夢想恐

誘拐されたあの日から、1週間がたとうとしていた。私は、ボンゴレの医療施設で処置を施され、今日やっと検査やいろいろとしたのが終わり、退院できることになった。


お母さんは、まだ退院できないらしい。一応命に別状はないんだけど、肩には弾が残っていたらしく手術。それと足の傷に加え、出血多量。乱暴に扱われたせいもあり右足首を捻挫。聞けば聞くほど痛々しい姿を思い出す。
だから、まだ入院は続く。
お父さんはそんなお母さんにつきっきりだ。仕事をしながらも、ずっと傍にいる。


自分の小さな手を閉じたり開いたりする。石によって傷ついた掌には、もうかさぶたができ始めていた。


もうひとつ、教えられたことがある。
それは、昨日のこと。


「よっ!久しぶりだな。紫杏」


扉をノックして現れたのは、たけにいだった。
たけにいとランボとりょうにい(笹川さんにそう呼べといわれた)、あと隼人はよく暇を見てはお話をしにきてくれた。
リボーンも、お父さんもここに来ることはなかった。雲雀さんと骸は来そうにないから気にしない。


そして、昨日はたけにいがきてくれたのだった。


たけにいは中学のときとか、ほとんど効果音で何を言っているのかわからないけど野球の話とかをしてくれて、そんな中でずっと聞いてみたかったことをたけにいに聞いた。


[おかあさんは?]


「!…、麻依か?麻依も大丈夫みたいだぜ」


一瞬のためらいが気になったけれど、大丈夫というなら大丈夫なんだろうと思って安心してほっと息を吐き出した。


「あ、そうそう、昨日麻依の見舞いにいったんだけどよ、ツナがすっげー舞い上がっててさ」


なんの話だろうと思って、首をかしげる。お父さんが舞い上がるなんて何があったんだろう?
首をかしげる私の頭をポンポンと撫でるたけにいは、至極嬉しそうに満面の笑みを浮かべていった。


「麻依の腹ん中に、子供ができたんだって言ってたぜ!」


[あかちゃん?]


「ああ。まあ、まだ麻依にはちゃんと言ってなかったらしいけど、今頃二人で喜んでるんじゃねえか?」


[うれしいね]


「そうだな!でも、これから俺らも忙しくなるし、警備も強めなきゃいけねえしで、大変だって獄寺が言ってたぜ」


子供が、できたんだ…。お母さんたちに…。


「お、時間だな」


[おしごと?]


「ああ、悪いな。もっといてやれなくて」


申し訳なさそうに笑うたけにいに、首を横に振る。


[もうでていいっていわれた]


「お、そうなのか?じゃあ、快気祝いにパーってやろうぜ!」


たけにいの、こういう明るいところ、好きだな―。


「じゃあ、またな」


最後に、頭を撫でて出ていった。


出ていった後、座っていたベッドに、背中から倒れこむ。それによってわずかにきしんだベッドの音が部屋にやけに大きく響いた。
お父さんとお母さんとの間に本当の子供ができたんだ…。赤ちゃんができたのは、嬉しいことなんだけど喜ばなきゃいけないことなんだけど…。
…嫌だな。


赤ちゃんができたら、きっと私なんていらなくなる。だって、養子なんて邪魔なだけでしょ?ここを捨てられたらどうしよう。どこに行こう。


お父さんにもあれからあっていない。お母さんにもあっていない。リボーンはもっとあっていない。頼っていた人たちが一気にいなくなった。たけにいも、りょうにいも、ランボも隼人も、皆仲良くしてくれるけど、それでも、一番傍にいておちつくのはあの3人だから。


ああ、嫌だな。


素直に喜ばなきゃ。じゃないと、もっと嫌われちゃう。きっと、お父さんは今回のことで私のことを嫌いになったと思う。あの、瞳が頭を離れない。お父さんの瞳には、私が映っていたはずなのに、まるでそこにいないかのようにふるまわれた。そして、リボーンもきっと私が何かしたからあってくれないんだ。だって、あんなにタイミングが悪くずっと任務だなんてあり得ないと思う。他の人たちは結構頻繁に会うのに。


ぐすっと、鼻をすする。


一人のこの部屋が、恐ろしくなって見たくなくて布団を頭からかぶって強く目を閉じた。


そうして、思い出すのは、あの誘拐された時のこと。


拳銃を向ける男。


おびえ切った屋敷の主。


月明かりに照らされて、いっそ妖艶に鮮やかな赤。


血の気をどんどん失っていくお母さん。


あの、冷たい茶色の瞳。


石でたたき続けていれば、だんだんとぬるっと滑るようになってきた。それでも、叩き続けた。お母さんがあぶないから。助かってほし一心で。気付いてほしい一心で。


そして、ものすごい音と同時に、私のすぐ横の壁が崩れた。外から洩れる光。その光の中に立っているのは、ずっと助けを求めていた人物だった。額と手に炎をともしたその人は、ゆっくりと中へと入ってくる。


私はお父さんが来たことに安堵して一気に力が抜けて、その場に座り込んだ。


お父さんはゆっくりと室内を見回して、お母さんへと視線を止めた。駆け寄ったお父さんはお母さんに少しふれた後彼女を抱えて立ちあがった。振り返ったとき、一瞬目があった。


それは、私に向けた視線だった。今まで、お父さんから向けられたことのない冷たい視線。その視線が脳裏に焼きついた。


彼は、そのまますぐに視線をそらして出ていってしまった。一瞬のことだった。目があっていたのはほんの1秒にも満たない時間だったと思う。それなのに、その瞬間は永遠に感じた。
そのあとすぐ、隼人がきてくれて私を抱きしめてくれた。人の温かさがこんなにも安堵したことはないと思う。
そして、気を失った。


きっと、お父さんはお母さんが大好きだから、そんなお母さんを危険にさらした私が嫌いになったんだと思う。


「ふっ…ヒック、…グス」


涙があとからあとから溢れてくる。それをせき止める術を私はもっていなかった。


そのまま眠ってしまった私は、あの誘拐されたときに見たような夢を見た。


ママが出てくる夢。ママはまだ笑っている。パパもいる。ああ、ここが一番きっと幸せな場所だ。このまま、ずっとここに…。


そう思った時に、場面が変わった。


私は殴られていた。ママに。


ママは私を、冷たい瞳で見下ろすんだ。あのときのお父さんみたいに。


暗い中に浮かぶ茶色い瞳が私を射抜いた。


その瞬間、勢いよく飛び起きた。荒い呼吸が誰もいない室内に響く。どうやら、いつのまにか眠っていたみたいだ。


外を見れば、もう夜になっていた。ベッドわきにまだ温かいご飯が置いてある。それを膝の上に載せて、手を合わせる。


ゆっくりと箸を口に運んでいく。


一人の部屋で一人で食べるという孤独は、久しぶりだった。前まではいつも一人でご飯を食べていたのに、いつの間にか誰かと一緒にいるということが当り前になっていたなんて。


自嘲の笑みを浮かべる。


全部食べ終わってお盆を横に置いてから、ゆっくりと起き上がった。窓へと歩み寄る。


外には闇だけが広がっていた。それが、まるでこれからを示唆しているようで、一歩、一歩と後ずさる。


踵を返して、すぐに布団の中へと潜り込んだ。そのあとは、なかなか眠ることはできず、眠りについたのは明け方近くだった。


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