どこにいっても

しばらくしたら、ぶつぶつと文句をいっていたイリーシャさんの傍にさっきの男の人が近寄ってきた。瞬間、顔をほころばせて、その人へと歩み寄る。


男の人も頬笑みを浮かべて、彼女に何か言うと、彼女の腰に手をまわして人ごみの中へとまぎれていった。
その際に、チラッとこっちを見た視線は、そこを動くなよという感じで、私は彼女から目をそらして気付かないふりをした。
といっても、動く気なんて無いんだけど。


天井から下がるシャンデリアはキラキラとゆれていて、場内に流れるオーケストラは、静かに響いている。


私は、場内を見回してみると、近くにたけにいがいた。普通に立っている様子だ。あれ?たけにいって護衛じゃなかったっけ?御令嬢の。


私は、一人でいるのもつまらなかったから、今傍にその子がいないんなら、別にいいかなーと思って、たけにいに近づいた。その御令嬢の顔は知らないけど、確か14歳だったはず。でも、たけにいの傍にそんな感じの子は見当たらないから、私はそのまま近寄って行った。


「お、紫杏じゃねえか!どうしたんだ?」


私を見つけたたけにいが、顔をほころばせて目線を会わすようにしゃがんでくれた。


[たけにいがみえたから]


「ハハ、そうか。ん?護衛のやつは一緒じゃねえのか?」


私は、その言葉にどうしようかと考えて、辺りを見回したら、ちょうど見える位置にイリーシャさんと男の人がいた。
だから、そっちの方を指さす。


「……男と一緒なのか」


[ごれいじょうは?]


「ああ、彼女なら、今飲み物を…」


「Takesi!」


甲高い女の子の声がたけにいを呼んだ。たけにいの後ろから聞こえた声に、私は、少し身体をずらして、そっちを見ると、ゆるく巻いた紙を垂らして、綺麗な青色のドレスを着た女の子がいた。


「Cosa fai?」


女の子がたけにいに話しかけると、たけにいは立ち上がって、何かを話し始めた。イタリア語だから分からなかったけど。


でも、それを聞いて、女の子が不機嫌になって私を見下ろした。たぶん、たけにいは私のことを説明したんだと思うんだけど…。この視線は、あまりよくない。


そう思って、たけにいのズボンを引っ張ってこっちに注意を向けさせる。


[もどる]


「でもよ…。一人じゃ、あぶないぜ?」


苦笑しつつも、その目は真剣で、戻させてはくれなさそう。でも、この御令嬢の傍にいるのは、なんだか今の気分的に嫌だった。


[ほかのひとのところにいく]


「…絶対に行けよ?」


たけにいの言葉に深くうなずくと、納得してくれたのか、ニッ、と笑って、頭をポンポンと撫でてくれた。


私は、たけにいに手をふって、その場から離れた。


私は、とりあえず本当に誰かを探そうと思っていた。
確かに、今、また何かあって皆に迷惑をかけるより、誰かとひっついていた方がいいだろう。でも、イリーシャさんのところに行く気にはなれなかった。


あの視線は、知っている。嫉妬、だ。その嫉妬する相手は、たぶんリボーンなんじゃないかな、と思う。だって、私がリボーンと話していた時その眼差しが強くなった。
リボーンは気付いていたかはわからないけど。
それに、ネックレスをほしいといったのだから。


私は、人ごみの中を縫って進みながら、誰かいないかなーと探していた。でも、人ごみの中を進むのはどうも大変で、とりあえず、壁際へよって、一休み。


人が多すぎると、目が回る。


壁に背をつけて、深く溜息を吐きだした。
人ごみは苦手だ。ただでさえ、目が回るというのに、今日は香水やお化粧のにおいも混ざっているのだから性質(たち)が悪い。
しばらくは、ここで探そう。と思って、とりあえず人ごみに目を向ける。


中央ではイベントが始まろうとしているのか、その準備のために、人がよけられていた。


行き来する人は、みな笑顔で、異性と話している。手にはグラスを持って、談笑して。


私は、ボーっとしながら、その光景を見ているとき、いきなりライトが消された。辺りを暗闇が包み込む。場内は最初こそ、シーン、としたものの、この異常なできごとに、口々に不安を語っているようだった。
私は、壁際から動くこともできずに、あたりに耳を澄ます。


すると、突然、ガッシャーン!!という大きな音が聞こえて、それと同時に当たりを包んでいた暗闇が、取り払われ、天井に明かりがともった。
暗闇から突然明るくなり、眼を瞬かせる。


パンッ!


まだ目が慣れ切っていないときに、聞こえた、聞いたことのある渇いた音。銃声だっ!


その銃声に、その場にいた全員が一度しゃがみこんだ。しかし、誰かの叫び声と共に、一斉に四方にある扉へと殺到し始めた。


私は、どうすればいいかわからなくて、ただ、呆然とその光景を見ていた。


逃げまどう人。それをあざ笑うかのように鳴り響く銃声。そして、上がる悲鳴。我先にと扉に殺到する人々は、その入口からなかなか出れずに、顔を青くしていた。どこかで、子供が泣き叫ぶ声も聞こえる。


人ごみの隙間から見えたのは、中央付近の、さっき人ごみがよけられていた場所に、上で煌めいていたはずのシャンデリアが無残に落ちていたところだった。
しかし、その光景もすぐに人の波にまぎれて見えなくなってしまう。目の前には、人だかりがあって、抜け出すことも、混ざることもできそうにない。


少し顔を上げれば、大人たちの焦ったような、すごい形相がたくさんあった。
まさに、パニック状態だ。


私は、その中に知った顔がないか必死に探す。心臓がドクンドクン、と嫌な風に高鳴り、不安で押しつぶされそうになる。お父さんっ!お母さん!
叫んで呼びたいのに、声は出ない。


と、ふいに、その人ごみの中から、黒いスーツがにゅっと伸びてきて、私の腕をとらえた。突然のことに吃驚した私は、その場で固まってしまった。


「Vieni」


男の低い声が確かに聞こえた。まわりはすごい喧騒なのに、その男の声はやけに耳に届いたのだ。でも、その声は、私の知っている誰かでもないし、顔もちらっと見えただけだけど、お父さんたちじゃ無かった。


私は、反射的にその手を振り払おうとするが、大人と子供の差。それにあらがうことはできなかった。そして、私は、そのままその腕に引っ張られて、人ごみの中へと引っ張り込まれてしまう。


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