笹川はリボーンの部屋の前でうなだれている紫杏を見つけた。扉に手を当てながら、扉を見つめている紫杏の横顔はどこか哀しそうに見えて、その表情が、昔の妹とかぶった。 「どうしたのだ?」 突然声をかけられ、驚いたように振り返った紫杏は笹川の姿を認めると少し俯いた。誰かを期待したらしいが、笹川は期待した人ではなかったようだ。 「小僧に用か?」 [しごとでいない] あまりにもさびしそうな表情をする紫杏を見て、笹川は眉間にしわを寄せた。そして、自分も扉を見つめる。しばらく、二人の間に沈黙が生まれた。 [そとで ともだちまたせてるから、もういく] 「ああ。リボーンには、俺が会ったときに会いたがっていたと伝えておこう」 頭をわしわしと撫でれば、その豪快な撫で方に紫杏は吃驚したのか肩をすくませた。その様子がほほえましく感じる。この小さい体でどれだけのことを我慢しているのかと思ったら、とても笹川にはつらく感じられた。笹川は、紫杏のわがままを聞いたことがないのだ。 この年頃のときのランボなど、天と地ほどの差があるくらいわがままを言っていたというのに。 [ありがと。いってきます] 「うむ。気をつけるんだぞ!」 ニカリと笑う笹川を見て、紫杏は頭を下げると手を振りながらかけていった。その姿を見送ってから、笹川は目の前の扉を開く。 中を見れば、やはり、思った通りこの部屋の主がいた。 部屋の中央にある黒い革のソファーに腰掛け、何をするでもなく俯いている。その後ろ姿はいつもの彼にはあまり見られないようなものだった。 「よかったのか?随分と寂しそうだったが…」 「…俺は今から任務だ」 「小僧…」 「わかったら、さっさと出てけ」 帽子を目深にかぶっているリボーンの表情こそ見えなかったが、それでも何か思うところがあっての行動というのは、長年の付き合いでわかっていた。だから、笹川はなにも言わずに部屋を出た。 *** 外に出ると、空は灰色で曇っていた。それでも、切れている雲の隙間からは青空が見えて、なんだか嬉しくなる。 私は、すぐに走って、いつもの待ち合わせ場所となっている、初めて会ったあの木の下に向かった。 そこに行けば、もう男の子はいた。いつも、この子の方が先に来る。私が遅いのかもしれないけど、言葉が通じないからどれくらい待たせているのかもよくわからない。でも、怒ったりすねたりしている風ではないので、きっとそこまで待ってないんだと思う。 手を振りながら近づいていけば、気づいた男の子はパアっと顔を輝かせて、笑顔で手を振ってきた。 目の前に行けば、ニッコリと微笑んでくれる彼。そして、私の手をとって中庭をかけ出す。 中庭は本当に広くて、門までの距離がかなり遠い。 そして、そこに行くまでには真ん中に通っている大きな道に対してシンメトリーとなっている庭。その中を私たちは駆け回る。 でも、今日は壁伝いに草にまぎれながら進んでいた。 声を掛けたくても、声が出ない。それに、言葉なんて通じない。 しばらく探検をしていたら、頭上で何かの鳥が鳴いた。その大きな声に吃驚して見上げると、大きな大きな鳥がいた。 大空を背に、大きな翼を限界まで広げたその鳥は、羽ばたくこともせずに頭上を旋回している。旋回しながらも、ゆっくりとこちらに降りてきた。 私は、その光景に吃驚して目が離せないでいた。 「avvoltoio…」 男の子がそうつぶやいたのが聞こえて、彼の方を見る。彼は、あの鳥をじっと睨みつけていた。その顔があまりにも怖くて、思わずその場から少しあとずさる。そのとき、もう一度あの鳥が甲高く鳴いた。 鷲?タカ?トンビ? よくわからないけど、とにかく大きなこの鳥は頭上を旋回していたと思ったら、勢いよくこちらにむかって急降下してきた。吃驚して頭を抱えてしゃがみこむ。 次に鳴き声が遠くから聞こえたから腕をおろして空を見れば、はるか頭上に鳥がいた。いつのまにあそこまで登ったんだろう。 その光景に吃驚していると、いきなり腕を掴まれた。 吃驚していると、男の子は私の腕をつかんだままどこかへ走り出した。その顔は、さっきのあの鳥を睨んでいた時と同じ顔だった。 なんだか、怖くなって、私は彼について行きたくなかった。でも、腕は子供の力とは思えないほど強く掴まれていて、とても振り払えそうにない。 私は、彼について庭を走っていた。 城壁のほうまでやってくると、彼は草むらをかき分けて入っていく。かなり背の高い草は私の背丈と同じぐらい。だから前は見えないし、男の子が私を掴んでいる腕しか見えなかった。 そして、ふいに腕が離された。 でも、男の子はどこにもいない。あたりを見回してみても、背の高い草しかない。後ろを振り返れば、大きな屋敷はかろうじて見えた。 私は、前を向いて警戒しながら草むらを進んでいく。ここから屋敷が見えるなら、まだ大丈夫。そう言い聞かせながらゆっくりと草をかき分けると、そこには、城壁があった。城壁には、大人一人が通れそうな穴があいていた。 「……」 穴を前に、どうしようかと迷っていたら、子供の手が穴から伸びてきておいでおいでと手招く。白い男の子の手は、私を誘おうとゆっくりと手招いている。 私は近づく。外に出てはいけないといわれているから、出るつもりなんて無かった。ただ、男の子がどこにいるのかが気になっただけ。少し外をのぞいて、こっちに帰ってくる気がないようだったら、私は屋敷に戻ってこようと思ったのだ。 でも、それはかなわなかった。 外をのぞこうとした瞬間、黒い腕がにゅっと伸びてきて私の腕をつかんだと思ったら、そのまま外へと引っ張り出されてしまった。 あっと思った時にはもう城壁の外にいて、私の腕をつかんでいる男と、男の子の傍に立っている男の二人。そして、その近くには一台の黒塗りの車が止めてあった。 なんで、なんて思う前に城壁の中からお母さんの声が聞こえてきた。 それを聞いて、男たちが何か会話をしている。なんて言っているかなんてわからないけど、とにかく良くないことだって言うのは分かって、私は暴れられるだけ暴れた。 私を抱えあげている腕に爪を立て、近くにある体を蹴ったりもする。 でももちろん、女と男の差以前に子供と大人の力の差はでかく、抵抗なんて屁でもない。そうこうしているうちに、男の子の傍にいた男が穴の横に立った。 中からはお母さんの声が近づいてきていて、穴を見つけたようだった。そして、お母さんが顔を出した瞬間、男は私と同じようにお母さんをとらえてしまった。 抵抗するお母さんに、私を抱えていた男が男の子に何かを言うと、彼は車から布を持ち出して来て、それに何かの薬をたらせた。そして、お母さんに近づくと、それで口と鼻を覆う。クロロホルムだっ! 「あ…、つ、な…、よ…」 お母さんは次第に抵抗を緩め、完全に眠ってしまった。 |