堕ちろと囁いて

暗い場所。目を開けても真っ暗で何も見えない。すぐ下からは砂利の跳ねる音がする。そして、エンジンの音も。


手は体の後ろでひとくくりにされているみたいだ。でも、足はなんともない。まわりの音を探ってみるけど、エンジンの音がうるさくて何も聞きとることはできなかった。
体をもぞもぞと動かすと、何かやわらかいものに当たって、足で、それをつっついてみる。でも反応はない。


もう一度体をよじって、その何かに近づいてみると、ほのかな甘い匂いがした。この匂いは知っている。お母さんだ。
もうちょっと顔を近付けると、かすかに寝息が聞きとれた。さっきの薬でまだ眠らされているんだ。


と、そのとき、車のエンジンじゃ無い音が聞きとれた。かすかに揺れる音。断続的になるそれはバイヴだ。たぶん、お母さんの携帯の。だったら、お父さんとかにつながるかもしれない。


そう思いいたって、必死で縛られているひもをとろうともがく。子供だからという理由かどうなのか、思ったよりもきつく結ばれているわけではなかったから、ありがたかった。身をよじりながら、手探りで形状を把握して、ゆっくりと解いていく。


なんとか緩んだすきに、手を細くなるようにして、ひもから抜けた。一応形は保ったまま。ほら、ドラマとかでよくあるでしょ?あとでもう一度自分で結んで隙を見てほどいて逃げる、みたいなの。


なんとか、抜けたひもを片手に持って、お母さんの体を触る。エンジンの音がうるさくてどこに何があるかはわからないけど、お母さんは鞄とかは持っていなかった。だから、きっとどっかのポケットにあるはずだ。


そう思いながら、ジーパンの感触に行きあたってポケットらへんをまさぐれば、あった。


いまだにヴーヴー、と振動している携帯を開けば、ディスプレイの灯り。腹ばい状態でその電話をとれば、お父さんの声が聞こえてきて思わず安心して泣いてしまいそうだった。


≪もしもしっ!?麻依!なんで、すぐに出ないんだよ!心配するだろ?≫


ああ、お父さんだ。


≪ったく。で?いつまで外で遊んでるの?俺、もうすぐ仕事が終わるんだけど…≫


私は、お母さんじゃなく私だっていうことを伝えるために、通話口を指で軽くたたいた。


≪…紫杏?≫


そのまま通話口を叩く。


≪…イエッスなら、…4回。ノーなら5回≫


・・・・


≪麻依は?傍にいるの?≫


・・・・


≪今、屋敷の中?≫


・・・・・


≪何処にいるの?≫


−・−・  ・−  ・−・


同じものを2回叩いたところで、お父さんは、声をひそめた。


≪…C A R…、車か…。誘拐された?≫


・・・・


≪麻依は?傍にいるんだよね?≫


・・・・


≪なんで出ないの?…口をふさがれてる?≫


・・・・・


≪…ふさがれてるわけじゃ無く、傍にいて電話には出れない…。つまり…意識が、ない?≫


・・・・


イエッスの意を表すように4回叩けば、向こうが静かになった。


私も黙ったままいれば、走っていた車が止まった。私は、持っていた縄を手に持ち直して、外の音に耳を澄ます。


≪そこの状況で何がわかる?≫


外の音に耳を澄ます。聞きとれないけどなんとなく、誰かと話しているのは分かった。でも、やっぱりトランクの中に入れられているせいか、くぐもっている。どっちにしても、イタリア語なら私は聞きとれなかっただろう。


・・・・・


『NO、か。相手はどこの奴らか、とかもわからない…、よな』


相手。あの男たちの事を思い出す。


二人ともサングラスをかけていて、顔はよく話からなった。スーツを着ていて、私をとらえていた方の男は見えなかったけど、お母さんを捕まえるために壁際にいった男の胸元にはエンブレムがあったはずだ。それは、見たことがあった。
私が、お父さんに会う前に追いかけてきた男たちの胸についていたのと同じもの。


・−−  ・−  ・・・  ・・


同じように3、4回繰り返していく。お父さんは、ゆっくりとしたそれを確かめるように、一つ一つアルファベットを言っていった。


≪A…、S…、I…、W…、SIWA…、ASIW…、WASI…!鷲!アボロッティオか!≫


・・・・


そうたたいた瞬間、男たちの声が大きくなった。近づいてきたんだと分かり、携帯がバレると困ると思って私は電話を切って、自分の服のポケットに入れ、それから手に持っている縄を後ろでわっかの部分に通して元の状態にして横たわった。


それが全て終わってしばらくしたあと、ゆっくりとトランクが開けられた。


いきなり入ってきた光のあまりの眩しさに目をしかめる。男の一人に持ち上げられて外の世界に連れ出された。そこで見たものは、以前見たことのある屋敷だった。
この前のお嬢様のお屋敷だ。


なんで?なんで、彼らがここに来るんだろう。だって、ここはお父さんたちが誕生日に護衛したところだし…。


トランクの中から、ぐったりと意識を失っているお母さんが出される。一人の男の人がお母さんを俵のように肩に担いでいた。
男の人を見上げれば、彼は屋敷の方を向いたままいきなり大声を出した。驚いて彼が見ている方を見れば、そこにはパーティーのときに挨拶をしていた男性、あのお嬢様の父親が慌てたように走ってきていた。
彼は息を切らせながら涙を目に浮かべてこちらへ近寄ってきた。そして私たちを見て大きく目を見開いた。


彼は男たちに問い詰めるように声を荒げる。しかし、彼らはそれにとりあうことはせずに、屋敷内にずんずんと進んでいった。その様子に仕方なさそうにあの父親はついてくる。


男たちは目的地をわかっているかのように進んでいく。そして、止まった場所は中庭にある一つの噴水の前だった。お嬢様の父親はそこにほってあるひとつの装飾に自分の指輪を重ねると、噴水の真下の地面が動き地下へと続く階段ができあがった。


こんなのは、あの地図には載っていなかったことだ。この屋敷の地図は作戦会議のときにみたからしっかりと覚えている。でも、庭は普通の庭だったし地下へと続く階段なんて記されていなかった。ただ、空白の部分があるだけで。
父親を先頭にして、男たちは中へと入っていく。暗い中を懐中電灯をかざしながら歩いていくと、そこは何かの研究施設のようだった。


たくさんの機材。しかし、今はどれも使われていないのか埃をかぶっている。天井の角には大きなクモの巣も張っていた。


そして、父親は一つの扉の前に立つと再び指輪をかざした。すると、その扉は開き中は箱のようだった。そこに乗り込むと小さな浮遊感。そして、音からしてたぶん上下に動いている。さらに地下にもぐっているのか上へと登っているのかはわからなかったけど。
エレベーターのようなものじゃないかと思う。


その、エレベーターが動きを止めると扉が開いた。


部屋の中は、天井近くにある一つの窓から入ってくる光に照らし出されていた。いつの間にか、空は赤くなっているようだ。もうすぐ日が沈む。とりあえず、地下に行ったわけではなかったみたいだ。


男たちが何か話しているとき、突然ポケットに入れておいた携帯のバイヴが鳴りだした!
慌てて、ポケットに手を入れて鳴りやませようとするけれど、いくらボタンを押しても見当違いの場所を押しているからか、バイヴが止まることがない。
そのうち、男たちが気づいて近寄ってきた。私は、手首をしまる役割をしていたロープを反射的にほどいていたようで男たちがそれに驚いている。


その間に、携帯をポケットから取り出し男たちからなるべく距離をとろうと、部屋の隅に走る。通話ボタンを押したら知らない人の声が聞こえてきた。甲高いようなたぶん男の人の声が聞こえてきて、私はお父さんじゃ無いことに泣きそうになった。
他の誰かの声でもない。知らない人の声。


男たちは私を逃がさないようにゆっくりと近寄ってくる。少しずつ角に追いやられていく。
私は、もう誰でもいいからとにかく助けを求めたくて、通話口を指で叩いた。


ーーー  ・・・  −−−


ーーー ・・・ −−−


男たちが何かをしゃべる。そして、手を差し出された。男の声音が優しいものに変わる。でも表情はこわばっていてとても、優しいものじゃない。怖くて、携帯を握りしめながら首を左右に振った。
男の一人が、さらに近寄ってきながら、優しく携帯を指差して手を差し出す。私は携帯を握りしめて、首を横に振るしかできない。これを渡してしまったらお父さんとも連絡をとれなくなってしまうっ!


電話の向こうで、さっきの声が何かを話しているようだったけど、携帯を耳に当てる余裕なんて無かった。


そうこうしているうちに、距離がもうあと少しとなってしまった。私は意を決して男たちの間を走り抜ける。あと少し、というとこで体は前に進まなくなり、足が地面から離れた。
服の襟を掴まれて、猫のように上へと持ち上げられる。


抵抗するも、手も足も相手には届かない。


携帯をとろうと伸びてきた手に思いっきり噛みついてやった。子供の力なら、噛みついた方が痛いと思ったのだ。
そうしたら、案の定ひるんだのか噛みついた手を引き戻そうとするから、さらに顎に力を加えてやる。


噛みつかれた男はわめき、腕を振りまわした。
その腕に、私は投げ飛ばされてしまった。
思いっきり体を冷たいコンクリートの床に打ちつけて、全身が痛む。目の前がかすみ、体を起き上がらせることができそうにない。
ああ、どうしよう。携帯も手元から離れてしまった。


少し先に見える携帯に向かって必死に手を伸ばす。まだ、電話は繋がったままだ。
お父さん。リボーン?
助けて…、助けて…。


男の一人が何かを言いながら近寄ってきた。そして、携帯の前にたたずむ。それに気付いて、顔を上げれば男の口元に嫌な笑みを浮かべた。


そして、足を少し上げた。私は、携帯に手を伸ばす。後少し、後少しで届く…。


バキィ!


足が振り下ろされた場所は、私の手の少し先にある携帯だった。無残にも壊れてしまった携帯は、画面が黒くなり、もうあの知らない人の声も聞こえない。
唯一の通信手段が壊れてしまった。
壊れてしまった…。もう、指一本も動かせそうになかった。


なんで、こんなことになったんだろう。
ただ、あの子と遊んでいただけなのに。一緒に遊んでいただけなのに。あの子も、この人たちのファミリーだったのかな?だから、一緒にいたのかな?ボンゴレの子供じゃ無かったのかもしれない。


お腹を蹴られて、あおむけにさせられる。もう目を開けていることさえも億劫で、霞む視界はみているものが何なのかということをとらえることなんてしてくれなかった。
男たちが何かを言うのが聞こえた後、静寂が訪れた。あの人たちはどこかに行ってしまったのかもしれない。


コンクリートの冷たさが、体全体に侵食してくる。
そういえば、久しぶりに痛みを感じたかもしれない。やっと、頬の腫れも引いて怪我も治ってきたのに、また傷をつけてしまった。お父さんに怒られるかな?お母さんは心配してくれるかな?リボーンと、お話しできるかな?


私の瞼はもうあけるほどの力を残していなかったようで、ゆっくりと閉じていった。目の前に広がる闇の世界に、ゆっくりと身体が落ちていく感じがして泣き叫びそうになった。それでも、声なんて出ないし涙もでなかった。


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あきゅろす。
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