屋敷内全体に響き渡るように、机にそなえつけてある放送のボタンを押す。 先ほど、切られた電話からは今だにプー、プー、という無機質な音が鳴っていた。 「屋敷内にいる守護者は全員すぐに来い」 ボタンから手を離し、今度はジャンニーニのところに電話をする。 「……、ああ。すぐに、麻衣の携帯のGPS調べて。あと、録音送るからこっちもお願いね」 すぐに、事態を察知してくれていたのか、すでに動き始めているとのことで電話は数秒で済んだ。受話器を置いて溜息を吐きだす。 なんで、こんなことになったんだ…。 「ツナ!何かあったのか!?」 「十代目!……って、なんでてめえが先にいるんだよ!」 「俺のほうが近くにいたからじゃねーか?」 「一番に参上するのは、右腕である俺だ!」 武と隼人がいつもの言い争いをするなか、次に入ってきた二人の言い争いが加わり、いっそううるさくなった。 「……ねえ、ついて来ないでくれる?」 「それは僕の台詞ですよ。第一同じ目的なんです。ああ、とうとうボケましたか」 「そこ邪魔だ。どけ。あと、おまえらがうるせえぞ」 リボーンの登場にそちらに目を向ければ、これで全員らしい。 今だに騒ぎ続けているこいつらにむかって鋭い睨みを効かせる。少し殺気も出てるかもね。 「うるさい」 一言そう付け足せば、室内は静まり返った。その様子に満足して、一人一人を見回す。 今いる守護者は全部で4人。お兄さんとランボはコンビの任務についていたはずだ。 「簡潔に言う。麻衣と紫杏がさらわれた」 見開かれる目。一気に緊張が走る室内は物音をたてることさえ躊躇ってしまうような静寂に包まれた。 「今、麻衣の携帯を探知してもらってる。とりあえずこれを聞いて」 録音しておいた、紫杏との会話。それを再生させた。流れてくる俺の声。その声は、騒音で掻き消されそうになっている。それを一通り聞かせると、室内は静まり返った。 「……場所は、ジャンニーニがわりだしてるけど、難しいかもしれない」 「敵がわかってるなら、攻め込めば?」 雲雀さんの言葉に静かに首を横に振る。 「アボロッティオファミリーの屋敷はすでに消されている」 「…ワオ。それは初耳だね」 「ボンゴレが消したのではないんですか」 「ああ。何者かによって、跡形もなく屋敷はなくなっていた。クロームが、前に偵察に行ってくれた」 「…クフフ…、クロームを勝手に使うのは、やめていただきたいですね」 「これは、彼女自身から言い出してくれたことだよ。骸」 「振られた、な。骸」 呟くようにいったリボーンを、骸が笑みを顔に張り付けたまま睨んでいた。 「話しを戻すよ。とりあえず、皆には、全力で居場所の追及を。それと同時にアボロッティオファミリーについてできるかぎりの情報を集めて」 「Si」 「じゃあ、解散」 それぞれが部屋を出ていったのを見送ってから、窓へと歩み寄る。 「…麻依」 窓に額をこつんとつける。窓の冷たさが額を通って体全体に行きわたるようだった。 「絶対に、助けるから」 ボンゴレの、沢田綱吉の名にかけて。 部屋にある電話が鳴った。受話器をとると、それはジャンニーニからのものだった。 ≪えー、GPSで探知したところですね、どうやら、C地区らへんにいるようです。私、電話をしてみたんですが…≫ 「電話?」 ≪ええ、電話です。それが大変なことになったかも知れませんでして…っ!とにかく、その録音を送りますね≫ 「うん。お願い」 ≪では、我々はもっと特定できるように頑張ってみます!≫ そういって、切られた電話。受話器を置くのとほぼ同時にパソコンの方にデータが送られてきた。それを開いて、音声を再生させる。 そこには、反響している足音と、コツコツとなるたぶん、紫杏の指の音。そして、ジャンニーニの金切り声。 紫杏はSOSと叩いていた。 その合間に、ジャンニーニでもない、知らない奴の声が聞こえてくる。紫杏の指の音で聞こえにくくはなっているが、男の声だ。 『―――…で、さあ…。渡すんだ』 『いい――ら。ほら、大丈夫だよ』 紫杏の指の音が止んだ。その代わりに、ごそごそと雑音が入る。 『痛っ!このっ!』 パチンッという渇いた音。何かが叩かれた音だ。 『…やっと大人しくなったか。ったく手間取らせやがって』 『まあ、たとえボンゴレといえどこの場所はわからねえだろう、よ!』 最後のその一言と共に、バキイッという音。そして、沈黙が走った。 携帯が、壊された音だ。これで、連絡をとる手段はなくなったってわけか…。 「ツナ。ジャンニーニに……、どうした?」 「リボーン。なんでもないよ」 入ってきたリボーンは俺の顔を見るなり言葉をとめて、首をかしげた。それを一瞥だけしてすぐに視線をそらす。 「……何を殺気だってやがる。焦るんじゃねえ」 「焦ってない」 「…まあいい。それより、ジャンニーニに、これを調べさせろ」 「これは?」 「パーティーの時に、紫杏にやったお守りの片割れ、だぞ。壊されてなかったら、居場所を掴めるはずだ」 「いつのまに、発信器なんてつけたの?」 そう。今、俺の手の中にあるのは携帯のような形をした受信機だった。発信器を探知するためのものだ。 「パーティーのときの『お守り』だぞ。何が起こるかわからねえからな。さっき紫杏の部屋に行ってみたらなかったからつけてるはずだぞ」 「さすが、リボーンだね」 「フン、お前はその頭を冷やせ。お得意の超直感はどうした」 「うるさいな。言われなくても分かってる…。わかってるんだ…」 わかってる。それでも、気持ちが焦ってしょうがない。麻依にもし、何かあったら…。俺はあんなにも傍にいたのにどうあがいたって、すぐ傍に行くことは敵わない。このもどかしさと現状がわからないことへと焦りが冷静さを失わせていた。 内線を押す。 「ジャンニーニ。紫杏が発信器をつけてる。それの受信機を今そっちに持って行かせるから、すぐに割り出して」 内線をきるとほぼ同時に入ってきたメイドにその受信機を渡す。それを受け取り一礼して出ていったメイドを見送ってからリボーンへと視線を向けた。 「ボスが、そんな不安そうな顔をすんじゃねえ。部下が余計に不安になるだろうが」 「うるさいな…」 ≪10代目!割り出せましたよ!場所はC地区。詳しい場所は今そちらに、転送しますね≫ 「うん。お願い」 すぐに送られてきたデータを開く。そのデータをリボーンも覗き込んだ。 あらわされた地図には、赤い点が点滅している場所がある。 「ここは…」 「まさか、な」 「幹部に告ぐ。新しい情報が入った。誘拐されたと思われる場所が分かった。場所は…――」 内線を切れば、部屋の中は驚くほど静かだった。 「なんで、あそこが…」 「……さあな。人質を取られて仕方なく、か。それとも裏切ったかのどちらかだろ。俺は、部屋に戻るぞ」 「うん。他に伝えといて。30分後、戦闘準備をして。麻依を迎えに行く」 「………ツナ」 リボーンのなんとも言えない目が俺を見る。その目が何かを言いたそうにしていた。 「何?」 「…なんでもないぞ。伝えておく」 「そう」 リボーンが出ていったのを見送ってから、ぐしゃり、と前髪を掴む。なんで、こんなことになったんだろう。麻依は、無事だろうか。もしものことがあったら、俺は…っ! すぐにでも、飛んでいきたいのに、そうできない悔しさと憤りに机の上にあったものすべてを薙ぎ払う。バサバサッと音を立てて落ちる書類や、机の上にあったグラスが割れたけど気になんてしなかった。 ボンゴレのコートを羽織る。ボンゴレボスの正装であるこの格好をすれば、気が一気に引き締まる。グローブをはめてそっと炎を灯す。ゆらゆらとゆれる済んだオレンジの炎を胸の前にかざす。 「ボンゴレに、仇為すものには制裁を…」 前を向けば、そこにいるのは沢田綱吉ではなくドン・ボンゴレ。悲しいほどの決意を秘めた瞳は炎と同じ色を宿して、静かに怒りを燃やしていた。 「絶対に、とり返す」 |