我求む応え亡き心

「麻依が、負傷している」


その言葉が耳の奥にこだました。そして、気づいたら、俺は広場を飛び出していた。
考えられることは麻依のことだけ。速く助けださないと、取り返しのつかないことになる。そうなったら、俺は…っ!


「麻依っ!」


向かってくる奴ら全員を吹き飛ばして進む。屋敷の図面を思い浮かべる。図面上にあった、空間はどこにあった。あれは…。


空間があるとされている場所の壁を破壊する。


「くそっ!」


ここじゃない、ここでもない。


まるで、この屋敷全体に遊ばれているような感覚になる。かなりの数があったはずだ。小さいのもあれば大きい空間もあった。それを一つずつしらみつぶしに探していくとなるとかなりの時間がかかる。


ジジッ、と耳につけている無線機に音が入った。


≪こっちは、終わりましたよ。保護して、今はクロームがついているので心配ないでしょう≫


骸の声が、静かに告げた。それに次いで、雲雀さんからの受信も入る。


≪当主を見つけた…≫


「じゃあ、そのまま保護してください」


≪嫌だね。それは僕の仕事じゃ、≫


「雲雀」


断ろうとする雲雀さんの名前を低い声を出して呼ぶ。一気に放たれた殺気に、前方にいた敵が数人気を失った。


≪……ハア、わかったよ≫


カンカンカン、とパイプを通して音がなる。どこだ。どこにいる?


一度上へと上がり、そこの一番大きな空間の壁を壊した。


ガラガラと瓦礫が崩れる中、山本からの受信が入る。


≪こっちは、あらかた終わったぜ≫


≪十代目、俺達も今から捜索を開始します≫


「……いい。見つけた」


崩れる瓦礫の音がやみ、舞った砂埃がおさまっていく。ここだ。ここにいる。超直感が告げる。


ゆっくりと、足を踏み入れた。今まで明るい場所にいた俺にとって、真っ暗な室内は闇そのもののように見えた。


大理石でも何でもないコンクリートの床の上に足を進める。コツ、コツ、という音が響き渡る。部屋全体を見渡せば、頭上に隠されることなく張り巡らされるパイプ。それは、側面にも到達していて、そのまま下の階へとつながっている。


壁にある一つの窓の外は夜の暗闇だけがのぞいていた。その反対側の壁に、もたれかかる影を見つけた。


「……麻依」


見つけた。やっと…。


ゆっくりと近づいていく。傍に来れば、地面が濡れているのがわかった。水?違う。血だ。鉄の匂いが強くなる。


「麻依」


近づきながら静かに呼びかけるも、なんの反応もない。傍にきてしゃがみこむ。
体が震えてくる。
麻依は、壁に寄りかかり、右手で左肩を抑えたまま目をしっかりと閉じていた。
グローブを外し、その口元に手を持っていく。唇に触れるか触れないかの位置で動きを止める。息は、ある。


腹のそこから安堵した。


その手をそのまま、頬に滑らせて首筋に持っていく。脈は弱い。弱いけど、しっかりと刻まれている。


「麻依…。ごめん…。遅くなったね」


麻依の背中と、ひざ裏に腕をまわして、そっと抱き上げる。


「帰ろうか」


返事のない麻依にそれだけを告げて、俺はこの真っ暗な部屋から出た。




***

「十代…、め?」


後始末を山本に任せて、十代目の後を追ってきた俺は、前方からゆっくりと歩いてくる十代目を見て動きを止めた。
まるで、全ての感情を凍らせてしまったかのような表情。彼は俺なんて見ていなかった。
俺は、横にずれて、十代目の行く道から自分をどける。


腕の中には、服を真っ赤に染め、ぐったりして血の気を失っている麻依がいた。どうやら血は大分止まっているようだが、それでも、あぶない状態だということは一目でわかる。


十代目は、きっと抱えている彼女になるべく振動を与えないようにして、ゆっくりと歩いていらっしゃるのだ。
それにしても、無事なようでよかった。もし、彼女に何かがあれば、きっと十代目は崩れてしまわれるだろう。それほど、彼は彼女に依存しているように見える。それは、危ういほどに純粋な愛。


「ニョオン」


瓜が瓦礫の前で鳴いた。


落ちていた思考の渦から引き上げられて、瓜を見る。俺と目があったことを確認してから、瓜は瓦礫の中へと入っていった。
それに伴って俺も中へと入る。


そこは、コンクリートだけの、廃墟のような部屋だった。外と繋がっているのは、一つの窓しかないように見える。


「ニョオン」


瓜がもう一度鳴いた。そっちに視線を向ければ、白い何かの前で瓜が据わっている。気遣うようなその瞳と、不安げに揺れる尻尾が瓜の心情をあらわしていた。


「……紫杏、か?」


ビクッ、と白い何かが揺れる。ゆっくりと近づけば、手に何かを持ったまま、放心したように座り込んでいる紫杏がいた。きていたワンピースは薄汚れて、頬も赤くはれているし、むき出しの手足は擦り切れていた。
そして、手には何か黒い塊を持っている。


紫杏の前に膝をつき、彼女の手の中にあるそれを見る。


それは、石のようなものだった。それをしっかりと握りしめている彼女の手からは、ポタ、ポタと赤い滴が落ちている。


「紫杏。もう、大丈夫だ」


どこかを見つめていた紫杏は俺の言葉に、ゆらゆらと視線を漂わせて、ようやく俺を見た。
俺は、手に持っている、その手には大きい石をそっととりあげる。


それを床に置き、彼女の手をハンカチで止血しながら、周囲に視線を走らせる。側面にあるパイプがへこんでいる部分があった。きっと、俺達に知らせるために、あそこをあの石でたたいていたんだな。


「もう、大丈夫だ。よく、やったな」


ポンポン、と頭を撫でれば、紫杏の瞳がうるみ、一滴頬につたった。瓜がそれをなめ上げれば、彼女は瓜を抱き上げる。甘えるようにすり寄ってくる瓜の毛並みに、紫杏は顔を埋めた。
肩がふるえている。
瓜は、そんな彼女を分かっているかのようにされるがままでじっと大人しくしていた。


「……帰るか」


紫杏を瓜ごと抱き上げて俺は、この暗い部屋から外へと出た。腕の中で眠ってしまった紫杏の呼吸は正常のようで、こっちは大丈夫そうだと安心する。


「獄寺」


外に出れば、ここにきていた守護者が待っていた。十代目はどうやら、麻依と一緒に病院へと行ったようだ。


「紫杏は」


「無事っす。今は眠ってますが」


「…そうか」


表情を隠すかのように、ボルサリーノの唾を下げるリボーンさん。


「奴らの親玉は?」


「いた形跡もなかったらしいぜ」


山本が応える。それにそうか、とだけ言って目を伏せた。十代目の最後に見た姿を思い出す。


「リボーンさん、十代目は…」


「獄寺。今は何もいうんじゃねえ」


「…はい」


「俺達も、戻るぞ」


その言葉に合わせて、車に乗り込んだ。紫杏は相変わらず、俺の腕の中で眠っていた。



Signal…合図
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