私は、どこにそんな力があったのかというように、身体をひねって、銃を持っている腕にすがりついた。 バンッ!という音が耳元でなり、大きすぎる音を間近で聞いたせいでくらくらする頭。それと同時に、男の怒鳴り声が聞こえてきて、次の瞬間気づいたら、地面に殴り飛ばされていた。 そして、もう一発なる銃声。 でも、その音が私の耳に聞こえることはなく、キーンという耳鳴りと、熱い頬の痛みにただ地面にうずくまるだけだった。 「紫杏ちゃんっ!」 うっすらと目を開ければ、お母さんが目に涙をためて私を抱き上げていた。お母さんの手がそっと私の頬に触れる。お母さんの冷たい手が心地よかった。 「大丈夫…?」 私は、コクン、と一つうなずく。うなずいた私をみて、お母さんは私を思いっきり抱きしめてくれた。お母さんの匂いに包まれて、私はやっと、肩の力が抜けた気がした。 「綱吉、キミはバカかい?」 「…ハハハ;返す言葉もないです」 「十代目っ!お怪我は!」 「大丈夫だよ。ごめんね、隼人」 お母さんの肩越しに見た光景では、床に座り込んでいるお父さんが雲雀さんに睨みつけられていて、隼人は目に涙をためてお父さんを見つめていた。その横では、その光景をほほえましそうに見ている刀を持ったたけにいがいた。 あれ?いつの間に来たんだろう? そんなことを考えていると、お父さんと目があった。 私は、お母さんの背中を叩いて離してもらう。 お母さんが心配そうに見つめる中、私は、ゆっくりとした足取りでお父さんの前に立った。 隼人とたけにいが何かを言い争っているけど、私はただ、お父さんの前に立って、お父さんの目を見続けた。その様子にお父さんは少し目を伏せた。 そして、次に目があったときは、目じりが下がっていて、少し情けない顔をしていた。 お父さんの手が私の殴られた右頬の方へと伸ばされる。 その手が頬に触れようとした瞬間、私は、お父さんの手を手の甲で思いっきりはじいた。 驚いたように、その場で固まったお父さんは、行き場を失った手をさまよわせる。 怖かった。お父さんが死んでしまう。また、失ってしまう。私は、また、私のせいで家族を壊してしまう。そう思った。 怖かったんだ。 手の甲に走った痛みが、さらに私の涙をさそう。 私は、目の奥から涙がこみ上げてくるのを感じた。その涙は、こらえきれずに、頬を流れる。それを見て、お父さんはまた手を頬に伸ばしてきたけど、その手は触れることなく近くで動きを止めた。 私は、さっきのお父さんみたいに、口を動かした。喉がいたい。そこから声は出てこない。 それでも、お父さんはたぶん分かってくれる。 お父さんは、それを見た後、目を見開いた。私は、そんなお父さんに抱きつく。 ゆっくりとまわされる腕。頭を撫でてくれる。 無くならないで、よかった。本当に、よかった…。 「紫杏。ごめん。ごめん…。ありがとう」 囁くように言うお父さんの言葉を聞きながら、私はお父さんに抱きついたまま泣き続けた。声をあげることはできなくて、私の口からはただ、息が漏れるばかり。そして、鼻がグスグスと鳴る音。 スーツについちゃうな、とか思いつつも、私はそのままの状態で泣き続けた。 「綱吉」 「麻依…」 「怒ってるんだからね」 「うん…」 私は、お父さんに抱きついたまま、くらくらする頭を必死に持ち上げていた。でも、それも限界がきて、いつの間にか眠ってしまっていた。 *** 銃口がオレに向けられた。オレは、頭の隅で、こういう最後もいいかもしれないな。なんて考えていた。だってそうだろ?殺すことに慣れてきたとはいえ、やっぱり、麻依とか紫杏とか見ると、自分がひどく汚く見えるんだ。触るのをためらう自分がいる。 オレは、さあ、来いよというように両手を広げた。 ホールの扉の陰に山本がいるのが見えた。ちゃんと、オレが言ったことを理解してくれてたみたい。これが、雲雀さんとかだったら、きっと指示通りなんて動いてくれなかったんだろうな。 「十代目っ!」 「綱吉…」 「…チッ」 皆の、息をのむ声が聞こえて、少し目を伏せる。山本の方を見て、目でアイコンタクトをとる。言いたいことは理解してくれたのだろう。渋い顔をしていた。まあ、そうかもしれないな。オレの命令は、オレを守ることじゃない。 男の身体に緊張が走った。指に力が入るのを見て、銃口から今か今かと飛び出すであろう銃弾を見つめる。 ふっと、そこから視線をそらすと、こちらを目に涙をいっぱいに溜めて見ている紫杏がいた。紫杏には、嫌なシーンとして、後生記憶されるんだ。そう考えたら、オレは、口を開いていた。声には出さずに。 それを理解したのか、紫杏の目からは涙があふれた。紫杏には、麻依のために笑っていてほしいのに。やっぱり父親としては難しいのかな。 そんなことを考えていると、男の引き金にかける指に力が入った。扉の向こうで山本が構えているのを感じ取って、オレは少し安心した。きっと、山本がちゃんと紫杏を助けてくれる。 男の指が引き金をひこう、とした瞬間。ホール内に、幼く甲高(かんだか)い叫び声が響いた。 「いやーーっ!」 その叫び声と同時に放たれた銃弾は、標準がわずかにそれ、オレの肩ぐらいに飛んでくる。そして、銃弾が間近に迫ったときに、オレの前を横切る黒い影。それが、銃弾を切り落とした。それとほぼ同時に、リボーンから銃声が鳴る。 「山本…」 「フーっ……」 リボーンの銃声を合図に、守護者が一斉に周りの敵を倒し、紫杏を人質にしていた男も捕まえた。一瞬にして片がついた。 「紫杏ちゃんっ!」 麻依が紫杏のもとへ駆け寄っていくのが見えた。紫杏は、地面にうずくまっている。ああ、結局怪我をさせてしまった。守るといったのに。 足の力が抜けて、崩れるように座り込む。 大きく息を吐き出すと同時に、後ろから知った気配の殺気が飛んできた。 「綱吉、キミはバカかい?」 「…ハハハ;返す言葉もないです」 「十代目っ!お怪我は!」 「大丈夫だよ。ごめんね、隼人」 目の前で、目をウルウルさせてオレを見る隼人にも謝る。雲雀さんにいたっては、オレにトンファーを向けてるし…; 「昔から、君は…。その癖なんとかならないのかい?」 「ハハハ;」 「テメエ!十代目になんて口のきき方しやがるっ!」 二人で喧嘩をし始めた。 「ツナ。わりいな。命令無視して」 「…ううん。オレこそごめん。つらい選択をさせたね」 「…ハハ」 山本は少し笑った後、隼人や雲雀さんの方へ向いた。オレは、紫杏が麻依に抱きしめられている光景を見ていた。よかった。一応無事だったみたいだ。そう思っていると、紫杏の目があった。紫杏は麻依から離れてオレの目の前に来る。 紫杏はオレの前に来ると、何も言わず、ただオレを見続けた。その瞳は、何かを訴えかけているようにも、何も思っていないようにも見える。無表情の顔には、右頬が赤くはれていた。 殴り飛ばされたんだ。痛かったはずだ。こんな、小さな身体で…。 オレは、そっと、紫杏の頬に手を伸ばした。守るなら、ちゃんと傍に置いておくべきだったんだ。それなのに、オレは…。 手が頬に触れそうになったとき、紫杏の右手がオレの手を払った。小さな渇いた音が響き、その勢いに、オレの手は紫杏の頬から離れて宙をさまよう。 驚いて紫杏をみると、その瞳に涙をいっぱいに溜めていた。その涙は、とうとうこらえきれずにあふれ出て、紫杏の頬を流れる。 なんだか、紫杏の泣き顔ばかり見ているね。 もう一度頬に触れようとして、ためらった。触れていいものか迷ってしまう。オレは、守れなかった。それどころか、恐怖を与えたんだ。それなのに、この子は、オレをまっすぐに見つめる。 ―――なんて、白い…。 紫杏は涙を流したまま、まっすぐオレを見る。純粋な目が、少しゆがめられた。そして、口が動く。 “し な な い で” 死なないで。そう、確かに言った。声とならなかった言葉は、それでも、耳元で叫ばれたかのように、オレの脳に刻み込まれる。 そして、首元に抱きついてきた紫杏。オレの胸に顔を埋めて、必死に抱きついてくる。それは、まるで存在を確かめているようで、オレも、腕をまわして抱きしめた。 きれいにセットされていた髪は乱れて、ついていたコサージュも取れてしまっている。その髪のゴムを外して、巻かれている髪を伸ばすように、指を通す。 「紫杏。ごめん。ごめん…。ありがとう」 怖い思いをさせてごめん。消えない記憶に刻みつけてごめん。怪我をさせてごめん。泣いてくれて、ありがとう。 そう思いながらも、ただ、言葉をもらし続けた。腕の中にある存在を守らなきゃいけない。この白さを失わせちゃいけない。オレ達と共にあっても、この白に赤と黒の色は加えさせちゃいけない。 「綱吉」 オレの傍らに膝立ちした麻依を見て、顔をあげる。その表情は、紫杏を見て穏やかだった。 「麻依…」 「怒ってるんだからね」 「うん…」 紫杏から片手を離して、麻依の手をつなぐ。つなぐ手から震えが伝わってきて、片手でそっと抱き寄せた。麻依の心音が耳に聞こえてきて、落ちつく。 まだ、まだだね。オレも。 強くならなきゃいけない。選びとれる未来を増やすために。犠牲のない、誰も死なないで済むような未来を選択できるようにするために。 腕の中で眠ってしまった紫杏を起こさないようにそっと抱き上げて、オレ達はこの会場を後にした。 |