声のないメッセージ

私は、腕を引っ張られて、人ごみの中へと引きづり込まれた。たくさんの人の流れに逆らって私たちは進む。私は、この人ごみに流されそうになるが、腕をつかんでいるひとがそのたびに私を引っ張った。


とりあえず、一度余裕ができたときに、腕をつかんでいる人物を見たら、男だった。それも、見たことのある服を来ている。


思いだされるのは、この姿になった日のこと。あのとき、男たちが麻薬の取引をしていた。そのときに追いかけてきた一人の男がきていたスーツにも、この男と同じエンブレムがつけられていた。
ということは、あいつらの仲間、だ。


男は、私を一瞥すると、腰についていたホルダーから銃を取り出して、私に向けた。無機質なそれの真黒な穴が私の方を向く。それを銃だと認識すると、身体は否応なく震えだしていた。
男は、何かをイタリア語でいうと、私を抱き上げた。抵抗しようとすれば、耳元でカチリという音。そして、固いものが押し当てられて、私の身体は一気に強張った。


男は、私を抱えたまま、ゆっくりと歩き出す。そのころには、もう会場内にひとはいなくなっていた。中央に落ちているシャンデリアが、この会場内の光景をいっそう酷く見せる。会場内は、まるで乱闘騒ぎでもあったかのようにちらかっていた。


ゆっくりと歩く男は、そのシャンデリアを迂回する。そこには、男と同じような服を着た人たち。


「なっ!紫杏!?」


お父さんの声がこのホールに響いた。目を見開いているのはお父さんだけでなく、他の守護者たちも驚いているみたいだった。
私は、そんな彼らを一人一人視線を向けていく。お母さんは、不安そうな顔をしたまま、隼人の後ろにいた。たけにいだけはこの場にいなかった。あと、イリーシャさん。


最後に視線があった、お父さんは、私からゆっくりと視線を男に移すと、低い声でイタリア語で何かを言った。男もそれに応える。どこか、笑いが含まれている声音に、私の恐怖は少しずつ募っていく。
不意に、お父さんは耳元に手を当てる。確か、無線機、だったかな?


「武。気をつけて」


お父さんは、少し動こうとした。その瞬間、さらに私の頭に銃が押し付けられる。自分でもわかるほど身体が震えていた。男が何かを言うと、隼人がダイナマイトを取り出して、何かを言う。
しかし、お父さんが隼人の前に手を出して、隼人を止めた。


ああ、どうしよう。私が、邪魔なんだ。私が、つかまったりしなければ、お父さんたちは何も気にせずにいられたのに。


お父さんは、手に持っていた銃をゆっくりとした動作で前に出すと、手から離した。カラン、という渇いた音とともに、少し跳ねて床に落ちる銃。


「十代目!」


「みんなも、言うとおりに」


お父さんがそういうと、全員が、表情を歪めながらも、ゆっくりとした動作で武器を置いた。それを確認して、後ろの男は、鼻で笑う。
そして、また何かをイタリア語でいうと、お父さんはゆっくり手からグローブをとって、床に置き、両手を上にあげた。


なんでっ!
目の前に少しずつ靄がかかる。お腹に回っている腕を私はぎゅうと掴んだ。嫌だった。だって、そんな、武器も何も持っていないのに、周りは全員武器をもってお父さんたちに銃を突きつけている。
そこから、嫌でも想像してしまう。
あの銃が発砲されて、そして…。


「大丈夫。絶対に守るから」


お父さんの優しい声が耳に届いてきた。私は目を見開いた。お父さんは、いつもの笑みを浮かべていて、それがなんだか、無性に悲しくなった。


男は、また何かをイタリア語で言うと、声高らかに笑いだした。男の狂ったような笑い声が場内に響いて、耳をふさぎたくなる。


ああ、嫌だ。


笑い終わったあと、男は静かに私から銃を離すと、私の顔の横を通って、腕を突き出した。その手には、やっぱり銃が握られているけど、向けられている先にいるのは、私ではなく、お父さんだ。
他の皆がさっと、顔を険しくするのが見れた。
なのに、お父さんは顔色を変えない。
それどころか、笑っているのだ。


このままじゃ、お父さんが死んじゃう。お父さんが…、嫌だ…。嫌だよ…。お父さん。そんなの、嫌だ。


「紫杏、目をつむってろ」


私は、首を横に振る。だって、目をつむったら、お父さんは、受け入れる気なんじゃないの?あの、銃口を。
お父さんは、苦笑いをこぼすと、そのままもう私のほうを見なくなった。そして、あげていた手をおろし、ゆっくりと、全てを受け入れるかのように両腕を広げる。
まるで、それは、さあ、来いよとでも言っているかのようだった。


「十代目っ!」


「綱吉…」


「…チッ」


皆の呟きが聞こえる。


私は、目をふさいでしまいたかった。耳をふさいでしまいたかった。だって、人が、お父さんが死ぬところなんて見たくないっ。


だって、また、私のせいで人が死んでしまうっ!また、お父さんが死んでしまうっ!そんなの、嫌…。嫌なのに…。


男の身体に少しだけ緊張が走るのが分かった。私を抱えている腕を伝ってダイレクトに伝わってくる。
男が、銃のトリガーに指をかけた。カチリという音がする。銃口はまっすぐお父さんの心臓を射抜いていた。


私は、その状況を見て、固まったままだった。お父さんは、私に気付いたのか、口をあける。でも、そこから声は出てこなかった。それなのに、私には声が聞こえているかのように分かった。


“ご め ん ね”


引き金にかかっている指に力が入る。
ゆっくりと込められていく指先を涙を浮かべながら見た。


そんなの、嫌だ、嫌だ。嫌だっ!また、自分のせいで誰かを失うなんて、そんなところを見るなんて嫌だっ!!


男が、引き金にかける指に力を入れた瞬間、私は、思いっきり身体を動かしていた。


「いやーー!!」


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あきゅろす。
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