと応えやがれ!≫


「今からナンパにでも出ようかなあっておもってるところだ」


≪じゃあ、まだ屋敷なんだな。じゃあそのままそこにいろ。急患だ≫


「男はみないぜ?」


≪…紫杏だ≫


ああ、やっぱり悪い予感は当たりやがった。


≪あと、15分くらいでつく≫


紫杏ちゃんってのは、ボンゴレ坊主が養子として拾ってきた女の子。見た目から考えても5歳ぐらいなのに、行動や言動は5歳とは思えない大人っぽさ。たまに見せる子供らしいあどけなさは、それはもうかわいい。あ、俺は女性は好きだが、ロリコンの趣味はねえぜ?


珍しくリボーンが面倒みてるっつーから興味津々だったわけだが、あれは将来が楽しみなタイプだな。こんなこと言えば、確実にハチの巣にされ焼き殺されるに違いない。ついでに、噛み殺されるだろう。あいつらもおてんばに育ったものだ。


大まかに何があったのかと外傷などを聞き出して電源を切った。詳しいことはあってから話すということ。とりあえず、頭を打ってる可能性あり。今、紫杏ちゃんは眠っているらしい。


「さて、準備でもしておくか」


椅子の背もたれにかけていた白衣を手に取り羽織る。ボンゴレ専用の医務室へと向かった。




***

「で、どうだった?シャマル」


ボンゴレ坊主の問いに、持っていたペンライトを消す。問診票にいろいろと書きこみながら、こいつらに説明していく。


「外傷は大したことはない。検査したところ、脳内出血も無し。まあしばらく経過を見てだが、たいしたことはないだろう」


そう答えれば、麻依がほっとしたように息を吐き出す。そんな麻依の頭をボンゴレ坊主が撫でていた。ったく。見せつけるならよそに行きやがれ。


「ねえ、シャマル」


「なんだ」


「紫杏って声がでないのは知ってるよね?でも、俺が撃たれそうになったとき、紫杏、叫んだんだよ」


「………」


声が出せるようになったのかな?そう言って首をかしげるこいつ。他の奴も同じことを思ったのか首を縦に振っている。


「言っただろ。紫杏ちゃんの声は精神的なものからだって」


そう切り出して、周りを見れば意に介さなかったのか説明を要求する目。その様子に一つ溜息をこぼす。まあ、こいつらは図太すぎる神経の持ち主だ。繊細な子供の心なんつーのは理解できないんだろ。


「つまり、声が出せないのは紫杏ちゃんの脳が自己防衛のために無意識に出せなくしてるんだ」


自分のこめかみ部分を指でコンコンと叩きながら説明する。


「今回のことは見てたわけじゃないからはっきりとはいえねえが、無自覚だろうな。自分じゃ声を出せてるかどうかも理解してない可能性が高い」


「声を出して、気づかないのか?」


「紫杏ちゃんはお前らみたいに図太い神経じゃねえの。子供の心は繊細なんだ。かなりな」


紫杏ちゃんの外に出ていた手をしっかりと布団の中に入れて掛け布団をかぶせてやる。しっかりとした寝息が聞こえるから、大丈夫だろう。


「てめえら、掘り返すなんて野暮な真似すんなよ?このことについて、紫杏ちゃんに問い詰めたりなんてしてみろ。もっと心を閉ざすぞ。とにかく、これは良い方の兆候だから見守っててやれ」


精神が一番繊細で扱いにくいんだ。適当にほじくり返してみろ。治るもんも治らなくなるってことだ。


「そう。わかった。ありがとう」


「お礼なら、きれいなおねーちゃんのいる店でも紹介してくれ」


「ハハ、焼き殺されたい?」


「………」


さらっと、言われ思わず押し黙る。あー、怖。昔は、好きなこと3分話しただけで喜んでいた奴が、今はこの真黒な笑みだ。世の中どうなるかわかったもんじゃねえな。


話しが終わったということで、それぞれが静かに出ていく中、リボーンだけ紫杏ちゃんに近づいた。


「お前がいながら珍しいじゃねえか」


「…今回は傍にいられなかったからな」


幾分低い声が吐き出される。ゆっくりと伸ばされる手は、紫杏ちゃんの白い肌をそっと撫でた。そのしぐさに、こいつでもこんな風に優しく触れることができるのかと妙に感心してしまう。まあ、女を触るそれとはまた別だってことだ。


「シャマル。なぜまだ屋敷内にいた?もう、用事は終わってたはずだぞ」


「あ?いちゃいけなかったってか?…嫌な予感がしただけだ。俺の予感は当たるんでね」


「…そうか」


「……カウンセリングしてやろうか?男は見ない主義だが、紫杏ちゃんとデートってことで話しをつけてやる」


「そんなに死にてえのか?」


こいつの方が崩れそうなんじゃねえか?と思わずいらぬ心配をしたようだ。これだけ元気がありゃあどうってことないな。


「後悔後を先に立たずってな」


「なにがだ」


「いや、なんでもねえよ」


いつもの覇気がないまま、再び紫杏ちゃんの頬を撫でて無言で出ていったリボーン。その後ろ姿を見て、思わず苦笑。こいつも、難儀なところにひきとられちまったな…。そう思わずにはいられなかった。


「…さーて、ナンパでもいってくるか」


白衣を脱ぎ棄て、スーツを着込みこの屋敷から出た。


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あきゅろす。
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