逸る気持ち

低い地響きのような音がコンクリートで固められているこの場所に反響した。地震のような揺れで、上から白い粉が落ちてくる。


それについで、ブザー音が鳴り響きだした。どうやら、ここにもスピーカーはついているようで、ブザー音の合間に、放送で今の状態と部下へと指示が流れてくる。


でも、やっぱりイタリア語なんだよね、これが。イタリア語、今度誰かに教えてもらおう。話せなくても、せめて聞きとるくらいはできるようになりたい。


そう心に決めつつ、放送へと耳を傾ける。早口でしゃべる放送の男は、同じことを何度もなんども繰り返していた。そのうち、一つだけ理解できる単語があった。


『ボンゴレ』


お父さんたちだろうか。それとも、ボンゴレに行くのだろうか。迎えに来てくれたのかもしれない。でも、こんな場所にいたら、きっと気づかれないだろう。壁を壊しでもしなければ意味がない。


再び、ドオンっ!という爆発音が聞こえて、建物全体が揺れる。上から落ちてくる埃にくしゃみを一つ。


お母さんに駆け寄って、体を揺すってみるけど、お母さんは起きることはなかった。血は、とまってきているみたいだけど、速く治療をしないとあぶない。でも、どうやってこの場所にいることを知らせよう?そもそも、お父さんたちが本当にきているんだろうか?


そう考えながらも、もう一度、視線を巡らせる。お父さんたちがきているとして、どうやって、知らせればいいだろう?


何か良い考えはないだろうかと、昔に思いをはせる。こっちにきてからの出来事を矢継ぎ早に思い出していく。そして、一つ、思い出したことがあった。


≪倉庫に閉じこめられていたドイツ兵が、金物で壁をたたき『破壊せよ』というモールス信号を送って、見事脱出したことがある≫


そう言ったのはリボーンだ。あれは、私にモールス信号を教えてくれたときだったはず。


≪これは、たたいた時の音の間隔を利用したんだぞ。だから、電話も無理じゃねえはずだ≫


そういって、指で叩いて意思を伝えることを教えてもらった。それに、リボーンの言っていた事例と私の今の状況はとても似ていると思う。
ということは、きっとお父さんたちに伝えられるということ。お父さんが来たら、きっとお母さんを助けてくれる。


もう、家族を失いたくはないから。


小さな窓の外では満月が部屋をのぞいていた。満月のほのかな明かりだけが、部屋の中を照らし出している。広い部屋は、まるで常闇のようで体が震えあがった。


今は、お母さんを確認できる位置にいるけれど、これ以上離れたら、お母さんが闇にくわれるのではないか、なんて思ってしまった。
離れてしまったら、私はどこか違う場所に連れていかれてしまうんじゃない?ほら、私がここに来た時のように。


そんな考えが浮かんだけれど、すぐに頭を振ってその考えを打ち消した。今は、お母さんを助けなきゃいけない。誰でもいいから助けを呼ばなければいけない。
同じことを繰り返してはいけないのだから…―――


私は、すぐに、金属の代わりになるような、何か固いものを探し始めた。叩く場所は、屋敷全体に響かせられるようなところがいい。たとえばさっきの通気口とか。お父さんたちがどこにいても、聞こえる場所じゃないと、可能性は低くなると思う。


落ちていた手ごろで固そうな石を手に持ち、私は、部屋の隅から上に伸びているパイプへと近寄る。そのパイプの先をたどれば、この部屋からは出ていっている。これに打ちつければ、きっと音は届いていくはずだ。きっと。


私はすぐにそのパイプに石を打ち始めてた。


カンカンカン、カーン、カーン、カーン、カンカンカン…―――


何度も何度も、そのパイプを打つ。この音がボンゴレの誰かに聞こえれば、きっと助けてくれる。


速く、速く。


早くしないと、お母さんがっ!





***

俺達は紫杏達が囚われている場所を特定した後、すぐに戦闘の準備を整え始めた。


俺も、愛銃にしっかりと弾が入っていることを確認する。肩で落ちつかずにいるレオンをそっと撫でて部屋を後にした。


向かった先は、ツナのもとでも武器庫でもない。紫杏の部屋。


最近は、めっきりここへくることは減った。というよりも、紫杏に会えなかったのだ。自分がいかに汚れているかを思い出したから。
こぼれる舌打ちを抑えることはできない。あらわになる感情は、戦闘においては邪魔だ。そう生徒たちに教えてきたのは俺だ。


まあ、ツナはそれができてねえがな。とくに麻依が関わるとダメだ。


紫杏が落としていったスケッチブックを手に取る。紫杏がきてからそんなに時間は立っていない。なのに、どうしてこうも自分の中に入り込んでいるのかとふと考えた。
きっと、紫杏がアホ牛みたいにうざったく泣きわめいたりするようなガキだったら、俺はすぐに外に捨ててきていただろう。


でも、紫杏はどこか5歳児らしくなかった。俺がいうのもなんだがな。ときどき、5歳児だということを忘れてしまうときがある。表情をあらわにしないガキ。いや、あれはしないんじゃねえな。できねえんだ。
表情を出すことができねえ。それでも、喜怒哀楽はしっかりとしている。


そして、一番、あいつの傍にいた理由は、あの小さな手の温もりだろう。


そこまで考えがいきあたって、らしくない己の思考に思わず舌打ちをした。いまさら、ぬるま湯につかる気なんて無い。救いも求めていない。白い存在になど、焦がれてなんて…、いない。


どこまで、深い思考にはまっていたのか、スケッチブックを手に取ったまま数分が過ぎていた。頬に当たるざらっとした感触にハッとなる。


「レオン…」


ざらっとした感触はレオンの舌だったようだ。俺は、帽子のつばを下げ、少しだけ目を閉じる。
自身をまとう闇を確認するように。


目を開ける。スケッチブックを置いて、俺は部屋を出た。


執務室へとむかえば、俺が最後だったようで、任務に出ていない全員が集合していた。


「……そろったね」


殺気立つツナ。空気がピンと張り詰める。軽く伏せられた瞳には、静かな怒りが宿っている。


「それじゃあ、」


ゆっくりと、額に炎をともすツナを見て、守護者全員が指輪に同じように炎をともした。


「行こうか」


バサリ、とボンゴレのマントを翻し出ていくツナの後に、俺達はついていく。


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